世界が救われたせいで、望みを叶えるしかなくなったので。
お世話になっております。
こちらは『世界を救えば、望みをひとつ叶えてくれるそうなので。』の別視点となります。
前作における「何がどうなってああなったのか」が分かる話なので、先に前作をお読み頂いた方が分かりやすいかと思います。
もしよろしければ、覗いていただけますと幸いです。
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真っ白な空間。
何もない場所で、セーラー服姿の小柄な少女が浮いていた。
「残念です。あなたは、死んでしまったようですね」
……この言葉を聞くのは、何度目だろうか。
眼前で女神がにこやかに、どこか軽蔑したような眼差しで、笑う。
そんな彼女を見て聖女マリアンヌ——否、かつての女神は奥歯を噛みしめた。
「……」
マリアンヌはかつて、目の前の女に『女神としての力』を根こそぎ取られてしまった。
だが目の前の女はあの時、「人として生きたい」とも言っていた。
ゆえに人間であるマリア・サトゥーンが寿命を全うすれば、彼女に奪われた女神の力は元々の持ち主であるマリアンヌの元に戻ってくるかもしれない。
マリアンヌは、その可能性に賭けていた。
——しかし、現実はこうだった。
かつて女神であったからこそ、既に何千年も時を重ねているのは分かっている。
姿を変えることもできるだろうに、女神があえて昔のまま、日本でいう女子高生の姿を保っているのはマリアンヌへの嫌がらせだ。
そんな彼女に向けて、希う。
「お願い……もう、許して」
プライドは、とうの昔に投げ捨てた。
しかし、彼女がそれを聞き入れることはない。
「次は頑張って下さいね」
そうしてまた、幾度となく繰り返される、死しか待っていない世界に堕とされる……嗚呼、どうしてこんなことになってしまったのか。
考えたところでどうしようも無いと分かっていながら、マリアンヌはかつてのことを思い返した。
○
聖女マリアンヌ——女神の世界に、魔王が誕生した。
魔王。
世界のバグ。
神の力が届かぬ、唯一無二の存在。
ついにこの時が来てしまったのかと、女神はため息を吐いた。
魔王が現れた時の対処法は2つ。
ひとつは何もせずに、その世界の人間たちを信じて見守ること。
もうひとつは——異世界から、別の人間を召喚すること。
異世界人、特に『地球』という世界から召喚した人間は高確率で強い力を持っているらしい。
大きな剣を振るってみたい、強い魔法を使いたい。
たくさんの人に慕われて、仲間たちと共に大冒険に繰り出したい。
神々の間で『想像力』と呼ばれている力は、その人間が思い描いた能力をそのまま発現する、極めて有力なものであった。
自分の世界の人間を信じて見守ることもできた。
だが女神は、異世界人を呼ぶことにした。
自分の世界が破滅する様など見たくはないし、何より手っ取り早く終わらせたい。そう思ったのだ。
女神は地球人の中でも『異世界転生』というものに理解があり、強い想像力を持っている可能性が高い、日本という国の中から適当に若い娘を選んだ。
なぜ彼女に、佐藤麻里香に声を掛けたのかは、もはや思い出せない。
それくらいには適当だった。それは確かだ。
女神は「世界を救ってほしい」と彼女に頼んだ。
しかし彼女は一切悩むことなく言った。
「私ではなく、他の人を当たって下さい」
——その言葉に、女神は無性に腹が立った。
女神である私が頼んでいるのに、地球よりもよほど良い環境に、私が作った世界を拒絶するなんてありえない。人間ごときが、偉そうに。
……そう、思ったのだ。
本当は他の人間を探すこともできた。
だが、異世界に干渉して人間の魂に触れるには、とても尋常とは言えないほどの労力が必要だった。
彼女に断られたから、他の人間を探す。
そんなことをするのは、ただただ面倒だと女神は思った。
ゆえに、女神は嘘を吐いた。
「あなたにしか、頼めないのです」
あなたは選ばれし者だと、あなたでなければできないのだと。
それでも麻里香は悩んでいた。本当に、腹立たしかった。
「では、“血の契約”を結びましょう。魔王が討ち滅ぼされ、世界が救われたら。その時は、あなたの望みをひとつだけ叶えてあげます」
そこまで言って、麻里香はしぶしぶ了承した。
だが、問題はここからだった。
