第6話「合同演習試験、上級生の視線」
第6話「合同演習試験、上級生の視線」
初夏の風が、魔術学院の演習場を吹き抜けていた。
今日の学院は、いつもの穏やかな授業日とは違う。
王国魔術学院の一大イベント――《合同演習試験》の日だ。
全学年が参加する、模擬戦形式の公開試験。
教師陣だけでなく、外部の騎士団関係者、魔術研究所の視察員、そして将来の就職先を探る貴族家の目も光る、重要な舞台。
「ようし、整列しろー!」
教官の怒号が飛ぶ中、生徒たちはそれぞれ指定された組に分かれていく。
俺――リオ=グランティスは、C班所属。三人一組の合同チームだが、誰とも組んでいない。
というより、組ませてもらえなかった。
「おい、あいつ“爆発魔術師”だぞ。一緒に出るとか無理」
「最悪、巻き込まれて燃やされるって」
「ソロで出させたほうがマシ。てか、なんで退学になってないの?」
そんな声が聞こえる中、俺はただ黙って名簿に名前を記す。
(想定通り、ぼっち出場……ね)
演習のルールはシンプル。
演習場の地形は、森と廃屋が混在する“模擬戦フィールド”。
各班に討伐対象の魔獣(魔法で模した召喚獣)が割り当てられ、それを制限時間内に討伐すれば合格となる。
俺に与えられたのは――《ダスク・ファング》という中級召喚獣。
狼型の魔獣で、素早く、魔法に対する耐性もそこそこある厄介な相手だ。
ソロで挑むには、やや不利な設定。
(でも、やるしかない)
そう、俺は決めたんだ。
剣を杖にして魔法を使うことを、貫くと。
「リオ=グランティス、C班、ソロ――準備完了」
教官に報告し、演習場の門が開く。
視線を感じた。
ざわめきの中に、熱のこもった注目がある。
その中に、あの銀髪の少女――セシリアの姿を見つけた。
彼女は、無言で頷いた。
(……行ってくる)
***
演習場に入ってから十数分。
森の中、気配を探って歩くと――現れた。
灰色の毛並みに赤い瞳、巨大な牙を持つ魔獣。
「……よろしくな、今日の試験相手」
剣を抜き、構える。
魔力の流れを感じながら、柄から剣身へと力を通す。
「《エレメント・シェル》……!」
まずは防御。空気中の魔素を集め、体を薄い魔力の膜で包む。
魔獣がうなり声をあげ、こちらに突進してくる。
速い! 一瞬で距離を詰められる!
地を蹴り、横に跳ぶ。
土煙を上げて獣の牙が空を切る――その一瞬を逃さず、反撃。
「《フレイム・スパイラル》!」
剣先から炎が渦を巻き、獣の背に巻きついた。
だが、魔獣は悲鳴ひとつ上げずに踏みとどまる。
(くっ、やっぱり耐性が……!)
それでも俺は剣を振り、連続詠唱を試みる。
「《エア・ランス》《ライト・バースト》――っ!」
風と光の複合魔術。剣を媒介にした詠唱は早い。連携術式も、俺独自のルートで最適化してある。
魔獣がついにひるんだ。
(今だ……!)
力を集中し、剣を頭上に構える。
「《ブレイク・ノヴァ》……っ!」
瞬間、魔力が膨れ上がった。
演習場全体に緊張が走る。
――あの爆発魔術師が、またやらかすか?
ざわめく観客席の中に、一人、鋭い目を細めて見ていた者がいた。
「……面白い」
長身で、漆黒のローブをまとった上級生――ヴァルト=シュナイダー。
最上級学年でありながら、卒業せず研究生として学院に残り、王都魔導研究所とも関係の深い“異才”。
「この魔力……そして剣の媒介……。まさか、本当に制御しているのか?」
彼は、リオの構えと魔力の流れを読み取り、愉快そうに笑った。
「ふっ。あれが“落ちこぼれ”扱いだって? 馬鹿げてるな」
***
リオの剣が振り下ろされる。
魔力が地面を這い、中心に火柱が立つ。
《ブレイク・ノヴァ》――火と風と雷の三属性混合、通常は高位術士でなければ扱えない危険な術式。
だが、爆発はなかった。
いや――爆発しなかったのではない。
“抑え込まれた”のだ。暴走寸前の魔力を、剣の魔力伝導で束ねて放出する。
圧縮された魔力が正確に獣の頭上へと落ち、標的を直撃――。
――ドガァンッ!
音は凄まじかったが、爆風は最小限に抑えられていた。
煙が晴れる。
《ダスク・ファング》は地面に沈み、魔力光を放ちながら消滅した。
演習、終了。
「――撃破、確認。C班、合格」
審査魔導師の声が場内に響く。
場内はしん……と一瞬、静まり――。
「う、嘘だろ……?」
「あれ、普通に……いや、綺麗に制御してた……!」
「火力も速度も……あれ、普通に“強い”ぞ……?」
ざわめきが変わった。
恐怖と侮蔑ではなく、驚きと混乱、そして――尊敬すら混じっていた。
俺は黙って、剣を鞘に収めた。
観客席の中、セシリアがゆっくりと立ち上がり、小さく拍手を送っていた。
ひとつ、ひとつ。
信じる者が増えていく。たとえゆっくりでも。
(ボクは、“魔術師”だ――)




