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追放された俺、装備を全部奪われたけど “名もなき木の棒”が最強だった  作者: Y.K
第1章 屈辱と名もなき木の棒

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何も、していない

 その通りは、封鎖されていた。


 木製の柵。

 簡素な立て札。


立ち入り禁止

理由:不安定地帯


 ノイルは、足を止めた。


「……またか」


 呟いたつもりだったが、

 声に出ていた。


 バルトが、柵の向こうを覗く。


「三日前から、こうらしい」


 道の先は、歪んでいた。


 舗石が、微妙にずれている。

 視線を合わせると、

 距離感が狂う。


「魔物?」


 リゼットが、小さく尋ねる。


「違う」


 バルトは首を振った。


「原因不明。

 魔力反応も、地脈異常も出てない」


 それでも、

 人が近づくと倒れる。


 それが理由で、

 通りは封鎖された。


「専門家も見た」


「ギルドも確認した」


「結果は――分からない、だ」


 ノイルは、棒を見た。


 名もなき木の棒。


 軽い。

 ささくれだらけ。

 何も起きていない。


「……通るだけだ」


 ノイルは言った。


「おい」


 バルトが制する。


「今は、封鎖されて――」


「遠回りは面倒だ」


 それだけの理由だった。


 柵を跨ぐ。


 ――何も、起きなかった。


「……ノイルさん?」


 リゼットが、不安そうに声をかける。


「来るか?」


「え?」


「遠回りするか?」


 一拍。


「……行きます」


 リゼットは、覚悟を決めて柵を越えた。


 バルトも、渋々続く。


 通りの中ほどまで来た、その時だった。


 ぐらり。


 地面が、揺れた。


「来るぞ!」


 バルトが身構える。


 だが――


 揺れは、途中で止まった。


 正確には、

 止められていた。


 ノイルの足元。


 名もなき木の棒が、

 地面に触れている。


 構えていない。

 突き立ててもいない。


 ただ、

 触れているだけ。


 歪んでいた舗石が、

 音もなく整っていく。


 ずれていた距離感が、

 自然に戻る。


「……は?」


 バルトの声が、間抜けに漏れた。


 リゼットは、言葉を失っている。


「……揺れが……」


「ないな」


 ノイルは、辺りを見回した。


 もう、何もおかしくない。


「……終わった?」


 誰に聞いたわけでもない。


 棒は、

 もう地面から離れている。


 ただの木の棒だ。


「……何をした?」


 バルトが、恐る恐る聞いた。


「何も」


 ノイルは即答した。


「触れただけだ」


 それは、事実だった。


 通りの向こうから、

 人の声が聞こえてくる。


「おい、揺れ止まってないか?」


「え?」


「さっきまで、足元ふらついてたぞ」


 様子を見に来た市民が、

 恐る恐る中に入ってくる。


「あ……」


 一人が、足踏みする。


「……普通だ」


 次々に、人が入ってくる。


 誰も倒れない。

 誰も歪まない。


「……解除、された?」


 ざわめきが広がる。


 ノイルは、すでに通りを抜けていた。


「……行くぞ」


「は、はい……」


 リゼットは、何度も振り返る。


 バルトは、額を押さえた。


「……また、だな」


「何が?」


「問題が、成立しなかった」


 ノイルは、棒を見る。


 軽い。

 何も起きていない。


「……面倒な通りだ」


 それだけ言って、歩き続けた。


 背後で、

 人々が集まり始めている。


 誰も、理由を説明できない。


 ただ。


 立ち入り禁止だった通りが、

 何事もなかったかのように戻った。


 その中心に、

 誰がいたのかも知らないまま。


 その日は、特に何も起きなかった。


 依頼もない。

 揉め事もない。

 道も、普通だった。


 ノイルは、街を歩いていた。


 気づいたのは、宿を出てしばらくしてからだ。


「……あれ」


 立ち止まる。


 通りの角。


 以前なら、

 崩れかけた壁があった場所。


 今は、何もない。


 修復されたわけでも、

 片付けられたわけでもない。


 最初から、問題がなかったみたいに。


「……こんな道だっけ」


 首を傾げながら、歩く。


 次の通り。


 段差があって、

 荷車が引っかかりやすかった場所。


 今日は、

 何の苦労もなく通れた。


 人も、

 特に気にしていない。


「……便利になったな」


 ぽつりと呟く。


 誰も聞いていない。


 市場に出る。


 いつもなら、

 どこかで小さな揉め事が起きている時間帯。


 値段。

 順番。

 場所取り。


 だが、今日は違った。


 売り手も買い手も、

