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追放された俺、装備を全部奪われたけど “名もなき木の棒”が最強だった  作者: Y.K
第1章 屈辱と名もなき木の棒

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2/11

そばにいる理由

 夜明け前の空は、まだ薄暗かった。


 ノイルは、路地の壁にもたれながら座り込んでいた。

 眠れなかったわけじゃない。

 ただ、目を閉じると、昨日の声が何度も蘇る。


 ――役立たず。

 ――追放だ。

 ――死ぬなよ、まあ無理だろうけど。


 手の中の木の棒を見下ろす。


 軽くて、頼りなくて、

 昨日と同じ、ただの棒。


「……生きてるのが、不思議だな」


 独り言のつもりだった。


「そうですね」


 返事が返ってきた。


「……っ!?」


 ノイルは勢いよく振り返る。


 そこにいたのは、昨日ギルドにいた少女だった。

 薄いローブに、回復術師の紋章。


「……あんたは」


「リゼットです」


 彼女は慌てたように頭を下げた。


「驚かせてすみません。

 でも……放っておけなくて」


「正直、追い剥ぎにやられていても不思議じゃないと思ってました。」


 ノイルは眉をひそめる。


「俺に?」


「はい」


 迷いのない返事だった。


「昨日のこと、見てました」


 それだけで、胸が少し痛んだ。


「追放されて、

 装備も全部置いていって……」


 視線が、木の棒に向く。


 でも、彼女は何も言わなかった。


「……それで?」


「生きてるかどうか、確認したくて」


 あまりにも率直で、拍子抜けする。


「回復術師なので。

 怪我人を見つけたら、放っておけません」


 ノイルは、思わず苦笑した。


「物好きだな」


「よく言われます」


 リゼットは、少しだけ照れたように笑う。


 沈黙が落ちる。


 ノイルは、視線を逸らしたまま言った。


「俺は、もうパーティじゃない。

 一人だ」


「知ってます」


「危険だぞ」


「……それも」


 彼女は、少しだけ間を置いてから続けた。


「でも、一人でいるよりは、

 二人の方が安全です」


 それだけだった。


 正論でも、説得でもない。

 ただの事実。


 ノイルは、しばらく黙っていた。


 断る理由は、あった。

 でも、引き止める理由も、なかった。


「……朝までだ」


「はい」


 即答だった。


 その反応に、ノイルは小さく息を吐く。


「勝手にしろ」


「ありがとうございます」


 その言葉が、やけに柔らかかった。


 ノイルは立ち上がる。


 名もなき木の棒を、握り直す。


 振り返ると、リゼットが少し後ろを歩いていた。


 距離を詰めすぎず、

 でも、離れすぎない。


 ――その位置が、妙に心地よかった。


「……なあ」


 ノイルは、前を向いたまま言う。


「なんですか?」


「後悔するなよ」


「大丈夫です」


 即答だった。


「そのときは、ちゃんと回復しますから」


 ノイルは、思わず笑った。


 ほんの一瞬だけ。


 追放された翌朝。

 それでも、世界は少しだけ静かだった。


 街道に出て、少し歩いたところで、気配が変わった。


 ノイルが足を止める。


「……来る」


「え?」


 リゼットが聞き返すより早く、草むらが揺れた。


 現れたのは、魔物――ゴブリン。

 数は二体。

 どちらも小柄だが、錆びた刃物を持っている。


「ご、ゴブリン……!」


 リゼットが息を呑む。


 ノイルは、反射的に前に出た。


「下がってろ」


「で、でも――」


「いいから」


 自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。


 とはいえ、内心は冷や汗だ。


 ――二体。

 装備なし。

 後ろには、回復術師。


 正直、条件は最悪だった。


 ノイルは、木の棒を握る。


 相変わらず、軽い。

 相変わらず、頼りない。


「……頼むぞ」


 誰に言ったのか、自分でも分からない。


 ゴブリンの一体が、甲高い声を上げて突っ込んできた。


「来る――!」


 ノイルが身構えた、その瞬間。


 カチリ。


 手の中で、感触が変わった。


「……っ?」


 見る暇はない。

 ただ、今なら振れる、という確信だけがあった。


 ――ガンッ。


 木の棒が、ゴブリンの手首を正確に打ち抜く。


 刃物が地面に落ち、

 魔物は悲鳴を上げて転がった。


「え……?」


 リゼットの声が、裏返る。


 残りの一体が、慌てて距離を詰めてくる。


 ノイルは後ずさる。


「くっ……!」


 その瞬間、背中に衝撃。


