私なんかが式神術師でいいのかなぁ?
「お邪魔しま——あ、工藤ちゃん」
「うす、松永」
私が住んでいる市で一番大きい病院。
その一室で、私と工藤ちゃんは鉢合わせた。
私たちがここに来た目的は当然一緒。
ここで入院している友達をお見舞いするためだ。
「……相変わらず、寝てるみたい」
置かれているベッドを覗き込みながら、私は声にならない声で言った。
そこに横になっているのは、私たちの共通の友達、崎ちゃんだ。
彼女は数ヶ月前に交通事故に遭った。
それから今まで、ずっと眠り続けている。
お医者さんによると、回復の兆しは見えないらしい。
崎ちゃんは大分個性的な感じの人だったけど仲良くしてくれていたから、交通事故の報告にはかなり衝撃を受けた。
だけど私たちは崎ちゃんが回復するのを信じてる。
だから時々、彼女のもとにお見舞いに行っているんだ。
「崎元、お前が最後に買った本、まだ読んでないだろ? 続き読みたくないのか? ……要するに、さっさと起きろよ」
工藤ちゃんが不器用な言葉選びで眠る崎ちゃんに語りかける。
全く、照れ屋さんなんだから……
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
病室の静寂を、唐突なブザー音が引き裂いた。
私たちの肩が跳ね、唐突な危うそうな音に身構える。
まさか……
「あ! やべぇやべぇやべぇっ!」
工藤ちゃんが持っていた登校用のバッグをまさぐって何かの機械を取り出し、側面に取り付けられたボタンを押す。
途端にさっきまで鳴り響いていたブザー音がピタリと収まり、部屋は静寂を取り戻した。
なんだ、工藤ちゃんのだったんだ……驚かさないでよ……
最悪の事態ではなかったから、ほっと胸をなでおろした。
しかしその傍ら、工藤ちゃんが慌てて荷物を詰める。
「すまん松永! 私、用事があるんだった! また学校で! 崎元をよろしく!」
「え、あぁ、うん! また!」
私の返事を聞く暇もなく、工藤ちゃんは文字通り疾風のごとき速さで去っていった。
工藤ちゃん、そんな大事な用事、なんで忘れてたんだろ……お疲れかなぁ?
部屋に静寂が訪れる。
それに抗うように、ひょっこりとベッドを覗き込んだ。
崎ちゃんは相変わらず、すやすやという擬音が似合うほどに穏やかな顔で眠り続けている。
……もしかしたら。
「きゅうちゃん、ちょっと出てきて」
『……何の用じゃ』
厳かな女性の声と共に、ベッドを挟んだ向かい側に半透明の存在が現れた。
長い茶色の毛髪で、巫女服を着こなしている女性だ。
ただ、その頭からはぴょこんと狐の耳が、尻のあたりからは九つの狐のしっぽが生えている。
半透明なところからも察せるが、彼女は人間ではない。
正体は式神だ。
種族は人型の九尾の狐……最高ランクの式神らしい。
それらしく、強大な力を持っている。
それも天変地異を起こせるほど。
しかし私自身、その強大な力を使う場面など持ち合わせてなどいない。
だって、普通のJKだもーん!
だけど、もしかしたら……今日は使うことになるかもしれない。
「前から私がお見舞いに行ってるこの友達……きゅうちゃんの力で眠りから覚めさせることはできないの?」
切実な問題だ。
崎ちゃんは私の友達。
友達が事故で昏睡状態なんて自分たちも精神がすり減るし、何より貴重なJKライフが奪われる崎ちゃんがかわいそうだ!