——麻里香の『想像力』は、そこまで強くはなかった。
彼女はどこまでも現実主義で、異世界転生に対する知識も大して持っていなかった。
架空の世界について考えるよりも、友人たちと『恋バナ』とかいう何の役にも立たない話をする方が好きだったらしい。
女神は、ハズレを引いたと思った。
しかし彼女が死ぬまでは他の転生者を連れてくることはできない。
最初に麻里香が死んだとき、そこで諦めて適当に彼女の魂を放り出すこともできた。
だが「私ではなく、他の人を当たって下さい」と一蹴した彼女のことが、どうしても許せなかった。
——彼女を選んだ自分のセンスを、たかが人間ごときに否定されているように感じたのだ。
ゆえに、世界の時間を麻里香ごと何度も巻き戻した。
助言を乞う彼女に、適当な言葉を返し続けた。
そうして、何度繰り返したか分からなくなってきた頃、麻里香はこう言った。
「あの、まだやらなきゃいけないんですか?」
弱音が溢れた。
そんな雰囲気だった。
……何を甘えたことを。
女神は、言葉を返した。
「当然です! あなたはこの世界を救う聖女なのですよ!」
失敗だらけで情けない人間の時間を、世界ごと何度も巻き戻してやったじゃないか。
その労力を、否定するというのか。弱小な人間に、そんな権利はない。
女神の言葉に対して麻里香は、吐き捨てるように言った。
「……やめます」
「えっ?」
「やめます。もう何もしません」
「な、なんということを……!」
「殴られても蹴られてもやりません。魂の消滅とか、そういう訳の分からない脅しも効きません。私の意思は変わりません」
女神は何とか、誇り高き女神の皮を被り続けた。
人間ごときに、負の感情を晒す気にはなれなかった。
だが、麻里香は息を吐き出し、畳みかける。
「これ以上は何も、やりません」
——彼女は女神を、忌々しいと言わんばかりに睨んだ。
「どうしてですか!? 世界が救われた暁には、何でも望みを叶えてあげると言ったじゃないですか!!」
「そんなもの、どうだって良いです」
「どうして!?」
「こんな世界、滅びてしまえばいいんです」
神が、ちっぽけなひとりの人間の願いを叶えてやると言っているのに。
女神は、麻里香のことを許せなかった。
「良いでしょう。一度くらい、世界と共に死んでしまえば良いんですよ」
本音が出てしまった。
だが、一度世界と共に死ねば、この女も納得するだろう。
「はい、喜んで」
心底、腹立たしい。
女神は冷え切った眼差しを向けたまま、麻里香に手をかざす。
そうして麻里香は、巻き戻った世界に帰って行った。
○
「あら?」
女神は、己の世界を観測し続けた。
——異変が、起きた。
本当に一切世界を救う気がない麻里香のことは腹立たしかったが、それでも何もせずにしばらく放置していた結果、勝手に討伐隊ができあがったのだ。
女神が適当に聖なる力を持たせた麻里香の存在など気づかず、元の世界の住民たちが生み出した討伐隊。
多くの人々が死んでいった。
その姿を見るたびに、女神の心の中では麻里香に対する恨みと怒りが募った。
——あなたがちゃんとしてくれれば、私の世界の可愛い人間が死なずに済んだのに、と。
それでも、見守り続けた。
麻里香が何もしない以上、そうするしかなかったからだ。
そうして、しばらく時間が経って。
世界のバグである魔王が、討ち取られた。
「あらあら、まあ……」
勇者イザーク。
彼が勇者の素質を秘めているのは、麻里香が何度も死んでいく様を見ているうちに気づいていた。だから仲間にしろと伝えた。
……残念ながら、生意気な小娘でしかない麻里香は彼を上手く扱えなかったようだが。
イザークの凱旋を見守りながら、女神はふと思った。
この事実を麻里香に伝えてやれば、どんな顔をするのだろうか、と。
怒り狂うだろうか。
泣き喚くだろうか。
それとも、虚無感に陥るだろうか。
悪趣味なのは、分かっていた。
それでも女神は、止められなかった。
麻里香を呼び出し、事実を告げる。
そうして女神は——真実を、彼女に告げた。
「この世界に聖女なんて、必要なかったのですね!」
そう、必要なかった。
こんな苦労をする必要はなかった。
すべて無駄だった。
嗚呼、勿体ないことをした。
憎悪を隠しきれていない麻里香の姿を見て、女神はほくそ笑む。
さて、どうしてやろうか。
