第8話「学院上層部の動きとスカウトの影」
第8話「学院上層部の動きとスカウトの影」
翌朝、俺――リオ=グランティスの机の上には、見慣れない封筒が三つ置かれていた。
一つは赤い封蝋が押されたもの。もう一つは銀糸の刺繍が施された貴族風。最後の一つは、黒く地味な紙質だが、逆に異様な存在感があった。
「……なんだ、これ」
手に取って見ると、差出人の名が記されていた。
一通目――《王国魔導研究所・人材開発局》
二通目――《レイガルド伯爵家・三男エルネスト殿代筆》
三通目――《王都直属騎士団・第三魔導斥候部隊》
スカウト状――だった。
目を疑った。いや、まさか……こんなに急に?
それぞれの文面を開くと、内容はどれも似通っていた。
「君の能力に注目している」「進路に関して一度話し合いたい」「個別面談の時間を設けたい」――そんな文言が並ぶ。
まるで、昨日までの俺が別人だったかのような扱いだ。
(ちょっと待てよ……昨日、あの一戦をやっただけで?)
魔獣一体をソロで討伐しただけ。
それで貴族家や国家機関が動くなど、にわかには信じがたかった。
けれど――裏を返せば、それだけ“剣による魔法制御”というやり方が、彼らにとって“未知の価値”だったということだ。
「……やっぱり、おかしいな」
これがただの個人評価だとしたら、ここまで早く、ここまでの規模では動かない。
そこに“裏の意図”があるのは明白だった。
***
昼休み、学院の応接室。
「ふぅん……やっぱり来たのね。魔導研究所」
セシリア=ルヴァンは、紅茶を片手に苦笑した。
彼女の家――ルヴァン家は王立図書院と縁が深く、政治的な噂や機密にもある程度アクセスできる家柄だ。
「研究所って、表向きは魔法理論の進歩が目的だけど、裏では“特異才能者”を囲い込むことで王権に影響力を持たせようとしてるの。貴族家への牽制にもなるし、逆に貴族たちはそれを警戒してる」
「つまり……今回のスカウトは、俺が“道具”として利用できると思われたってことか」
「まあ、そうね」
セシリアは言葉を濁さない。
「でも、リオ。あなたが貫いてきた“剣による魔術”って、実際前例がほとんどないのよ。あれが本当に応用可能なら、魔導戦術そのものを変えるかもしれない」
そう――つまり、これは“研究”ではなく“軍事と権力”の問題だ。
誰がその技術を手に入れるか。
誰の手に渡るかで、未来の力関係が変わる。
そして、俺自身が“争奪戦のコマ”にされようとしている。
***
数日後、学院長室。
「ようこそ、リオ=グランティス君」
待ち受けていたのは、学院長アラバスタ。
老齢でありながら鋭い眼光を持つ男で、王国魔術の基礎理論の教本を編纂した人物としても知られている。
「君に届いた三通のスカウト状――わたしの方にも全て、写しが回ってきている」
「……そうでしょうね」
俺は、あえて堂々と椅子に腰を下ろす。
「学院長。もし俺が、このまま王都騎士団や研究所に引き抜かれたら、学院としては“損失”だと思ってます?」
「ふむ。損失というより“機会”を失うな。君の魔術が何を変えるのか、学院としても見届けたいという思いがある」
アラバスタは、静かに手を組んで続けた。
「だが、それと同時に――我々は“王国の安定”にも関与している」
つまり、“下手な才能”が敵に回るのは困るということだ。
「私は君の実力を評価している。そして、ヴァルト=シュナイダーもまた、君に関心を寄せているようだ。……彼の推薦で、君に一つの提案をしよう」
「提案?」
「上級特別演習《魔導応用実験班》に参加してもらいたい」
――聞いたことがある。
通常は最上級学年の中でも一握りしか所属できない特別研究チーム。
魔法理論の応用、実戦演習、王室直轄の機密任務すらこなす、いわば“未来の魔導士精鋭”養成クラス。
「参加すれば、王都研究所への推薦資格が自動で得られる。貴族との交渉も、学院が表に立って支援する」
見返りが大きすぎる。
けれど、それは同時に――“見張り”や“囲い込み”でもあるということ。
「答えは急がん。だが、無視はできまい?」
「……ですね」
***
その夜、寮の屋上にて。
風が冷たい。
手紙を三通とも手に持ったまま、俺は空を見上げる。
急に手に入った“可能性”。
けれど、全部が“自由”という名の鎖に見える。
「どうすればいいんだろうな、師匠」
遠い昔、山奥の家で言われた言葉を思い出す。
――“剣で魔法を撃て”。お前の魔力には、杖じゃ合わない。
――けどな、それを通した先に“自由”があるかどうかは、お前自身が決めることだ。
自由。
俺が、本当に欲しいのは――“力”でも“名声”でもなく、“選ぶ権利”だった。
そして今、ようやくその入口に立った気がした。