第一章 白いドレスと黒い心
私はの名前はアレクシス・ミカエル。
とある貴族の屋敷に三十年、執事として仕えてきた。
主人はかつて国を揺るがす名門の令嬢──ヴェルナ・エリゼ・ヴァルモンド様。
世間では彼女のことを「悪役令嬢」と呼ぶ。
物語に出てくるの敵役、ヒロインの足を引っ張る邪魔者、傲慢で冷酷な貴族の象徴のような扱い。
だが私は知っている。
彼女の心がどれほど白く、脆く、傷ついていたかを。
今日もまた、彼女は白いドレスを着ていた。
朝の光が窓から差し込み、絹の裾を淡く照らしている。
しかしその瞳には、光がなかった。
まるで鏡に映るだけの影のように。
「アレクシス、今日の予定は?」
彼女の声はいつも通り冷たく、硬い。
だが私はその声の裏に隠された、震えを知っている。
それは怯え、孤独、そして誰にも言えない悲しみ。
「午前中は王宮の茶会へ。その後、王女殿下との面会が予定されております」
「……またあの子?」
彼女の唇がわずかに歪んだ。
王女──グレース殿下。
国民に愛され、優しく、美しい。
物語のヒロイン。
そして、ヴェルナ様の「運命の敵」とされる存在。
だが私は知っている。
ヴェルナ様が、最初からグレース殿下を憎んでいたわけではないと。