『此の状態じゃあ、無理じゃの』
私の人間としての不安など知らないかの如く、彼女——きゅうちゃんはあっさりと言い捨てた。
反論しようと口を開こうとしたが、話を続けられて私の声は喉の奥に押し戻された。
『昏睡状態の人間が起きるか否かは、其の人間が本当に目覚める事を望んでいるか否かで左右される』
「……じゃあその理論で行くと、崎ちゃんは目覚めたくないって思っているってことになるけど?」
『左様。正確に言えば、此の女子は今の状況を改善する事に既に諦めがついている。此奴の波動が目覚めようと藻掻いていない。式神の中でも最上の妾の妖力ならば、足掻く人間の波動を拾い上げて救いの手を差し伸べる事なら可能じゃ。だが、そうでない場合は何とも出来ん』
「そっか……」
きゅうちゃんの理論は腑に落ちた。
彼女のような「式神」にとって、「妖力」やそれに対応する「波動」はすべてであるからだ。
『もうよいか』
その声が響くとともに、きゅうちゃんの半透明の身体は消えていった。
私の名前は松永いずも。高校生でありながら、式神を侍らせることができる「式神術師」の一人だ。
私ときゅうちゃんとの出会いは去年の秋——半年ほど前に遡る。
紅葉が美しくなってきたある日、私はオカルト仲間の篠ちゃんと日本に昔から伝わるパワースポット巡りをしていた。
その最後に訪れた、「そういうもの」に敏感な人ならすぐに去るという噂のある石碑が建っている、小さな神社での話だ。
神社に入った瞬間から、私は霊感など無い方なのに、強い悪寒に襲われていた。
空気が「ここに入るな」と警告しているかのように、また私をここから逃げられないようにするためのように。
だけどここで引き返すようじゃオカルト好きの名が廃る。
そんなプライドを胸に私たちは神社の奥深くへと進んでいった。
幸いその時は夕方にもなっていなかったから、あまり怖くはなかった。
そして神社の最深部、本殿も過ぎたあたりに「それ」はあった。
そう、例の石碑だ。
しかし、秋だからかそれは落ち葉に埋もれ、どのようなお姿なのかは分からない状態だった。
だけどここで引き返すようじゃオカルト好きの名が廃る。
私たちは手で落ち葉を払い、その全貌を拝見しようとした。
それがすべての始まりだった。
払おうと落ち葉の山に手を突っ込んだ瞬間、冷たくて固いものが手に触れた。
石碑のことだ。
しかし、その触れた面から何やら熱が発せられた。
気のせいかと思ったが、その熱はだんだん温度が上がっていく。
恐怖を感じ、手を引っこ抜こうとしたその瞬間にそれは訪れた。
熱が急に一点に集中し、触れている手から何かが急速に体内に入ってきた。
形容しがたい不快感。
だが、熱い存在が石碑から手へ、手から腕へ、腕から全身へと流れていく感覚だけが私の身体を支配した。
私の視界は急に、赤く染まり始めた空へと変わった。
そして背中が地面に叩きつけられる感覚。
篠ちゃんは乾燥した落ち葉が大量につぶされる音で異変に気が付き、私を抱え、近くのバス停に避難させてくれた。
彼女曰く、その時の私は熱中症のような状態だったという。
私の身体は発熱し、起き上がることもできなさそうだったらしい……
「てな感じで、私は妖力を有する体になっちゃったわけですよ~きゅうちゃん」
『はぁ、そうか。完全に自業自得じゃな』
家に帰り黙々と宿題をこなす私は、二階にある部屋から見える夜の住宅地を見下ろしているきゅうちゃんに、出会うこととなった直接的な原因を訊かれた。
それで全部話したらこの言われようよ。
彼女は私に対してどうにも辛口だ。
会話の最中は視線を問題集から外していなかったけど、声のトーンから分かる。
私の式神は今、最高に不機嫌だ。
どうやら私が妖力を作り出し、蓄積するようになったきっかけに納得がいかないという。
式神、特に格が高いものというのは、その分プライドが高いらしい。
だからきゅうちゃんみたいな最高格の式神は、主に文句をたれまくることも少なくないと、彼女を侍らせるときに知った。
『後、妾を「きゅうちゃん」と呼ぶ事、あれは何とかできんのか』
「無理っぽいです。式神は主と主従契約を結ぶときそのつながりとなる名前を付けられるけど、変えることは契約の破綻を意味するらしいよ?」
『此の際破綻でも良いわ!!』
実は私がきゅうちゃんと出会ったのは、例の事件から数日後の話になる。
あの時の熱中症状態は事件から数日間、治るそぶりを見せなかった。
熱中症が数日間なんて、絶対おかしい。
だからお医者さんに診てもらった。
だが原因は不明だという。
