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追放された俺、装備を全部奪われたけど “名もなき木の棒”が最強だった  作者: Y.K
第1章 屈辱と名もなき木の棒

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直らない場所

 街を出て、しばらく歩いた先だった。


 舗装された道が終わり、

 踏み固められただけの街道に変わる。


 人通りは、ない。


 それでも道が残っているのは、

 使われなくなっただけだからだ。


「……ここだ」


 バルトが足を止めた。


 前方には、

 簡易的な柵と立て札。


立入注意

原因不明の地盤異常


 文字は新しい。

 だが、杭は何度も打ち直された痕があった。


「三回、直した」


 バルトが言う。


「三回とも、同じだ。

 一度は落ち着くが、

 数日で元に戻る」


 柵の向こう。


 地面は、わずかに沈んでいる。


 崩れているわけじゃない。

 割れているわけでもない。


 ただ――

 **“不安定”**だった。


「魔物は?」


 リゼットが尋ねる。


「いない」


「魔力反応は?」


「なし」


 バルトは、肩をすくめた。


「だから、分からない」


 ノイルは、棒を見た。


 名もなき木の棒。


 軽い。

 何も起きていない。


「……通れるか」


「やめとけ」


 バルトが即座に止める。


「近づくと、

 足を取られる」


「落ちる?」


「落ちない」


 一拍。


「……戻ってこられなくなる」


 言葉の意味を、

 誰も深掘りしなかった。


 ノイルは、柵を跨ぐ。


「ノイル!」


 声がかかるが、

 止まらない。


 地面に、足を乗せる。


 ――揺れない。


 沈まない。


 歪みも、ない。


「……?」


 だが、

 整ってもいなかった。


 舗石はそのまま。

 沈みも残っている。


 ただ、

 今は問題が起きていないだけ。


「……直って、ない?」


 リゼットが、慎重に足を踏み入れる。


 問題なく立てる。


 だが、

 安心できる感じもしない。


「……変だな」


 バルトが、低く言った。


「今までなら、

 あんたが触れた時点で――」


「何もしてない」


 ノイルは言った。


 棒は、地面に触れていない。


 構えてもいない。


 ただ、持っているだけだ。


 それでも。


 地面は、

 “これ以上”崩れなかった。


「……抑えてる、だけか」


 バルトの言葉に、

 ノイルは答えなかった。


 柵の外に戻る。


 離れた瞬間、

 わずかに地面が沈む。


 ほんの、数センチ。


 だが、

 確実に反応した。


「……近くにいないと、ダメか」


 リゼットが呟く。


「違う」


 ノイルは、首を振った。


「……そういう問題じゃない」


 棒を見る。


 いつも通り。

 ただの木。


 だが、

 今までとは違う。


「……直らない場所、か」


 呟いた言葉が、

 そのまま残った。


 完全に直らない。

 消えない。

 整わない。


 それでも、

 今は被害が出ない。


「……最適解、か」


 誰にも聞こえない声。


 ノイルは、踵を返した。


「行こう」


「え?」


「今日は、ここまでだ」


 理由は言わない。


 言えない。


 この場所は、

 “まだ終わっていない”。


 だが、

 “今すぐ終わらせる必要もない”。


 名もなき木の棒は、

 何も語らない。


 だが確かに、

 “直さなかった”。


 それが、

 今この世界にとっての最適解だとでも言うように。


 街へ戻る途中、

 バルトはやけに口数が少なかった。


 考え込んでいる、というより――

 計算しているような顔だ。


「……なあ」


 街道が分かれるところで、

 ようやく口を開く。


「似た報告が、もう一つある」


 ノイルは、足を止めなかった。


「どこだ」


「北の旧水路」


 バルトは地図を広げる。


「使われなくなった用水路だ。

 数年前に干上がった」


「そこが?」


「ああ」


 指で、印をなぞる。


「地盤沈下。

 不定期。

 原因不明」


 ノイルは、地図を見る。


 街からは、

 少し距離がある。


「……直したのか」


「三回な」


 バルトは、短く息を吐いた。


「埋めた。

 補強した。

 封鎖した」


 一拍。


「全部、無駄だった」


 リゼットが、静かに尋ねる。


「……被害は?」


「今のところ、なし」


 バルトは即答した。


「だが、それも

 **“運が良かっただけ”**だ」


 街に戻る。


 ギルド前は、

 いつもより人が多かった。


 依頼掲示板の前で、

 職員が何人か集まっている。


「……また増えてる」


 バルトが、小さく言った。