 妙に落ち着いている。


「……?」


 果物屋の前で、足を止める。


 以前、口論が絶えなかった露店。


 今は、

 静かに客をさばいている。


「……兄ちゃん」


 店主が、声をかけてきた。


「今日は、リンゴ安いぞ」


「……ああ」


 受け取って、歩き出す。


 違和感は、

 積み重なっていた。


 危険な場所がない。

 壊れかけの物がない。

 揉めている人がいない。


 街が、

 少しだけ“都合よく”なっている。


「……気のせいか?」


 ノイルは、棒を見た。


 名もなき木の棒。


 いつも通り、

 軽くて、

 何も起きていない。


 振ってもいない。

 触れてもいない。


 ただ、持って歩いているだけだ。


 宿に戻る途中、

 路地裏を通る。


 以前なら、

 避けていた道。


 足場が悪く、

 視界も悪く、

 何が起きるか分からない。


 だが――


「……普通だな」


 影も、段差も、

 危険な匂いもない。


 何事もなく、抜けられた。


 宿に着く。


 扉を開けると、

 バルトとリゼットがいた。


「おかえりなさい」


「おう」


 ノイルは、椅子に腰を下ろす。


「……なあ」


 少し迷ってから、聞いた。


「最近、街……変じゃないか?」


 二人は、顔を見合わせた。


「……変、ですか?」


 リゼットが、首を傾げる。


「ええと……」


 考えてから、言う。


「困ってる人を、

 あまり見なくなった気はします」


「だよな」


 バルトが、腕を組む。


「事故も、トラブルも、

 妙に少ない」


 一拍。


「……あんたのせいか?」


「違う」


 ノイルは即答した。


「俺、何もしてない」


「……それが、一番怪しいんだが」


 冗談めかした声。


 だが、目は笑っていない。


 ノイルは、棒を見る。


 何も起きていない。


 それなのに――


「……遠回り、しなくなった」


 ふと、そう思った。


 危ない道を避ける必要がない。

 面倒な場所が、消えている。


 街が、

 勝手に“通りやすく”なっている。


「……まあ、いいか」


 ノイルは、深く考えるのをやめた。


 面倒なことが減るなら、

 悪くない。


 棒を、壁に立てかける。


 ただの木の棒。


 何も、起きていない。


 その夜、

 街は静かだった。


 騒ぎも、叫び声も、

 遠くで鳴る警鐘もない。


 問題が、問題になる前に消えている。


 ノイルは、眠りについた。


 自分が、

 どこまで関わっているのかも分からないまま。


 名もなき木の棒は、

 今日も何も語らない。


 ただ――


 世界の方が、

 少しずつ“楽な形”に並び替えられているだけだった。


 その日は、特に何も起きなかった。


 依頼もない。

 揉め事もない。

 街は、静かだった。


 ノイルは、宿を出て歩いていた。


 違和感に気づいたのは、

 通りを二つ越えた頃だ。


「……あれ」


 足が、止まる。


 以前なら、

 壁の一部が崩れていた場所。


 今は、何もない。


 修理された形跡もない。

 片付けられた様子もない。


 最初から、そうだったみたいに。


「……こんなだったか」


 首を傾げつつ、進む。


 次の通り。


 段差があって、

 荷車が引っかかりやすかった場所。


 今日は、

 何の抵抗もなく通れた。


 誰も、足元を気にしていない。


「……楽だな」


 ぽつりと呟く。


 市場に出る。


 いつもなら、

 どこかで小さな口論が起きている時間帯。


 だが――


 ない。


 売り手も、買い手も、

 妙に落ち着いている。


 果物屋の前で、足を止める。


 以前は、

 値段で揉めていた露店。


「兄ちゃん、リンゴ安いぞ」


 店主は、穏やかに笑っていた。


「……ああ」


 受け取って、歩き出す。


 違和感は、

 一つじゃなかった。


 危険な場所がない。

 壊れかけの物がない。

 揉めている人がいない。


 街が、

 少しだけ“都合よく”なっている。


「……気のせいか?」


 ノイルは、手元を見る。


 名もなき木の棒。


 軽い。

 いつも通りだ。


 振ってもいない。

 構えてもいない。


 ただ、持って歩いているだけ。


 宿へ戻る近道――

 以前なら避けていた路地に入る。


 足場が悪く、

 視界も悪く、

 何が起きるか分からなかった道。


 だが、


「……普通だな」


 影も、段差も、

 嫌な気配もない。


 何事もなく、抜けられた。


 宿に戻る。


 中では、バルトとリゼットが話していた。


「おかえりなさい」


「おう」


 ノイルは、椅子に腰を下ろす。


 少し迷ってから、言った。


「……最近、街……変じゃないか?」


 二人は、顔を見合わせる。


「変、ですか?」


 リゼットが首を傾げる。


