表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された俺、装備を全部奪われたけど “名もなき木の棒”が最強だった  作者: Y.K
第2章 旅立ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

ここにいてはいけない

 異変は、はっきりとした形では現れなかった。


 だからこそ、ノイルは確信した。


「……ここにいちゃ、ダメだな」


 宿の一室。

 朝の光が、床に細く差し込んでいる。


 リゼットは、荷物をまとめる手を止めた。


「急ですね」


「急じゃない」


 ノイルは、窓の外を見る。


 いつも通りの街。

 人が歩き、商人が声を張り上げ、子どもが走っている。


 平和だ。


 ――平和すぎる。


「昨日の件が?」


 バルトが、壁にもたれながら言う。


「面の連中か」


「あれもある」


 ノイルは、短く答える。


「だが、それだけじゃない」


 名もなき木の棒を、手に取る。


 軽い。

 何も起きない。


 それが、逆におかしかった。


「……問題が、消えすぎてる」


 リゼットが、小さく息を吸う。


「街が、ですか」


「ああ」


 ノイルは、ゆっくり頷いた。


「俺たちが来てから、

 揉め事も、事故も、トラブルも……

 減りすぎてる」


「いいことじゃないのか?」


 バルトが言う。


「普通ならな」


 ノイルは即答した。


「でも、

 何も起きない街は、長く続かない」


 沈黙。


 誰も反論しなかった。


 ここ数日の出来事が、

 それを否定できなかったからだ。


「……面の連中」


 リゼットが、ぽつりと言う。


「私たちを、街の外で襲いました」


「中では、やらなかった」


 バルトが補足する。


「目立つのを避けたか、

 それとも……」


「それとも?」


「街の中では、やりづらい理由があった」


 ノイルは、棒を見る。


 理由は分からない。


 だが、

 関係はある。


「……俺は、この棒を知らない」


 ノイルは言った。


「何者かも、

 なぜ俺が持ってるのかも」


 握る。


 変わらない。


「このまま街にいれば、

 いずれ誰かが

 “確かめに来る”」


 バルトが、低く言う。


「しかも、

 昨日の連中より、

 もっと大きいのが」


「そうなる前に、動く」


 ノイルは、即断した。


「棒のことを調べる」


「……調べて、どうするんですか」


 リゼットが尋ねる。


 ノイルは、少し考えてから答えた。


「分からない」


 正直な言葉だった。


「でも、

 知らないまま持ち続けるよりはマシだ」


 外から、鐘の音が聞こえる。


 朝の合図。


 街は、今日も平和だ。


「……旅、ですね」


 リゼットが、少しだけ笑った。


「危険ですよ」


「今のままでも、危険だ」


 ノイルは言った。


「見えない分、な」


 バルトは、肩をすくめる。


「仕方ないな」


 剣を背負い直す。


「俺も行く。

 途中で置いていかれるのは御免だ」


 ノイルは、短く頷いた。


「……じゃあ」


 リゼットが、最後に部屋を見回す。


「この街とは、

 しばらくお別れですね」


 三人は、宿を出た。


 名もなき木の棒を携えて。


 街は、変わらない。


 だが――

 この場所に留まること自体が、

 もう“最適解”ではなくなっていた。


 ノイルは、振り返らない。


 答えは、

 街の外にしかない。


 街道を離れたのは、昼前だった。


 人の往来が減り、

 道幅が少しずつ狭くなる。


 舗装はない。

 踏み固められただけの土。


「……空気、違いませんか」


 リゼットが言った。


「重いな」


 バルトも同意する。


 音が少ない。

 風は吹いているのに、

 葉擦れの音が弱い。


 ノイルは、何も言わず歩いていた。


 名もなき木の棒を、

 背中に回している。


 ――静かだ。


 街を出てから、

 棒は一度も反応していない。


 それが、

 嫌な予感を呼んでいた。


「……次の村まで、どれくらいだ」


「半日もかからない」


 バルトが地図を見る。


「だが、

 評判は良くない」


「どういう意味で?」


「人が少ない」


 一拍。


「……減っている」


 森を抜けると、

 開けた場所に出た。


 畑だったはずの土地。

 だが、作物はない。


 土は耕されているのに、

 何も植えられていない。


「……やってる、途中ですね」


 リゼットが言う。


「途中で、やめた感じだ」


 バルトが眉をひそめる。


 村は、すぐそこだった。


 木造の家が並び、

 煙突もある。


 人の気配は――

 ある。


 だが。


「……見られてるな」


 バルトが、低く言った。


 窓。

 物陰。

 家と家の隙間。


 視線が、

 隠す気もなく集まっている。


 三人が村の中央に入ると、

 一人の老人が出てきた。


 痩せている。

 目が鋭い。


「……旅の方か」


 声は、落ち着いていた。