篠ちゃんと話し合ったところ、事件の状況と相まって絶対にオカルト的なものだという結論に達した。
しかし、恐怖は感じなかった。
そこでオカルトの実在を祝わないようじゃオカルト好きの名が廃るからだ。
だけど……まぁ、その状態で通常に生活するのはハードレベルもいいところだ。
だから、私たちはずっと一度は会ってみたいと思っていた、陰陽道と近しいことをしている式神術師のもとに相談に行った。
その人は界隈では有名な式神術師で、最高格の中でも最高格の式神である鵺を操り、一歩間違えれば世界を滅ぼしかねないその力で人々のオカルト的な悩みに対応しているという。
私たちが行ったときも、式神と一緒に話を聞いてくれた。
その時に見た、式神の鵺さんとの二人三脚ぶりが最高だったな……
そして言われた言葉がこれだ。
「貴女の身体は、その石碑から発されていた妖力に完璧に相性がよかったようです。その熱中症状態も……妖力が急激に侵入したことで身体の防衛機能がパニックを起こし、よく分からない方向に暴走している証です。まぁ、通常は儀式を経て妖力を身体に宿すんですからねぇ……だけど相性が良すぎると、たまにそういうことが起きちゃうみたいなんです」
びっくりするほどさらりと言われた。
話は続く。
「しかも貴女の身体、自分で妖力作り出しちゃってますね。やー、これもたまに見られる現象なんですが……これ、溜まりすぎると身体が限界になって死んじゃいます。だから消費しなければなりませんね。だから消費用の式神と契約しちゃいましょうか」
軽々しく言われたその言葉に、私たちはもう大歓喜よ大歓喜。
私もそうだったけど、友達が式神術師となることへの篠ちゃんの喜びようよ……
そうして、自分の妖力生産量と合った格の式神を召喚し、名前を付けて契約をした。
ここで召喚され、契約したのがきゅうちゃんだ。
「ま、こんなもんでしょ」
『こんなもんでしょでは無いわい! 名は! 何故妾の名は「きゅうちゃん」なのだ! せめてもう少し捻った名前にせい! 今更遅いが!』
「ひねってるよ。九尾の狐だから、きゅうちゃん」
『安直にも程があるわあああああ!!』
きゅうちゃんは綺麗なストレートの髪を振り乱してブチギレている。
どうやら今の話でさらに不機嫌になったらしい。
さらにきゅうちゃんの身体から苛立ちによって妖力も溢れ出ているのか、軽めのポルターガイスト的なことも起こっている。
そんなに名前気に入らないのかなぁ……可愛いと思うのに。
だが、私はそんな状態になったきゅうちゃんの遊び方を知っている。
勉強机に置いてある財布を手に取って椅子を回転させ、真正面から彼女を見つめた。
そして、静かに語りかける。
「ねぇ、きゅうちゃん。私、さっきからいっぱい勉強して疲れちゃった。コンビニは開いてると思うから、いつも通り耳と尻尾しまって人間に擬態してチョコ買ってきて。この500円で」
取り乱す彼女の腕を落ち着いて取り、その手に500円玉を押し付ける。
その瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。
乱れた前髪の間から臙脂色の瞳がこちらを覗いている。
『何故……妾がそのような小間使いのような事をせねばならん』
何かを察したのか、怒りが一気に消えた直後の震える声が直接脳裏に響く。
少しもためらわず私はそれに返す。
「いいじゃん。平安時代だって、安倍晴明は式神に門の開け閉めもさせてたらしいし。雑用も式神の仕事の内だよ。それに……」
そこで少しだけ私は言葉を切った。
「三日くらい前、机に置いてた私のタブレット、落ちかけたのをキャッチしてくれたでしょ。角から行ってたから、あのまま落ちてたら確実に壊れてたよ。そのお礼もかねて、チョコ買って余ったお金できゅうちゃんの大好きな『ういろう』買ってもいいから」
後半の言葉に彼女の瞳の色が変わった。
『し、仕方ないのぅ……安いものしか買わんぞ! 前残しておいた金も使って二つ買ってやるからな!』
私の手から500円玉をひったくるように受け取った彼女は、人に擬態すると意気揚々と窓から飛び降りた。
式神に物理的ダメージは通らない。
そのまま近くのコンビニへと走っていった。
ういろう、それはきゅうちゃんの大大大好物の和菓子だ。
その言葉を聞くだけで彼女はいつでもご機嫌になってくれる。
そう、いつでも。
今みたいに最高に不機嫌な時でも、ういろうを買う権利を与えた瞬間に彼女は全てを許してくれる。
そのご機嫌不機嫌の落差がツンデレみたいで、最っ高に可愛いんだ!
