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追放された俺、装備を全部奪われたけど “名もなき木の棒”が最強だった  作者: Y.K
第1章 屈辱と名もなき木の棒

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3/11

普通の冒険者

 街道を外れ、森の入口に差しかかったところで、声がした。


「止まれ」


 低く、落ち着いた声。


 ノイルは反射的に足を止め、木の棒を構える。

 リゼットも、一歩遅れて詠唱の姿勢に入った。


 木々の間から現れたのは、男だった。


 重装の胸当て。

 背中に大盾。

 腰には、使い込まれた剣。


 見た目だけで分かる。

 ――場数を踏んだ冒険者だ。


「敵意はない」


 男は両手を軽く上げた。


「こっちも、警戒してるだけだ」


 視線が、ノイルとリゼットを行き来する。


「二人連れで、この辺りを歩くには装備が軽すぎる」


 正論だった。


「……用件は?」


 ノイルが問い返す。


「仕事の邪魔になるかと思ってな」


 男はそう言って、少しだけ表情を緩めた。


「俺はバルト。

 今はソロだ」


「……ノイルだ」


「リゼットです」


 名乗ると、バルトは一度だけ頷いた。


「回復術師と……」


 視線が、ノイルの手元に落ちる。


「……木の棒?」


「そうだ」


 ノイルは、余計な説明をしなかった。


 バルトは、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに何も言わなくなった。


「まあ、いい」


 それ以上、踏み込んでこない。


「この先、魔物が出てる」


 淡々と告げる。


「数は多くないが、森に入るなら注意した方がいい」


「教えてくれて助かる」


 ノイルが言うと、バルトは少し意外そうな顔をした。


「……礼を言われるとは思わなかった」


「言うべきことだろ」


 短く返す。


 バルトは、数秒だけノイルを見てから、口を開いた。


「二人とも、行き先は?」


「決めてない」


「なら」


 バルトは、森の奥を親指で示した。


「同じ方向だ。

 危険度も、ちょうどいい」


 一拍、間を置く。


「……一時的に、組まないか」


 リゼットが、ノイルを見る。


 ノイルは、すぐには答えなかった。


 木の棒を握り、

 男の装備を見て、

 その立ち姿を観察する。


 ――強そうだ。

 少なくとも、俺よりは。


「……短時間なら」


 そう答えた。


 バルトは、にやりと笑った。


「十分だ」


 そして、何気ない調子で付け足す。


「木の棒で前に出る気はないよな?」


「……さあな」


 ノイルは、肩をすくめた。


 そのやり取りを、

 リゼットは黙って見ていた。


 ――この人、普通だ。


 だからこそ。


 この先で起きることが、

 きっと“普通じゃなく”見える。


 三人は、並んで森へ足を踏み入れた。


 名もなき木の棒を、

 誰も、まだ本気では警戒していないまま。


 森の中は、思ったより静かだった。


 鳥の声も、風の音も、どこか遠い。

 嫌な静けさだ。


「足跡が多いな」


 先頭を歩くバルトが、低く言った。


「群れか?」


「いや、違う」


 しゃがみ込み、地面に触れる。


「同じ足取りだ。

 ――戻ってきてる」


 ノイルは、背筋が冷えるのを感じた。


「……罠か」


「可能性は高い」


 バルトは、即座に指示を出す。


「リゼット、後ろ。

 ノイルは俺の左」


 迷いがない。

 経験に裏打ちされた動きだ。


 その瞬間。


 ずるり。


 音がした。


「――来るぞ!」


 バルトが盾を構えた直後、

 地面が“剥がれた”。


 苔と土が弾け、その中から現れたのは――

 狼。


 いや、狼の形をした何か。


 体表は苔に覆われ、

 目だけが不自然に光っている。


「……《苔喰いのガルム=ルフト》か!」


 バルトが舌打ちした。


「ユニーク個体だ……!」


 次の瞬間、ガルムが消えた。


「――消えた!?」


「違う!」


 バルトが叫ぶ。


「地面だ!

 苔と同化して――」


 言い終わる前に、衝撃。


 ドンッ!


 盾が、横から叩き上げられる。


「ぐっ……!」


 バルトが踏みとどまるが、

 体勢を崩す。


「再生能力あり!

