第3話「『剣士』扱いでからかわれる日々」
第3話「『剣士』扱いでからかわれる日々」
テッサロ王国魔術学院に入学してから、早くも一週間が経った。
俺――リオ=グランティスは、すでに学院内でちょっとした有名人になっていた。
もちろん、良い意味ではない。
「おい、あれ見ろよ。魔術学科にいる“剣士”だぜ」
「授業中もずっと剣背負ってんのウケるよな」
「魔力の暴発? あれ、たまたまでしょ。実際は魔法使えないんだよ、あいつ」
そんな声が、背中越しに聞こえてくるのは日常茶飯事だった。
俺の教室内でのあだ名は“偽剣士”とか“爆発魔術師”とか、ひどいものばかり。
その発端は、やはり入学初日の《ファイア・ショット》だ。
本来なら小さな火球で済む初歩魔法を、俺は大爆発と共に放ってしまった。
そのせいで「魔術制御のできない暴力型」「魔法というより剣技」などと誤解されたのだ。
実際、俺の魔力は並外れていて、杖では収まりきらない。
だからこそ“剣”という媒介が必要だったのに――それを説明しても、誰も信じてくれない。
「ねぇリオ君、それ……いつになったらしまうの?」
そう声をかけてきたのは、同じクラスの少女――リリィ=エンシア。
栗色の髪に小柄な体格、普段はおとなしい印象だが、俺にはなぜか積極的に絡んでくる。
「この剣? しまう理由がないよ。これ、ボクの魔術具だから」
「ふーん……。でもみんな“剣士ごっこ”だって言ってるよ?」
「ごっこじゃないんだけどな……」
「じゃあ、剣で“ちょちょい”と魔法でも見せてよ」
周囲の生徒たちがクスクスと笑う。
完全に“からかいモード”だ。
だが、ここで変に取り繕うのも面倒くさい。
「……じゃあ見せるよ」
俺は、窓の外にある訓練場の模擬標的を見据え、剣を抜く。
カツン――と靴先を踏み込ませ、剣先を軽く振った。
「《エア・ブレード》」
シュン、と空気を裂く音と共に、剣先から目に見えない風刃が飛ぶ。
模擬標的の頭部が、あっさり吹き飛んだ。
「っ……!?」
リリィの目が見開かれ、教室が一瞬で静寂に包まれる。
俺は剣を収め、淡々と答えた。
「ボクは“剣士”じゃない。魔術師だよ」
だが、その沈黙を最初に破ったのは――最悪の相手だった。
「おーいお前らぁ、またあの剣士モドキが調子に乗ってんのか?」
低く野太い声とともに、背後から現れたのは、上級生のガイ=バルネス。
王国騎士団の推薦候補でもある剣術科の精鋭で、学院内で絶大な影響力を持つ男だ。
「ガイ先輩……! 今、リオ君が魔法で的を吹き飛ばして……」
「魔法? はっ、どこがだ。あんなのは風斬り剣の応用だ。見りゃわかる。どうせコソ練して剣技磨いてただけだろ」
「……ちがう」
俺は反論しようとしたが、ガイはそれをさえぎるように鼻で笑った。
「お前さ、“魔術師”を名乗りたいなら、杖で勝負しろよ。剣に頼って魔法とか、笑わせんな」
「ボクは剣で魔法を撃つしかないんだ。理由がある」
「理由? そんなもん、弱い奴の言い訳だ」
ガイは俺の胸ぐらを掴もうと前に出る。が、その腕を止めたのは、意外な人物だった。
「やめなさい。ここは教室よ」
その凛とした声に、周囲がどよめいた。
現れたのは――セシリア=ルヴァン。
魔術学科首席。名門ルヴァン家の嫡嬢で、魔術理論・制御・実技すべてにおいて完璧な天才少女。
初日に俺に「変わった人」と言った、あの銀髪の令嬢だ。
「学内で暴力沙汰を起こせば、あなたの将来に傷がつく。……それでも手を出すつもり?」
「チッ……令嬢に止められちゃしょうがねぇな」
そう言って、ガイは手を引っ込めた。
だが、最後に俺を睨みつけ、こう言い残した。
「覚えとけよ、魔術師気取りの“剣士”。お前が本当に魔法使いなら、次の実技試験で証明してみろや」
***
教室に静寂が戻る中、俺はセシリアに向かって、軽く頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう」
「別に助けたわけじゃないわ。学院内での争いは、魔術師として恥だから止めただけ」
彼女はきっぱりとそう言い、くるりと背を向けた。
ただ、その去り際、誰にも聞こえないような声でこう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「……でも、あの魔力……剣技じゃ説明がつかない」