土曜休み
三題噺もどき―はっぴゃくはち。
玄関を開けると、柔らかな風が吹いていた。
春風と見紛うようなそんな温かさを含んだ風。
雲ひとつない空もあいまって、思わず春が来たのかと。
「……さむ」
まぁ、そんな訳もなく。
柔らかな風に混じる冷たい冬風に、一気に現実に戻される。
日が照っているから、あまり防寒具を着こむと暑くなりそうではあるが。
いい加減、昼間だけやけに気温が上がるのを辞めて欲しい。
「……」
耳元では、イヤホンからお気に入りのプレイリストが流れている。
片方しかつけていないので、少々外の音が邪魔でよく聞こえなかったりするが……あまり音量を上げて何かあっては困るからな。
「……」
首に巻いた薄めのマフラーを、鼻先まで覆えるように調整する。
肩にかけていた斜め掛けの鞄が後ろに行っていたので、それを前に持ってくる。
手袋は自転車を漕いでいると、熱くなる上に手がかゆくなるのでしていない。
「……」
屋根もカバーも何もない、野ざらしにされた私の愛用の自転車の元へと向かう。
愛用なんて言うが、特に愛着は持っていない。ただの通学用の自転車でしかないし、そこら辺にあるママチャリと同じだ。
「……、」
中学の頃から使っているので、少し硬くなったロックに苦戦する。少々コツがいるのだ……よし。ロックを外し、スタンドを上げる。
……毎度思うが、よくこんな野ざらし状態で、4年も保つものだ。
タイヤがパンクした時はその手の店に持って行ったことがあるが、それ以外は特にメンテナンスのようなものはしていない。たまに空気を入れるくらい。
「……」
特にブレーキの効きが悪いなんてこともないし、ライトも手動ではあるが問題はない。
……なんで手動かって、安い自転車を買った結果でしかないが。もっといいのがあるだろうと思うが、まぁ、我が家はそんなに余裕があるわけではない。らしい。妹はいいものを買ってるけど、アイツは変なこだわりがあるからどうせ駄々をこねたのだろう。
「……」
駐輪場から抜け出し、自転車にまたぎながら、鞄を再度持ち直す。
ちなみに。
こうして通学用の自転車に乗っているが、別に今日は学校に行くわけではない。
そもそも制服でもない。適当に見繕った冬用のズボンとパーカーを着ている。
……いつもなら、土曜授業があるのだが、今日は、先輩方にとっては大切な日だからな。
今日明日、二日間かけて、共通テストというモノがあるのだと。
「……」
来年の今頃には、私も受けているのだろうか。まぁ、我が校は推薦で受かっていようとなんだろうと、強制的に全員参加だからな。就職組は違うが、そもそも就職をする人は学年に1人か2人しかいない。……共通テストもタダではないのに。
「……」
まぁ、そんな先輩がたの今後を左右するような大事な日に、何をしているのかというと。
家に誰もいないし、宿題はある程度終わってしまったし。
特にすることもないので、たまには出かけてみようかと、外に出た次第だ。
大抵は家の中でゴロゴロしているのだけど、今日はなんとなく外に出たい気分だった。それだけだ。
「……」
それに、比較的天気もいいし、筆箱の中身を整理したところ、消しゴムがなくなりそうだったので、それをついでに百円ショップにでも買いに行こうかと思いたった。
明日でもいいのだけど、明日はどこに買い物に行くかも分からないし、いつ行くかも分からない。日曜日は母も休みなので、少し遠くまで行くかもしれないし。
「……」
もっと、私が幼い頃や妹も幼かった頃は、家族で遊園地にいったり、公園に行ったりしていたのだけど。
もうそんな歳でもないし、妹は2人とも部活で忙しい。土曜日は私も午前中は授業が入ったりするし、母も仕事の時はあるし。
「……」
この、土曜日が休みというのは、なんとも言えない気分になる。
昨日まで、毎日のようにあっていた人とぱたりと、会えなくなる。
2日待てば会えるけれど、その2日がやけに長く感じる。
「……」
あの子と話している時間がとても楽しい。
あの子と並んでいる時間がとても愛おしい。
あの子の呼ぶ声が、今すぐにでも聴きたい。
「……」
きっと、気のせいだろうけど。
ただの気の迷いだ。
「……」
それを紛らわせるように。
自転車のペダルを踏みこんだ。
お題:春風・消しゴム・遊園地