このまま村に帰してもつまらない。
いっそ別の世界を作って、そっちに飛ばしてやろうか。
女神がそんなことを考えていた——その時だった。
「ねぇ」
麻里香は、笑った。
「血の契約。覚えてる?」
この女は何を言っているのだろうか、と女神は呆れかえった。
「血の契約? ああ、そんなものもありましたね。でも、あなたには関係ないじゃないですか」
「そんなことないよ」
一体何を、と女神は思った。
だが、麻里香は自信に満ちた顔をしていた。
「魔王は討ち滅ぼされた。世界は救われた」
……勝った、と言わんばかりに。
「——そこに“私が”関与しなきゃいけないなんて、一切、書いてなかったよね?」
「な……っ」
「私には望みを叶えてもらう権利、あるよね?」
ふざけるな。
そもそも、あなたが世界救済を諦めたせいだ。
いや、異世界に来ることを拒み続けたせいだ。
だから仕方なく、仕方なく契約を結んでやった——それなのに。
契約そのものには抜け穴があった。
しかし、血の契約という概念に抜け穴は存在しない。
女神は深々とため息を吐き出し、麻里香を睨んだ。
「何が、望みなんですか?」
「へぇ? ちゃんと叶えてくれるんだ」
嗚呼、もう面倒くさい。
弱小な人間ごときが、神に噛みつくなんて。
「億万長者でも、王子様との結婚でも。何でもどうぞ」
せいぜいこの程度の願いだろう。
勝手にすればいい。
女神は嫌になっていた。
どうしてこんな面倒な小娘を選んでしまったのだろう、と。
自分のセンスが悪かったのだと、さっさと認めておけば良かった。
認めるから、さっさと自分の前から消えて欲しいと、女神は思った。
幸い、麻里香の中で願いは固まっているようだ。
その言葉を、女神は待った。
「私が望むのは、ただひとつ」
麻里香は、女神を指差す。
「あんたが持ってるその力。全部、私に寄越しなさい」
「な、何を……!」
この小娘は一体、何を言っている?
「別に乱用する気はないから安心してよ。神の力を手に入れたとしても、私は人として生きたいし。レイチェルの恋路を見守りたいし」
女神は、動揺した。
どうして人間ごときがそんな発想に至ったのか。理解に苦しんだ。
「代わりにあんたは滅びそうな世界で、聖女をやりなよ。あ、勇者でも良いよ」
「え……」
「もちろん、この世界以外を救ってね。攻略方法が分かってる世界で戦うなんて、全然フェアじゃないし」
女神としての威厳を保つ気力など、もはや存在しなかった。
ゆえに、叫ぶ。
「だ、駄目です……! 駄目です!」
——麻里香と血の契約を結んでしまっている以上、彼女の願いが成立してしまえば、もはや女神にはどうすることもできないからだ。
「人間は、神になんてなれません! 人間の身体に、神の力は宿せません!」
「力を使わせてっていうのが私の望みなんだから、その理屈は通用しないでしょ?」
「それは……!」
そう、女神の理屈は通らない。
その通りだ。
世界には、必ず神が必要だ。
だから麻里香は、女神の代わりに神となるだろう。
彼女が神となるならば、今の女神は——。
「私が神になる代わりに、あんたは人間になる。おあいこでしょ?」
嫌だ! 人間になんてなりたくない!
女神は、声を震わせて叫ぶ。
「違う……っ! そんなの、おあいこなんかじゃ……!」
やめて欲しい。
助けて欲しい。
許して欲しい。
女神は、叫んだ。
しかし麻里香が願いを変えてくれることはなかった。
「あ、あぁ……あぁ……」
血の契約には、神でさえも抗えない。
力が、抜ける。もう、どうすることもできなかった。
「そうだ、名前付けてあげなきゃ。……私の名前をアレンジしよっか。聖女様だもんね?」
「ま、待って! お願い!」
「行ってらっしゃい。——聖女、マリアンヌ」
白い世界も、消える。
今度は、血の契約なんてものは、結んでもらえなかった。
ゆえに、女神——聖女マリアンヌは惨めに願い続けることしかできなかった。
許しを乞うことしか、できなかった。
転生は、幾度となく繰り返される。
今度は聖女ではなく魔女だと言われ、火刑に処された。
身体が焼け、朽ちていく苦しさに悲鳴を上げた。
そうして、再び真っ白な空間にやってきた。
眼前に現れた麻里香は——女神は、マリアンヌに告げた。
「残念です。あなたは、死んでしまったようですね」
……と。