 転ぶ――と思った。


「ノイルさん!」


 リゼットの声。


 柔らかな光が、視界の端で弾ける。


 ――回復魔法。


 ノイルの体勢が、わずかに持ち直した。


 その隙に。


 木の棒が、ほんの一瞬だけ、長くなった。


 突き出す形。


 考えていない。

 狙っていない。


 ただ、そこに空いている距離があった。


 ――ドンッ。


 鈍い音。


 ゴブリンは吹き飛び、動かなくなった。


 静寂。


 ノイルは、その場に立ち尽くしていた。


「……終わった?」


 足元を見る。


 二体とも、動かない。


 ノイルは、ゆっくりと息を吐いた。


「……たまたま、だな」


「……そうですね」

そう言いながら、彼女は一瞬だけ棒から目を逸らした。


 そう呟いて、棒を見る。


 もう元の形に戻っている。

 ただの木の棒。


 リゼットが、そっと近づいてきた。


「……怪我、してませんか?」


「多分、大丈夫だ」


 リゼットは、念のため小さく回復魔法をかける。


 淡い光が消えたあと、彼女は棒を見た。


 じっと。

 まるで、言葉を選ぶように。


「……ノイルさん」


「なんだ?」


「今の……」


 一瞬、言葉に詰まってから、続けた。


「木の棒、

 少しだけ……変わりませんでしたか?」


 ノイルは、答えに迷った。


「……気のせいだろ」


 そう言って、視線を逸らす。


 本当は、

 自分が一番、気のせいじゃないと分かっていた。


 リゼットは、それ以上追及しなかった。


 ただ、小さく頷く。


「……そう、ですよね」


 でも、その目は、

 確かに何かを見てしまった人の目だった。


 ノイルは、棒を握り直す。


 ――やっぱり、普通じゃない。


 それでも。


「行こう」


「……はい」


 二人は、再び歩き出した。


 ゴブリンの死体を、振り返ることなく。


 まだ、この棒が何なのかは分からない。


 けれど――


 少なくとも、

 昨日よりは前に進めている。


 日が完全に昇る頃、二人は街道沿いの小さな休憩所に辿り着いた。


 使われなくなった見張り台の跡。

 屋根も半分崩れているが、風はしのげる。


「ここで少し休みましょう」


 リゼットがそう言って、荷物を下ろす。


 ノイルは頷き、壁に背を預けた。


 張り詰めていたものが、ようやく緩む。


「……さっきは助かった」


「いえ」


 リゼットは首を振った。


「わたし、ほとんど何もしてません」


「それでもだ」


 短く答えると、会話が途切れた。


 沈黙が、悪くなかった。


 そのとき、リゼットの視線が、ノイルの足元に落ちた。


 ――名もなき木の棒。


 壁に立てかけられている。


「……少し、触ってもいいですか?」


 控えめな声だった。


「折るなよ」


「そ、そんなことしません」


 リゼットは慌てて否定しながら、棒に手を伸ばす。


 軽く持ち上げ、首を傾げた。


「本当に……普通の木ですね」


「だろ」


「ささくれもありますし……」


 そう言いながら、指で表面をなぞる。


 その瞬間。


 ぱきっ。


「――え?」


 乾いた音がした。


 リゼットの手の中で、

 棒の先端が、ぽきりと折れていた。


「……っ!」


「おい!」


 二人の声が重なる。


 リゼットは顔色を変えた。


「ご、ごめんなさい!

 力を入れたつもりは……!」


 折れた断面を見る。


 中まで、普通の木だ。


「……大丈夫だ」


 ノイルはそう言いながら、内心で舌打ちしていた。


 ――やっぱり、ただの棒だ。


 そう思った、そのとき。


「……あれ?」


 リゼットが、小さく声を上げた。


 折れたはずの先端。


 それが――

 いつの間にか、繋がっている。


「……え?」


 ノイルも、目を凝らす。


 確かに、元通りだ。


 折れ目も、ささくれも、ない。


 まるで、

 最初から折れていなかったかのように。


「……今、折れましたよね?」


 リゼットの声が、少し震えている。


「……ああ」


 ノイルは、短く答えた。


 二人は、無言で棒を見つめた。


 しばらくして、リゼットがそっと棒を置く。


「……触らない方が、よさそうですね」


「そうだな」


 それ以上、何も言わなかった。


 言えなかった。


 ノイルは、棒を拾い上げる。


 軽い。

 いつも通り。


 でも、

 さっきまでとは、少しだけ違って見えた。


「……行こう」


「はい」


 二人は、立ち上がる。


 背中に、違和感を残したまま。


 名もなき木の棒は、

 何事もなかったかのように、

 ノイルの手に収まっていた。


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