普通に、強すぎた
依頼内容は、単純だった。
「坑道跡に住み着いた魔物の排除」
危険度は中。
報酬も、相応。
「普通なら、三人で十分だ」
バルトが、そう判断した。
ノイルも、異論はない。
――普通なら。
坑道跡の中は、ひんやりとしていた。
岩肌が露出し、ところどころに金属の光が見える。
「ここ、昔は採掘場だったみたいですね」
リゼットが、周囲を見回す。
「魔物が住み着くには、ちょうどいい」
その言葉通りだった。
奥から現れたのは、
岩と金属が混ざったような魔物。
鈍い体色。
分厚い装甲。
「……硬そうだな」
バルトが、剣を構える。
「鉄じゃ、刃が通らないタイプだ」
次の瞬間。
魔物が、突進してきた。
「来る!」
バルトが前に出る。
剣が、振り下ろされ――
弾かれた。
「……くそっ!」
火花が散る。
「やっぱりな!」
判断は、正しい。
その間に、ノイルは棒を握っていた。
いつも通り。
軽い。
ただの木。
――の、はずだった。
ざらり。
手触りが、変わる。
「……?」
棒の表面が、
鈍く、重い光を帯びた。
木目が消え、
代わりに、深い灰色。
リゼットが、息を呑む。
「……ミスリル?」
ノイルは、分からない。
分からないまま、振った。
――ゴンッ。
魔物の装甲が、
へこみ、砕けた。
「……は?」
バルトが、目を見開く。
「今の……切ってないぞ?」
魔物が、怒りの咆哮を上げる。
次の瞬間、
棒が、さらに変わった。
色が、黒く沈む。
光を吸い込むような、漆黒。
「……アダマンタイト?」
リゼットの声が、震える。
ノイルは、考えない。
叩く。
――ドンッ。
今度は、
装甲ごと、魔物が吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、
そのまま動かなくなる。
静寂。
ノイルは、棒を見る。
もう、木だ。
ささくれだらけの、
いつもの姿。
「……硬かったな」
本気で、そう思った。
バルトは、しばらく黙っていたが、
やがて、乾いた笑いを漏らした。
「……素材が通らないなら、
素材を変える、か」
リゼットは、棒から目を離せずにいた。
「……教本にしか出てこない金属が、
次々に……」
ノイルは、肩をすくめる。
「偶然だろ」
「そうは見えませんでした」
即答だった。
奥から、
さらに気配が動く。
「……もう一体、来ます」
リゼットが言う。
今度の魔物は、
水晶のような外殻を持っていた。
「反射系か……!」
バルトが、舌打ちする。
ノイルは、棒を持ち上げた。
今度は、
透明に近い輝き。
「……オリハルコン?」
リゼットの声は、もはや確信に近い。
ノイルは、軽く振る。
――パリン。
水晶の殻が、
音を立てて砕け散った。
魔物は、
抵抗すらできずに倒れた。
沈黙。
坑道跡に、
ノイルたちの呼吸音だけが残る。
「……なあ」
バルトが、ぽつりと言った。
「これ、本当に“棒”か?」
ノイルは、棒を見る。
軽い。
木だ。
「……さあな」
正直な答えだった。
ただ一つ、確かなことがある。
敵に合わせて、
世界の強さそのものを持ってくる。
それが、
名もなき木の棒のやり方だった。
坑道の奥は、想像以上に広がっていた。
天井は高く、
壁面には、掘りかけの鉱脈が無数に走っている。
「……嫌な予感がする」
バルトが、低く呟いた。
その瞬間。
轟音。
地面が、割れた。
「――来るぞ!!」
岩盤が砕け、
そこから現れたのは――魔物というより、災害だった。
巨大。
多腕。
全身が、異なる鉱物で構成されている。
右腕は黒鉄。
左腕は赤熱した溶岩石。
背中には水晶の棘。
「……融合個体」
バルトの声が、乾いた。
「しかも、坑道の鉱物を取り込んでる……!」
常識的な対処法は、ない。
剣は通らない。
魔法は反射される。
近づけば潰される。
――詰みだ。
普通なら。
ノイルは、棒を握った。
その瞬間。
変化は、段階を踏まなかった。
木の感触が消える。
重さも、軽さも、なくなる。
形が、定まらない。
リゼットが、息を呑む。
「……金属じゃない……
鉱物でも……ない……」
棒は、
黒でも、銀でも、透明でもなかった。
色が、流れている。
触れれば、形を失いそうな輪郭。
「……なんだ、あれ」
バルトが、初めて恐怖を滲ませる。
魔物が、咆哮を上げた。
多腕が、一斉に振り下ろされる。
ノイルは、前に出た。
――一歩。
棒が、面になった。
盾でも、壁でもない。
ただ、
「通さない」という性質だけを持った何か。
衝撃が、消えた。
「……消えた?」
バルトの言葉通りだった。
力が、受け止められたのではない。
存在ごと、打ち消された。
次の瞬間。
棒は、線になった。
細く、鋭く、
世界を切り分けるような一本の線。
ノイルが、振る。
――スッ。
音は、しなかった。
だが。
魔物の腕が、
時間差で、ずり落ちた。
「……遅れて、切れる……?」
理解が追いつかない。
魔物が、後退する。
だが、遅い。
棒は、
今度は塊になった。
重さだけが、世界に落ちる。
――ドンッ!!
