4. 出会い
どれくらいの時間が経ったのだろう。
体に電気の流れが伝わってくる。徐々に機能が作動し、やがて聴覚や視覚も回復していく。
「んん…」
視界を眩しいライトが照らし、仰向けのワタシは右手でそれを遮った。
近くから誰かの声が聞こえる。
「ありがとう。すごく助かったよ」
「いや君が凄いだけだよ、僕は何も」
それは博士とアップの話し声だった。
周囲を見回すと工具や機械が積まれてていて、どこかの工房であることが伺える。
「ここは…?」
ワタシの声に「起きたみたいだよ」とアップが博士の映る端末を持ってきてくれる。
「アダム、大丈夫?私のことわかる?」
「もちろんです、博士のことを忘れるはずありません」
体に力を入れゆっくりと上半身を起こす。
そして下半身に目を向けると、外されたはずの左脚が身体へ接続されていた。
多少反応に遅れはあるものの、歩くには十分な修理だ。
「この脚をどなたが?」
「僕だよ」とアップが作業台に腰掛ける。
「とはいっても、博士さんの言う通りにやっただけだけど」
「いえ、これだけ動けば大丈夫です。どうもありがとう」
ワタシは作業台から降り、床に足をつけようとする。
しかしまだ体の感覚が追いついていないため、グラリと壁に手をついてしまう。
「おっと」
「大丈夫?」とアップが体を支えてくれる。
その時、腰に回した彼の右腕から「カシャリ…」という金属音が聞こえた。
「バランサーも少し調整しないとね」そう言う彼にワタシは尋ねる。
「アップ、あなた右腕が」
「え?ああ、これのこと?」
つなぎのチャックを開け右腕を見せてくれる。
その腕は、上腕から下が樹脂と金属で構成された義手になっていた。
「昔事故でね、これは父ちゃんが作ってくれたんだ」
「事故……同じですね」
「何が?」
「いえ、その…」
ワタシは博士に目を向ける。
すると彼女は「大丈夫。アップは恩人だし、私から話すよ」と自分のこと伝えた。
「なんだそうだったのか」
帰ってきたのは随分陽気な反応だった。
博士は尋ねる。
「その…アップは怖くないの?自分に向けられる周りの視線が…」
「うーん。そりゃジャンクの瓦礫に腕を挟まれたって言った時は驚かれたし、かわいそうって目で見られたかもね。でもそんなの最初だけさ」
「今は違うの?」
アップは義手の腕をブンブン回し、手を開いたり閉じたりしてみせる。
さらにはペンを手に取り、巧みな指さばきでクルクルと回転させた。
不自由さなど微塵も感じさせない軽快な動きだ。
「ほらピンピンしてるだろ?これでも僕をかわいそうって目で見る?」
博士は首を横に振る。
「ううん…」
「だろ?じゃあ僕は君の言う『別物』じゃないよね」
突き放すような言葉だが、彼の明るさや考え方は博士と違う前向きなものだった。
気まずそうに目を逸らし、博士は小さく頷く。
「そうだね…あなたと私は全然違う…」
するとアップは端末を持ち上げ、画面を見つめてこう言った。
「違わないよ」
「え?」
「僕はただ、”こうありたいと思う姿”を見せてるだけ。だから君が僕を可哀想だと思わなかったように周りの人もそういう目で見てくれるんだ」
「こうありたい姿?」
「そう、君にもあるんじゃない?こんなふうになりたい、こんな風に見られたいって姿が」
「それは…」
言葉を詰まらせる博士に彼は続けた。
「君には自分の脚を作る力も技術もある。なのに、なぜそうしないんだい?」
「だって私は…臆病で…ずっと逃げて生きてきたから…そんな勇気どこにもない…」
「うーん」
腕を組み、アップは少し考える。
すると「そうだっ」と何か思いついたように一指し指を立てた。
「じゃあこうしよう。僕はアダムを助けた、つまり君の恩人でもある。そうだよね?」
「う…うん」
「だから僕はお礼が欲しい。そう、直接会ってのね」
「えっ?」
「直接会って」それは博士が外の世界に出ることを意味していた。