 掲示板の端。


 目立たない場所に、

 紙が追加されていた。


【注意喚起】

原因不明の地盤異常

調査中

立入は控えること


 同じ文面。

 同じ形式。


 ただし――

 場所が、違う。


「……三つ目だ」


 バルトが呟く。


「西の採石跡」


「四つ目も、噂だけならある」


「街道沿いの林だ」


 リゼットが、思わず息を呑む。


「……そんなに?」


「表に出てるだけで、だ」


 ノイルは、棒を見た。


 軽い。

 沈黙している。


 いつも通りだ。


「……全部、同じか」


 独り言のように言う。


「似てるが、同じじゃない」


 バルトは首を振った。


「場所も、形も、起き方も違う」


 一拍。


「だが――

 直らない」


 ノイルは、しばらく黙っていた。


 街の音が、戻ってくる。


 人の声。

 足音。

 馬車の軋み。


 平和だ。


 少なくとも、今は。


「……街は、楽になってる」


 ノイルが言う。


「なのに、外は違う」


「逆だな」


 バルトが言った。


「街が楽になるほど、

 外に残るものがはっきりする」


 その言葉に、

 リゼットは言葉を失った。


 ノイルは、視線を上げる。


 掲示板の紙が、風で揺れている。


「……全部は、片付かない」


 誰に向けた言葉でもない。


 答えも、求めていない。


 名もなき木の棒は、

 今日も何も語らない。


 だが。


 “最適解”は、

 もう一箇所ずつでは足りない

 ――そんな気配だけが、

 静かに広がり始めていた。


 夜は、静かだった。


 街灯の明かりが揺れ、

 人の気配はほとんどない。


 ノイルは、宿の屋上にいた。


 理由はない。

 ただ、眠れなかった。


 名もなき木の棒を、

 手すりに立てかける。


 風に揺れても、倒れない。

 偶然か、必然かは分からない。


「……増えてるな」


 独り言だった。


 今日見た掲示板。

 聞いた報告。

 地図に残った印。


 一つ一つは小さい。

 だが、数が増えると――

 無視できなくなる。


「全部、直せないのか」


 誰に問いかけたわけでもない。


 棒は、何も答えない。


 いつも通りだ。


 街を見下ろす。


 灯りが並び、

 屋根が重なり、

 平和が形になっている。


 この中では、

 問題は起きにくい。


 起きても、

 すぐ消える。


 ――少なくとも、今は。


「……楽だな」


 言葉にすると、

 少しだけ重かった。


 背後で、足音。


「ここにいたか」


 バルトだった。


 酒の匂いはしない。

 素面の顔だ。


「眠れないのか」


「まあな」


 ノイルは答える。


 バルトも、街を見下ろした。


「……昔はさ」


 ぽつりと、言う。


「問題ってのは、

 見える場所にあった」


「今は?」


「見えない場所に溜まる」


 一拍。


「見えないから、

 対処が遅れる」


 ノイルは、棒を見る。


「……俺のせいか」


「違う」


 バルトは、即答した。


「少なくとも、

 あんたが原因じゃない」


 だが、と続ける。


「関係は、してる」


 その言葉は、

 責めるでもなく、

 慰めるでもなかった。


 ただの事実として、落ちた。


「……全部、最適解なんだろ」


 ノイルが言う。


「起きない方がいい問題は、起きない」


「だろうな」


「それでも、残る」


 バルトは、ゆっくり頷く。


「世界が抱えきれない分が、

 外に出るだけだ」


 しばらく、沈黙。


 遠くで、犬が鳴いた。


「……どうする」


 ノイルが聞く。


「明日、また調査か?」


「いや」


 バルトは首を振る。


「明日は依頼を受ける」


「普通の?」


「ああ。

 普通のやつだ」


 少しだけ、口角を上げる。


「全部が異常だと、

 異常が分からなくなる」


 ノイルは、ふっと息を吐いた。


「……なるほど」


 棒を、手に取る。


 軽い。

 変わらない。


「……これも、普通だ」


「そうかもな」


 バルトは屋上を降りていく。


「だが、普通ってのは

 案外、壊れやすい」


 足音が、消える。


 ノイルは、一人になる。


 棒を、膝の上に置いた。


「……直らない場所、か」


 呟きが、夜に溶ける。


 遠くで、何かが軋む音がした。


 家の音か、

 地面の音か。


 判別はできない。


 ただ。


 街の外では、

 今日も“直らない場所”が残っている。


 それでも、

 街は眠る。


 人は眠る。


 問題が見えないまま。


 名もなき木の棒は、

 今日も何も語らない。


 だが確かに――

 「全部は救わない」という選択だけは、

 静かに続いていた。


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