「宿を探している」


 バルトが答える。


 老人は、ノイルを見る。


 正確には――

 棒を見る。


 ほんの、一瞬。


 だが、確実に。


「……今日は、泊まれん」


 即答だった。


「理由は?」


「理由はない」


 老人は、目を逸らす。


「ただ、

 よそ者を泊める余裕がない」


「金なら払う」


「金の問題じゃない」


 老人の声が、少しだけ硬くなる。


「……特に」


 再び、棒を見る。


「それを持っているなら」


 空気が、張り詰めた。


「……知ってるのか」


 ノイルが、初めて口を開いた。


 老人は、首を振った。


「知らん」


 だが、続ける。


「知らない方がいいものだとは、知っている」


 沈黙。


 村の奥で、

 誰かが扉を閉めた音がした。


「……去れ」


 老人は、静かに言った。


「この村は、

 もう十分、揺らいだ」


「揺らいだ?」


「作物が育たん」


「井戸の水が安定せん」


「家畜が落ち着かん」


 老人の声は、淡々としている。


「壊れたわけじゃない。

 だが、

 戻らない」


 ノイルは、棒を見る。


 沈黙している。


 何も反応しない。


 まるで、

 ここでは“何もしない”と決めているように。


「……俺たちが来たせいか」


「分からん」


 老人は答えた。


「だが、

 お前たちが来てから、

 悪くはなっていない」


 一拍。


「……良くも、なっていない」


 それが、

 一番重い言葉だった。


「今日は引く」


 ノイルが言う。


「だが、

 また来るかもしれない」


 老人は、何も言わなかった。


 三人は、村を離れる。


 背後の視線が、

 最後まで消えなかった。


 村を出てしばらくしてから、

 リゼットが口を開く。


「……拒まれましたね」


「街とは、逆だ」


 バルトが言う。


「近づくほど、

 歓迎されなくなる」


 ノイルは、歩きながら考える。


 問題は消えていない。

 だが、

 解決もされていない。


「……ここは、境目だ」


「何の?」


「分からない」


 正直な答え。


 名もなき木の棒は、

 今日も沈黙している。


 だが。


 反応しないという反応が、

 確かにそこにあった。


 異変は、音より先に来た。


 焚き火の炎が、

 揺れずに沈んだ。


 風はある。

 だが、火だけが静かに弱まる。


「……来る」


 ノイルの声は、低かった。


 次の瞬間、

 気配が一斉に立ち上がる。


 林の闇が、裂けるように人影が現れた。


 数は分からない。

 だが――

 多い。


 全員が、同じ色の外套。

 同じ距離。

 同じ歩幅。


 統制された動きだった。


 バルトが、即座に剣を抜く。


「……っ、こいつら……」


 冒険者じゃない。

 盗賊でもない。


 “慣れ”が違う。


 殺すために動く人間のそれだった。


「動くな」


 短い命令。


 声は一つ。

 集団の中央から。


 感情がない。


「抵抗するな」


 リゼットが、息を呑む。


「……私たちを、狙って……?」


「違う」


 即答だった。


 その視線が、

 ノイルの手元へ落ちる。


 名もなき木の棒。


「それだ」


 迷いがなかった。


「それだけが必要だ」


 説明はない。

 理由もない。


 だが――

 知っている言い方だった。


「……何を知ってる」


 ノイルが、短く問う。


「必要なことだけだ」


 男は言った。


「それが

 “環境を変える”

 “問題を起こさせない”

 “最短で状況を終わらせる”

 力を持っていること」


 リゼットの背筋が凍る。


 ――間違いない。

 完全に把握している。


「だから」


 男は、一歩踏み出す。


「それを使うのは、

 お前じゃない」


 その瞬間。


 名もなき木の棒が、

 はっきりと震えた。


 怒りではない。

 威圧でもない。


 ――拒否。


 空気が、

 重く落ちる。


「……反応したな」


 男が、初めて口角を上げた。


「やはり本物だ」


 周囲の影が、

 同時に間合いを詰める。


 刃が抜かれる音が、

 ほぼ一斉に鳴った。


 魔力が、

 抑制された形で立ち上がる。


 ノイルは、棒を握る。


 軽い。

 だが――

 今までとは明確に違う感触。


「……分かった」


 ノイルは、静かに言った。


「話す気は、ないんだな」


「最初からない」


 男は即答した。


「抵抗するなら、殺す」


「それだけだ」


 リゼットが、一歩下がる。


 バルトは、剣を構え直した。


 全員が理解した。


 理由は分からない。

 正体も分からない。


 だが――

 ここで負けたら終わりだ。


 名もなき木の棒が、

 戦闘に適した“形”で反応を強める。


 ノイルは、一歩踏み出した。


 ――ここから先は、交渉じゃない。


 夜の林に、

 殺意だけが残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