第1話 闇の眷属
運命の出会いをした金髪の少女と銀色の狼
自らを『闇の眷属』と名乗る狼は人狼
美しい金色の髪を赤いずきんで覆った少女は、魔女と呼ばれていた
我は、闇の眷属なり。我、月の灯りとともにその姿を獣と変え、地を走り、闇を切り裂き、血を求めるなり。我の血は、神の理に叛き、闇に生き、光を忌み嫌うものなり。
人の言う。闇に落ちた魂は、卑しく、さもしく、汚らわしく、醜く、おぞましく、人の忌み嫌うものなり。
我、それを知らず。我、それを解せず。我、それを省みず。我、それを語らず。我、それを是とせず、非ともせず。
我、あるがままにある。ないものがないように我はそこにあってほかのどこにもない。我の血は我の血であって、人のそれにあらず。我は、闇の眷属なり。人と相容れず、相まみえず。相まみれれば、切り裂き、噛み千切り、喰らい、血をすするのみ。
我は、闇の眷属なり。我、月明かりに吼え、闇に潜み、闇に潜り、闇に疾走し、闇に疾駆する。人に出会えば人を喰らい、神に出会えば神を汚す。闇に生き、光を忌み嫌うものなり。
人の言う。闇に潜むものは、大きな目、大きな耳、大きな鼻、大きな口、大きな爪を持ち、闇に迷い込んだものを喰らうのだと。さにあらず。我の眼まなこは、月を捜すためにこそあり。我の耳は風の音を聴くためにこそあり。我の鼻も我の顎あぎとも生きるためにこそあれ、殺すために在るものに非ず。大きな爪も大地を駆けるためにこそあり。
我、望まず。月の光の命ずるまま、我の血の欲するままに闇を疾駆するのみ。我、拒まず。月の光の命ずるまま、我の血の欲するままに咆哮するのみ。我駆けるところに人の血が流れるのも定め。我吼えるところに人の命尽きるのも定め。
我は、闇の眷属なり。
我は、闇の眷属なり。
「狼さん、大丈夫? 痛くない?」
森の奥深く、一人の少女が怯えながら、震えながら立っている。その足元には、酷く傷ついた若い狼が横たわっている。普通の狼とは違い、その獣毛は、灰色というよりは銀色に輝き、風になびくほどに細く繊細である。
「大変、血がいっぱい出てるわ。なにかで、血を止めないと……」
少女は頭に被っていた赤い頭巾を取ると、恐る恐る狼に近づいた。
「ウルルルゥルルゥ……」
少女が近づく気配に、傷ついた狼は必死に抵抗をしようとするも、体が思うように動かない。そればかりか意識は途切れる寸前である。あまりにも多くの血が流れてしまった。このままでは死は免れようのないものとして、狼に訪れるであろう。
「大丈夫。大丈夫だから、私に任せて。出血を止めないと、助かるものも助からなくてよ」
少女は震える足で、一歩一歩、傷ついた狼を刺激しないように慎重に近づき、横たえる狼のすぐそばまで来ると、静かに腰を落とした。
「ほら、大丈夫。怖くないわ。お願いだからおとなしくしてちょうだい。動くと余計に傷口が開いてしまうわ」
赤い頭巾を取った少女の髪の毛が、木漏れ日を浴びて美しく輝く。気持ちの良い風が、森の中を駆け抜け、金色の髪が静かになびく。傷ついた狼は薄れ行く意識のなかで、その美しい光景を眺めていた。そして生まれてはじめて美しいものを美しいと思うことができた。
「傷口はここだけかしら……猟銃で撃たれたのね。弾を取り除いて傷口を塞げば助かるかもしれないわ」
銀色の狼は、後ろ足のモモの辺りから血を大量に流していた。良く見ると血の吹きだしている穴にどす黒い塊が見える。弾丸のようだ。少女はそれを取り除き、止血しようと言うのだ。
ニンゲンよ……。人の娘よ。我に触れれば、汚れることになる。我の魂は闇に落ちたもの。我の血は人の魂も汚すほどの邪悪なものよ。我、ただの狼にあらず。人の言う。我ウェアウルフなり。闇の眷属にして、神に背を向け、闇に生きるものなり。
「狼さん、お願い。少しの間我慢してね。私に噛み付いたりしないでよ。悪いけど、その大きなお口は私にも恐ろしいの。弾丸を抜くまでの間、おとなしくしてもらうためには仕方がないのよ」
そういうと少女は頭巾にしていた布を狼の口に巻き、縛り付けた。銀色の狼は抵抗する素振りを見せたが、もはや少女の力にさえ抗うことができぬほどに弱りきっていた。そして少女は狼の大きな鼻先に顔を近づけ、狼の目を見ながらこういった。
「狼さん、よく聞いて。その大きな耳でちゃんと聞きなさいな。いいこと、これから私がすることは、とてもとても痛くてよ。もしかしたらあなたはその痛みに耐え切れずに死んでしまうかもしれないわ。でも、その痛みに耐える事ができれば、あなたは助かる事ができるかもしれない。ほんのわずかな可能性でも、それに賭けてみる気はあって?」
銀の狼は少女の美しい声に癒され、少女の若々しい香りに静められ、少女の美しくも力強い眼光に心奪われた。
「その気があるのなら、尾っぽを振るなり、耳を動かすなり、瞬きをするなり声を出すなりして御覧なさいな。さぁ、あなたは『生』を望むの『死』を望むの?」
ニンゲンよ。我に問うか?我に生きるか死ぬかを問うというのか?
我、闇の眷属にして、神に背を向け、闇に生きるものなり。
我に望むも望まざるもない。
我、月の明かりの命のまま。我、汚れし血の欲するままに……
これも、運命か。
今宵は朔夜にて、月の光見えず。汚れし血は流れ出し、何も欲するところがない。
我……我は望むことを知らず。
ニンゲンよ。好きにするがいい。そなたにわが身を任せようぞ。
銀の狼は尾を一度だけ動かし、耳を一度だけ立て瞬きをし、かすれるような小さな声で鳴いた。
「覚悟はできているようね。いいわ。私に任せなさいな。あなたを死なせやしないわ。もう誰も、私の目の前で死なせたりするものですか」