「困ってる人を、

 あまり見なくなった気はします」


「事故も減った」


 バルトが腕を組む。


「揉め事もな」


 一拍。


「……あんたのせいか?」


「違う」


 ノイルは、即答した。


「俺は、何もしてない」


「……それが一番、怪しい」


 冗談めかした声。


 だが、視線は真剣だった。


 ノイルは、棒を見る。


 何も起きていない。


 それなのに――


「……遠回り、しなくなった」


 ふと、そう思った。


 危ない道を避ける必要がない。

 面倒な場所が、消えている。


 街が、

 勝手に“通りやすく”なっている。


「……まあ、いいか」


 深く考えるのをやめた。


 楽になるなら、悪くない。


 棒を、壁に立てかける。


 ただの木の棒。


 何も、起きていない。


 その夜、街は静かだった。


 警鐘も、叫び声も、

 遠くで鳴る騒ぎもない。


 問題が、問題になる前に消えている。


 ノイルは、眠りについた。


 自分が、

 どこまで関わっているのかも分からないまま。


 名もなき木の棒は、

 今日も何も語らない。


 ただ――


 世界の方が、

 少しずつ“楽な形”に並び替えられているだけだった。


 夜、宿の一階は混んでいた。


 食事の匂いと酒の匂い。

 笑い声。

 いつもの街の音。


 ノイルは、角の席で水を飲んでいた。


 名もなき木の棒は、壁に立てかけてある。

 いつも通り、ささくれていて、軽い。


「……便利だな」


 口に出したのは、独り言だった。


 隣で、リゼットが小さく笑う。


「“便利”って言葉、似合わないですね」


「そうか?」


「もっと、こう……嫌そうに言うと思いました」


 ノイルは答えず、視線を移した。


 入口が開く。


 外の冷気と一緒に、人が数人なだれ込んできた。


「おい、見たか!? あの通り!」


「立ち入り禁止だったのに、普通に歩けるって!」


「……急に、だぞ? 急に!」


 宿の客たちが反応する。


「また誰かが勝手に直したのか?」


「いや、直したっていうより……“最初から普通だった”みたいな感じだ」


 声が弾む。


 だが、騒ぎは長く続かなかった。

 酒と食事が、すぐに話題を飲み込む。


 ノイルは、何も言わない。


 バルトが、ぽつりと呟いた。


「噂ってのは、こうやって増える」


「増えない方がいい」


「そうだな」


 そこまで言って、バルトは一度だけ棒を見た。


「……あんたは、気づいてない顔だが」


「何を?」


「“問題が消える”のは、気持ちいい」


 バルトは淡々と言った。


「でも、消えた問題は、どこへ行く?」


 ノイルは、少しだけ眉をひそめた。


「……知らない」


「だろうな」


 バルトは水を飲み、席を立った。


「俺は外の空気を吸ってくる」


 扉が閉まる。


 リゼットが視線を落とす。


「……怖い話ですね」


「怖がる必要はない」


 ノイルは言った。


「俺は何もしてない」


 リゼットは、返事をしなかった。


 その代わり、窓の外を見た。


 宿の前の通り。

 灯りの下で、子どもが走っている。


 足がもつれる。


「……っ」


 ノイルが立ち上がりかけた、その瞬間。


 子どもの足元の石が、わずかに沈んだ。

 転びそうだった体が、自然に前へ流れる。


 ――転ばない。


 子どもは何事もなかったように笑い、走り去った。


 リゼットが、息を止めていた。


「今……」


「気のせいだ」


 ノイルは、短く言った。


 だが、言いながら自分でも分かっていた。


 あれは気のせいじゃない。


 名もなき木の棒は、壁に立てかけられたまま。

 触れてもいない。

 動いてもいない。


 それでも――


 窓ガラスに映った影が、一瞬だけ揺れた気がした。


 ノイルは、視線を逸らす。


 都合よくなった街。

 転ばない子ども。

 揉めない市場。


 便利だ。


 でも、バルトの言葉が刺さっていた。


消えた問題は、どこへ行く?


 その答えを考える前に。


 扉が乱暴に開いた。


 バルトが戻ってくる。

 顔色が、昼間とは違う。


「……ノイル。リゼット」


 声が低い。


「街の外れで、また一つ見つけた」


「何を」


「“直らない場所”だ」


 ノイルは、ゆっくり立ち上がった。


 棒を手に取る。


 軽い。

 いつも通り。

 ただの木。


 なのに。


 それを握った瞬間だけ、

 胸の奥が、ほんの少し冷えた。


「……行くぞ」


「はい」


 リゼットが頷く。


 宿の喧騒を背に、三人は外へ出た。


 街は今夜も平和だ。

 困る人は少ない。


 ――少ないだけで、零じゃない。


 そして、零にならない“理由”が、

 街の外で待っている気がした。


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