「そのときはぜひ自分の足で歩いて来てほしいな」
突然の提案に博士は戸惑う。
「そんな、自分の足でなんて急に言われても…」
「こんな理由じゃ、ダメ?」
「……」
再び言葉を詰まらせる博士に、アップは演技がかった揶揄をしてみせる。
「そっかー出来ないかー。でもそうなると君はとんでもない恩知らずになっちゃうなー、それでもいいのかなー?」
「うぅ…アップは意地悪だよ」
「ははは、ごめんごめん。でも君はこうでもしないと動かないんだろう?」
「…そうだね、そうだよ……」
沈黙の中、博士はひとしきり考えた後ゆっくりと口を開いた。
「……作るのに時間が掛かるかもしれないよ?」
「うん、気長に待つよ」
「完成品が盗まれるかもっ」
「そしたらまた作ればいいじゃない」
「突然爆発しちゃうかも!」
「空でも飛んで来る気?」
博士がいくら杞憂を並べてもアップの考えは変わらない。
彼は微笑み、優しく言った。
「大丈夫、外の世界はそんなに怖くない。みんな君のことを知らないからどうしていいか分からないだけさ。だから教えてあげよう?」
「教える?」
「うん。君の名前、好きなこと得意なこと、嫌いなこと苦手なことなんだっていい。外の世界に見せつけるのさ。そうすればきっと、人の見る目は変わっていくよ」
「そう…かな」
窓を開け、夕陽が工房に差し込む。
アップは赤く染まった町と道ゆく人々を見つめる。
「僕らは今、偶然にも同じ世界で同じ境遇を生きてる。だから君の怖さも気持ちも痛いほどわかるつもりだよ。そんな僕の言葉、一度のだけ信じてみない?」
「……」
「……」
答えには時間がかかった。
しかし博士は「うん」と頷き、その目からは涙がこぼれ落ちる。
彼女は言った。
「ありがとう」
その姿を見てワタシは思う。
博士は今、アップという一人の人間を信じ、素直な気持ちで見つめている。
そして彼女が『別物』などではないことに、ようやく気づきはじめたのだと。
「アップの言葉。一度だけ信じてみるよ」
「うん」
夕日が沈み、今日が終わっていく。
二人の話し声は夜が更けるまで、途切れることなく続いた。
安心したとでも言うべきだろうか。
ワタシは穏やかな心地で再び目を閉じ、眠りについた。
翌日。帰り支度を済ませたワタシに、アップは予備の端末を渡してくれた。
「これ使って」
「良いのですか?」
「また会えるんだろ?」
「そうですね、必ず返しに来ます」
トラックに乗せてもらい、港へと向かう。
「本当にお世話になりました。次会うときは二人で」
博士も画面の向こうから別れの挨拶を告げる。
「うん、絶対に二人でくるよ」
アップは「楽しみにしてる」と笑顔で返し、別れ際博士に尋ねた。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったね。まさか博士が本名なんて言わないんだろう?」
「ああっ!そうだったね。すっかり忘れてた」
そう言って、博士は初めて自分の本当の名を口にする。
「私の名前は、『イブ』」
「イブか、いい名前だね。じゃあイブ、あらためてお礼楽しみにしてるよ」
「うん!まかせて」
汽笛と共に船が出発し、手を振るアップの姿が遠ざかっていく。
ワタシは彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「素敵な出会い、ありましたね」
「そうだね。これから忙しくなるよ」
「帰ります。博士の家に」
「うん、待ってる」
手すりの上で指を滑らせ。満足げに鼻歌なんて奏でてみる。
そんな姿を見て博士はクスリと笑う。
「アダム、あなたすごく人間らしくなった」
「そうでしょうか?」
「うん、きっとそう」
そして彼女はワタシに尋ねた。
「ねえアダム、あなたはあの日どうして旅に出ようと思ったの?」
「うーん、そうですね」
思ったことをそのまま伝える。
「ワタシはただ、博士と手を繋いでお出かけしたかったんですよ」