坑道全体が、揺れた。
魔物の胴体が、
押し潰されるように砕けた。
鉱物の破片が、雨のように散る。
沈黙。
粉塵が、ゆっくりと落ちる。
そこにはもう、
魔物だったものは残っていなかった。
「……終わった?」
ノイルは、本気でそう思った。
棒を見る。
もう、木だ。
ささくれだらけで、
軽くて、頼りない。
「……夢だろ、これ」
バルトは、膝に手をついていた。
「……違う」
息を整えながら、言う。
「夢なら……
俺の常識が、こんなに壊れてない」
リゼットは、静かに呟いた。
「……形じゃないんですね」
「ん?」
「剣でも、斧でも、素材でもない……」
視線が、ノイルの手元に向く。
「必要な“性質”だけを、その場で持ってくる」
ノイルは、何も答えなかった。
答えられなかった。
分からない。
ただ一つ分かるのは。
この棒は、
戦う相手を“攻略”している。
力押しでも、技巧でもない。
――最適解。
坑道跡に、静けさが戻る。
バルトが、ぽつりと言った。
「……なあ、ノイル」
「なんだ」
「これ、もう無双ってレベルじゃない」
一拍置いて。
「世界のルールを、後出しで書き換えてる」
ノイルは、棒を握り直す。
「……偶然だ」
誰も、否定しなかった。
否定できなかった。
名もなき木の棒は、
何事もなかったかのように、
ただの木として、そこにあった。
――それが、一番おかしかった。
坑道を出た瞬間、外の空気がやけに眩しく感じた。
粉塵を払うように、ノイルは軽く咳をする。
「……さすがに、やりすぎたな」
本気で、そう思っていた。
坑道の奥は、半分以上が崩れている。
意図したわけじゃない。
止めようともしていない。
ただ、終わったらそうなっていた。
「鉱脈ごと潰れてる……」
リゼットが、坑道の入口を振り返る。
「採掘跡とはいえ、
これ、放っておいたら危険ですね」
「……ああ」
バルトは、表情を曇らせた。
「この規模だと、
ギルドに報告しないとまずい」
その言葉に、ノイルは眉をひそめる。
「俺が?」
「俺たち全員だ」
バルトは即答した。
「崩落音、聞こえてる。
この辺りの街道なら、確実に」
その直後だった。
遠くから、複数の足音が近づいてくる。
「――こっちだ!」
現れたのは、
ギルドの下級職員と、
数名の冒険者。
全員、慌てた様子だった。
「爆発があったって報告が――」
職員が、言葉を止める。
目の前にある光景を見たからだ。
半壊した坑道。
散乱する鉱石。
そして――
「……魔物は?」
誰かが、恐る恐る聞いた。
「いない」
バルトが答える。
「全部、終わった」
一瞬、沈黙。
職員は、喉を鳴らした。
「……討伐確認を取ります」
形式的な言葉だった。
だが、声は震えている。
倒された魔物の痕跡は、
明らかに“普通じゃない”。
粉砕。
圧壊。
切断。
しかも――
複数の性質が混在している。
「……同一武器によるものですか?」
職員が、慎重に尋ねる。
バルトは、一拍置いてから答えた。
「……そう見える」
視線が、
自然とノイルの手元に集まる。
名もなき木の棒。
今は、ただの棒だ。
「……記録します」
職員は、紙に何かを書き込む。
「討伐数、想定以上。
坑道崩落あり。
周辺被害、なし……」
言葉を選びながら、続ける。
「原因不明」
その一言が、
全てを物語っていた。
「報告は、上に回ります」
職員は、淡々と言った。
「依頼主にも、
正確な説明が必要ですから」
ノイルは、何も言わなかった。
言えることが、なかった。
街へ戻る道すがら、
遠くで人の声が聞こえる。
「聞いたか?」
「坑道が崩れたって……」
「魔物の仕業じゃないらしいぞ」
噂は、まだ断片だ。
名前も、武器も、出ていない。
ただ。
“何かが起きた”
それだけが、静かに広がり始めている。
「……面倒になりそうだな」
バルトが、低く言った。
ノイルは、棒を見た。
軽い。
何も起きていない。
「……まあ、いい」
起きたことは、戻らない。
名もなき木の棒は、
今日も何も語らない。
だが。
音と痕跡だけは、
確実に世界に残っていた。
坑道を出た瞬間、外の空気がやけに軽く感じた。
ノイルは、無意識に棒を見下ろす。
軽い。
ささくれだらけ。
いつも通りの、ただの木。
「……さすがに、やりすぎたな」
本気で、そう思っていた。
背後では、坑道の入口が半分ほど崩れている。
意図したわけじゃない。
止めようともしていない。
終わったら、そうなっていた。
「鉱脈ごと潰れてますね……」
リゼットが、静かに言う。
「このまま放置したら、街道が危ないです」
「……報告は必要だな」
バルトが、短く頷いた。
数刻後。
駆けつけたギルド職員たちは、現場を見て言葉を失った。
崩落。
粉砕。
切断。
圧壊。
しかも、
全部、同一地点で起きている。
「……原因は?」
誰かが、恐る恐る尋ねた。
バルトは、一拍置いて答える。
「分からない」
それが、事実だった。
視線が、自然とノイルの手元に集まる。
名もなき木の棒。
今は、ただの棒だ。
「……記録します」
職員は、紙に書き込む。
討伐数、想定以上。
坑道崩落あり。
周辺被害、なし。
最後に、少しだけ手が止まった。
「……原因、不明」
その一言で、すべてが片付けられた。
帰り道。
遠くで、ひそひそと声が交わされている。
「聞いたか……?」
「棒一本で、坑道が……」
「いや、盛りすぎだろ……」
名前は、まだ出ていない。
正体も、武器も、分からない。
ただ――
**“何かがいた”**という噂だけが、静かに残る。
「……面倒になりそうだな」
バルトが、低く言った。
ノイルは、肩をすくめる。
「まあ、いい」
起きたことは、戻らない。
名もなき木の棒は、今日も何も語らない。
だが。
音と痕跡だけは、
確実に世界に刻まれていた。