あぁ……この遊び……たまんないねぇ……
『戻ったぞ! ほら、其方の「ちょこ」じゃ! 妾は今からういろうを食う!』
数分もしないうちに、窓から疾風と共に彼女は部屋に戻ってきた。
風に煽られて紙類が飛んでいく。
そんなこと気にする様子もなく、彼女は口を開けるとそのままういろうにがっつき始めた。
片手には食べているういろうを、もう片手には二個目を持っている姿は欲張りさんにしか見えない。
その顔は破顔一笑としか表せなかった。
普段は絶対に見せない輝いた瞳、少しだけ赤らんだ頬、無防備に開ける口……好物を食べる時に見せるきゅうちゃんの顔は可愛すぎる。
私もチョコを一口頬張りながら、目の前で甘味にありつく式神に訊いた。
「ほんとに二つ買って来たんだ。何味買ってきたの?」
『両方とも桜に決まっておろうが……おい。此の二つ目のういろう、取っておくべきか贅沢に今食べてしまうか、どちらが良いと思う?』
桜味、彼女がういろうの中でも特に好きな味だ。
頬を薄い桃色に染めながら両手にピンク色のういろうを持っているきゅうちゃん……いつもは厳かな性格だからなお可愛い。
もう可愛いしか言えない。
だけど私のお金にも限度がある……だからこの遊びはたまにするとっておきの娯楽なんだ。
「んー、たまには一気に二つ食べるゼイタクもありなんじゃない?」
私ののんびりとした口調を待ってましたと言わんばかりに一つ目を食べ終えて二つ目にがっつく彼女を見ながら、私は薄く微笑みを浮かべた。
この子を式神にできて、本当によかったな……
そうだ、篠ちゃんにも今度この様子を見せてあげよっ!
『いずも。其方、今何と申した』
「だーかーら! 篠ちゃんと心霊スポット行く約束したんだって! 来週の夜」
『来週じゃと!?』
数日後、私の言葉にきゅうちゃんはまたまた不機嫌模様になった。
そんなに彼女が怒る理由が分からない。
「ただ今度篠ちゃんと心霊スポットに行こうって約束しただけだよ。そこの幽霊が結構ヤバいらしいから護衛を頼みたいだけなんだけど……」
『式神を何だと思っておる! いつもいつもこき使いおって…………大体、何故来週なのじゃ。来週はまだ余裕で春じゃろ。春の夜は寒いぞ? 其を承知で行くつもりか?』
「もちろんですとも!」
『潔いな……』
来週は確かに春だ。
だがそれが何だ?
オカルト好きの探究心は年中無休!
故に! 季節など休む理由にはならない!