 削り合いは不利だ!」


 判断は、正しい。


「リゼット、下がれ!」


「は、はい!」


 ノイルは、棒を握りながら動けずにいた。


 速い。

 硬い。

 的確。


 ――強い。


 バルトの剣が、ガルムの脇腹を裂く。


 だが、

 傷口は苔に覆われ、すぐに塞がった。


「くそ……!」


 バルトの顔に、焦りが滲む。


 常識的な戦い方が、

 全部、通用していない。


 そのとき。


 ノイルの手の中で、

 木の棒が――重くなった。


「……っ」


 視線を落とす暇はない。


 ただ、

 “今は、叩くな”

 そんな感覚だけが、伝わってくる。


 ガルムが跳ぶ。


 狙いは、バルト。


「――まずい!」


 ノイルの身体が、前に出ていた。


「え……?」


 バルトが目を見開く。


 ノイルは、棒を地面に突き立てた。


 ドンッ。


 衝撃が、地面を走る。


 次の瞬間、

 地表の苔が一斉に剥がれ落ちた。


「……なに?」


 ガルムの動きが、止まる。


 迷彩が、消えた。


 露わになった体表に、

 一本の、弱点の線が浮かび上がる。


「……そこだ」


 誰に言ったのか、自分でも分からない。


 バルトが、反射的に動いた。


「――っ!」


 剣が、一直線に振り下ろされる。


 苔の核が、断ち切られた。


 ガルム=ルフトは、

 一声も上げずに崩れ落ちた。


 静寂。


 ノイルは、棒を見下ろす。


 もう、ただの木の棒だ。


「……今の」


 バルトが、息を荒くしながら呟いた。


「俺の判断は……間違ってなかったよな?」


 ノイルは、首を振った。


「正しかったと思う」


「……だよな」


 バルトは、苦笑した。


「じゃあ、

 俺の常識が、足りなかっただけか」


 リゼットは、黙ってその光景を見ていた。


 ――違う。


 足りなかったのは、常識じゃない。


 この棒が、最初から常識の外だった。


 ノイルは、何も言わず、棒を握り直した。


 ガルム=ルフトの死骸を前に、バルトは短く息を吐いた。


「……これ以上は危険だ」


 その判断は、冷静だった。


「ユニーク個体を倒した直後は、

 周囲の魔物が寄ってくる」


「戻ろう」


 ノイルも、異論はなかった。


 だが――


 遅かった。


 森の奥から、低い唸り声が響いた。


「……来るぞ」


 木々の隙間から現れたのは、

 同じ苔に覆われた狼型魔物。


 一体、二体――


「……三体?」


 バルトの声が、僅かに強張る。


 さらに。


 左右の藪が揺れ、

 別の個体が姿を現した。


「……五体」


 バルトは、はっきりと言った。


「撤退不能だ」


 包囲。

 完全に、詰んでいる。


「ノイル、俺が前に出る。

 リゼットを下げろ」


「無理だ!」


 ノイルは即答した。


「この数、捌けない!」


「それでもやるしか――」


 言い終わる前に、

 ガルムの一体が跳んだ。


 速い。

 さっきの個体より、明らかに。


 バルトが盾を構える。


 ――間に合わない。


 その瞬間。


 ノイルの手の中で、

 木の棒が一気に重くなった。


「……っ!」


 考える暇はなかった。


 身体が、勝手に前に出る。


 ノイルが振ったのは、ただの横薙ぎ。


 ――ゴンッ。


 乾いた音。


 跳躍していたガルムが、

 空中で弾かれ、木に叩きつけられた。


「……は?」


 バルトが目を見開く。


 残り四体が、一斉に動いた。


「来るぞ!」


 次の瞬間。


 ノイルの棒が、

 一瞬だけ“長く”なった。


 突き。


 ――ドンッ。


 一体の頭部が、地面に沈む。


「な――」


 言葉にならない声。


 右から噛みつこうとした個体。


 棒が、自然に角度を変えた。


 ――ガンッ。


 顎が砕け、

 そのまま地面を転がる。


 左。


 背後。


 ノイルは、振っていない。


 棒が、先に動いている。


 ――ゴン。ゴン。


 鈍い音が、二度。


 最後の二体が、ほぼ同時に倒れた。


 静寂。


 ほんの、数秒。


 ノイルは、その場に立っていた。


「……終わった?」


残った魔物たちは、一定の距離を保ったまま動かなくなっていた。

攻撃も、追撃もしてこない。

ただ――こちらを“避けている”。


 バルトは、剣を握ったまま固まっていた。


「……俺は」


 喉が鳴る。


「……一回も、攻撃してない」


 事実だった。


 リゼットも、詠唱すらしていない。


 ノイルは、木の棒を見る。


 もう、軽い。

 ただの棒だ。


「……たまたま、だよな」


 誰にともなく呟く。


 バルトは、乾いた笑いを漏らした。


「違うな」


 そして、はっきり言った。


「俺たちが戦う前に、終わってた」


 それが、何よりの答えだった。


 リゼットは、静かに息を吸う。


「……ノイルさん」


「なんだ?」


「その木の棒……」


 一瞬、言葉を探してから続けた。


「……あれ、戦いでしたよね?」


 ノイルは、返事をしなかった。


 返せなかった。


 自分が一番、理解していない。


 ただ一つ分かるのは――


 この棒は、

 戦闘を“作業”みたいに終わらせる。


 それが、

 冒険者の常識ではないということだけだった。


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