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第二章 記憶の断片
ある雨の夜、私は彼女が屋敷の裏庭で泣いているのを見かけた。
十五歳のまだ少女と呼べる年頃。
雷鳴が空を裂き、彼女は膝を抱えて蹲っていた。
「どうなさいました? お嬢様」
「……お父様がまた婚約を決めたの。それもグレースの兄君とよ。政略婚。私の意思なんてどこにもない」
彼女の声は雨に掻き消されそうだ。
「でもお嬢様は王太子殿下のことを……」
「好きだった? そうね。好きだったわ。でも貴族の娘に恋愛なんて贅沢よ。ましてや王家と敵対する家系の娘が、王太子に想いを寄せることなんて──罪よ」
私は黙って傘を差し出した。
彼女はそれを受け取りもせず、ただ雨空を見上げている。
「アレクシス、あなたは私のことをどう思う? 悪役令嬢? 傲慢な貴族の娘?」
「私は、お嬢様がお嬢様であることをただ信じております」
彼女はその言葉にわずかに笑った。
悲しげな、でもどこか救われたような笑みだった。