『……じゃが、妾は行かぬぞ。妖力で動いて強大な力を持っているとはいえ、自ら危険地帯に入るほど酔狂ではないからな』
きゅうちゃんが少しだけ浮遊し、私を見下ろす形となった。
臙脂色の瞳に呆れの色が宿っているのが伝わってくる。
威圧しているつもりだろうが、彼女は知らない。
現代には「上目遣い」という最強のおねだり方法があることを。
私は息を整えた。
少しだけ顎を引く。
首の角度は斜め15度、視線だけを使って対象を見る。
そして両手を合わせて顔の下に、顎をちょっとだけ隠すように持っていく。
表情は少しだけ寂しそうに。
これが私の生み出した最強に萌える上目遣いの型だ。
そして甘い声でおねだりをする。
「ね? きゅうちゃん、お願いだよぉ…………」
瞬間、彼女の表情があからさまに固まった。
主の通常とは違うその様子に戸惑っているようだ。
萌えによって刺激される「何でも叶えてあげたい欲」は狙い通りに引き出されているに違いない。
『いずも……其方は式神術師には向いておらん。式神に色目を使うなどと…………』
どうやら式神には物理的ダメージ耐性はあっても色目耐性はないらしい。
……これ以上ない好都合。
その表情のまま、更に畳みかける。
「お願い! 帰りに三人で一緒にういろう買って食べようと思ってるんけど……どう?」
彼女の喉が僅かに上下へ動く。
よし、買収成功。
「こんばんは。松永さん。……あ、きゅうちゃん。召喚されてからぶりですか? 久しぶりです」
『……お篠、といったか。久しぶりだな』
一週間後、約束の夜。
私たちは目的地の心霊スポットにて集合した。
黄昏時。
夕方は終わったが、夜と言うには早い時刻。
これ以上にエモい肩書があるだろうか?
そんな時刻に集合したが、もうそろそろその時間も終わりそうだ。
夜闇が空を覆う。
それを合図に私たちは例の心スポである森の中へと潜入した。
「ねぇ篠ちゃん! 見てよこの祠っぽいの! マジでそれっぽい!」
「本当ですね! あ、この紋章! これってこの辺りの伝承のやつと同じじゃないですか?」
森の木々が夜闇を一層濃くしている。
そんなことなど気にせず、私たちは森の奥深くへとワイワイと、サクサクと進んでいった。
きゅうちゃんは呆れたように黙って私たちに着いてきて、時折周りを見渡し、特に危うそうなところを忠告してくれる。
彼女が教えてくれているそれらの場所は入ったら即死するほどヤバいらしいから、私たちもそこだけは避けるようにしておいた。
渋々といった様子だったが、いつもみたいにグチグチ言ってはこない。
もので釣るって、結構効果あるんだね…………
『しかし……何故此処を選んだのじゃ。此処はかなり危うい気配がする。一歩間違えれば呪い殺されるぞ?』
きゅうちゃんがふと私たちに訊いた。
その表情は『どうせ危険な方が楽しいからじゃろ』と無言で叱っているようにも見えた。
「なんでって……ここが一番霊の目撃情報が多いからだよ」
『そうではない! 何故そうも霊に……』
「あ! そろそろ森で一番の目玉の場所じゃないですか!?」
きゅうちゃんが口を開いているというのに、篠ちゃんはそう叫んだ。
森の目玉が近い。
早く行くほかないでしょ!
「行こう!」
私たちはきゅうちゃんの次の問いに答えることなく奥に走り去った。
問いを遮られた式神は、ワンテンポ遅れて私たちと同じ速度で着いて来ることとなった。
一時間と少しほど経っただろうか。
私たちはのそのそと森から帰ってきた。
時刻は大体20時手前。
「結局、なーんにも起こらなかったね」
「ええ、時期が悪かったのでしょうか。それとも時刻が早かったのか……夏、また行きましょう!」
『本気で言っておるのか……』
私たちは森から出ると、一直線に一番近くのコンビニへ、心霊スポット行きにも使っていた自転車を飛ばした。
とは言ってもこの辺りは結構田舎だったため、行くのに10分近く費やしてしまったが、きゅうちゃんと約束したういろうを買うためだ。
もちろん桜味の。
そして私の奢りで。
私たちは店の隣でたむろし、三つ買ったういろうを一つずつ手渡した。
きゅうちゃんは好物を受け取ると、頬を紅潮させて緩ませた。
その様子を見て篠ちゃんが口を開く。
「これが松永さんの言っていた……本当に頬が桜色そっくりですね!」
きゅうちゃんはういろうに夢中で気づいていないようだったが、私は笑って返しておいた。
彼女が好物を半分ほど食べ終わった後、『そういえば』というきゅうちゃんの声が私たちの脳内に響いた。
式神は「念話」という能力があり、直接声を出さなくとも至近距離の人間となら脳内で会話ができる。
その証拠に彼女の頬はまだ飲み込みきれていないういろうで膨らんでいた。
『先刻は叶わなんだが、答えよ。何故其方らは霊と接触しようとする。理由を聞かせてもらおうか』
口調は大分威圧的だったが、ういろうで頬を膨らませているからどうにも滑稽に見える。
篠ちゃんが問いに答えた。
「松永さんは私のわがままに付き合ってくれているだけなんです。何なら私ひとりでも良かったんですけど……松永さんは一緒に行ってもいいと言ってくれました」
『ほう』
其方が戦犯だったのか、とでも言わんばかりにきゅうちゃんの瞳が篠ちゃんを射抜く。
ういろうをさらに一口頬張ったため、その頬はまだそのままだった。
「私、昔見たオカルト漫画の影響でホラー漫画作家になりたいと思っていて。幽霊とか、物の怪が出てくる感じのやつです。だけど、どうしても幽霊のビジュアルが納得できなくて。それでリアル幽霊を見たいと思って、松永さんと心スポとかパワースポットを巡っていたわけです」
『そうか、其だけの事か』
いつの間にかういろうを食べ終えたきゅうちゃんが私にゴミを押し付け、立ち上がった。
そして篠ちゃんの前に立つ。
『其のような危うい場所に行く前に妾に相談すれば良かったものを。妾は式神じゃぞ? 摩訶不思議なものには詳しいし長けている。……少し、額を貸せ』
そう言って彼女は篠ちゃんの額に片手を当てた。
その動向を見つめる。
どうやら、簡易的な儀式のようだった。
『少し、身体に違和感が出るやもしれぬ』
きゅうちゃんはそう忠告すると、額に当てた片手にぐっと力を込めた。
「……ひゃっ!?」
『動くでない』
私は見ているだけだったから何が何だか分からなかったが、自分に溜まっていた妖力が今までにない勢いで減少していくのが感じられた。
そして篠ちゃんは身体全体を震わせている……まさか!
隣で震えている友達の身体に触れた。
少し熱い。
だが、少しだけだ。
困惑している私たちをよそに、きゅうちゃんは篠ちゃんの額に添えていた手を離した。
そしてゆっくりと語る。
『いずもの身体から其方の身体に、妖力を移しておいた。安心せい。簡単なものだが儀式を経たから副作用もあまり出ん。霊の姿を見たいのじゃろう? だから今年の夏の終わり頃まで妖力で霊が見えるようにした』
まるであの憧れの式神術師のようにきゅうちゃんからさらっと言われるその言葉。
今が夜なのにも関わらず、私たちは「えっ!?」と声を上げてしまった。
威張るようにして彼女は続けた。
『良かったのう。妾に感謝するが良い。だから今年の夏はもう「心霊すぽっと」など行くな。霊は危うい場所に行かずとも、街を探せば其処ら中に居る。姿形も様々じゃから街を歩いて納得できるものを探せば良い。何かあったら今度は妾に相談せい』
「え、じゃあ……松永さんは式神術師で、私は一時的な霊感持ちってことですか?」
『そうじゃ。霊感を継続させたいなら妾に言え。ただし永久は無理じゃがの。いずもの妖力が尽きる。尽きたら妾が困る』
再びさらっと言い放たれたその言葉に、私たちは再び黄色い声を上げた。
「やった! やったよ篠ちゃんっ!」
「ええ! やはり松永さん……あなたの式神はすごいですね!」
『ふんっ! 感謝せい!』
興奮状態のJK二名と威張りきっている式神一体のおかげで、コンビニの敷地の一部だけ熱気が凄いという状態になった。
時刻は20時30分過ぎ。
心スポに行くと言っているとはいえ、そろそろ帰らないと怒られてしまう。
私ときゅうちゃんは篠ちゃんに別れを告げ、自転車にまたがった。
そういえば、一つ気になったことがある。
きゅうちゃんは陰陽道と似た系統の儀式から生まれた式神なのに、その服装が完全に神道の巫女服なのはなんでだろう?
……まいっか!
もし目覚めたら、崎ちゃんにも見せてあげたいなー!
『全く……妾は人に見せびらかすものでは無い』
自転車で道路を走る私を浮遊しながら着いてきているきゅうちゃんは私の脳内を読み、相変わらずプライド高くそう言い放った。




