最終回 リオ、すべてを解決する。
◆《災厄の深淵、そして光》◆
王命が下ってから三日。王都アドミラルの外縁に続く森林地帯は、すでに黒煙と悲鳴に包まれていた。
終焉の深窟――。そこはかつて古代の封印が施された地。召喚道具の暴走により開かれた裂け目から、絶え間なく魔物が溢れ出していた。森は焼かれ、大地は抉れ、空さえも不気味な黒で覆われている。
「う、うわあああああっ!」
「くっ、後退しろ! 隊列を崩すな――ぐああっ!」
シュナイダー侯爵の軍勢は、討伐の最前線でじわじわと削られていた。ヴァルトもまた、顔に血泥を浴びながら剣を振るうが、焦りと恐怖に飲まれていた。
(だめだ……無理だ……! こんな数、こんな相手……! 俺たちじゃ、止められない……!)
黒殻の獣王が、唸りをあげて迫る。数十の魔物がその後に連なる。砦など、一瞬で粉砕されるほどの圧だ。
そのときだった。
――天が、割れた。
否、空気そのものが“変わった”。
白銀の光が、深淵の闇を貫く。
「な、なんだ……?」
兵士たちが顔を上げる。その視線の先に、立っていたのは――
「……リオ……だと……?」
ヴァルトが絶句する。
それは、彼がかつて蔑んだ青年。無能と笑い、道具のように扱った――少年。
だが今、その姿はまるで違っていた。
背には蒼き風のマント。手に握るは、神域の光を宿した魔剣。そして、瞳には迷い一つない覚悟が宿る。
「……この地を、これ以上穢させはしない」
リオの声が、戦場に響いた。
「英雄だ……!」
「リオ様だ!」
冒険者たちが叫ぶ。噂は広がっていた。地方で魔竜を斃した青年、数々の絶体絶命を救った“奇跡の剣士”の名――それが、リオだった。
「全隊、援護する! 彼の進路を開け!」
ギルドの精鋭が一斉に動く。
黒殻の獣王が咆哮をあげ、リオに向かって突進する。巨躯を持ち、岩をも砕く力――だが。
「……《瞬閃・裂光牙》!」
リオの体が一閃、光と共に走る。
気づけば、獣王の首は、宙を舞っていた。
「一撃で……!? 嘘だろ……」
ヴァルトは、思わずその場に尻餅をついた。あまりの差、絶望的な実力の差に。
だがリオは振り向かない。彼の剣は、次の魔物へと進む。
炎を纏った四脚の魔獣も、毒を撒き散らす飛行種も、全て――
「《白蓮陣》――破邪の輝き、貫け」
彼の剣閃の前に、無力だった。
まるで神が降りたかのように。
魔物たちは次々と倒れ、黒の奔流は、ついに止まった。
◆
終焉の深窟に、静寂が戻る。
焼け焦げた森には、倒れた魔物の残骸と、立ち尽くす兵たちの姿だけがあった。
「……た、助かったのか……?」
「リオ様が……リオ様がやってくれたんだ……!」
歓声が上がる。安堵の嗚咽が漏れ、人々がその名を讃え始める。
そして――その中心に、剣を地に突き立て、静かに佇むリオがいた。
血まみれの外套。傷だらけの体。
それでも、彼の背には光が差していた。
「英雄だ……」
「……いや、“真の守護者”だ……!」
王都から駆け付けた使者が膝を折り、王命を告げる。
「リオ殿。王よりの言伝にございます。“そなたこそ、この国における最上の騎士にして、光の紋章を継ぐ者”――ピレウス陛下は、そなたを“王国第一の英雄”と認められました」
騒然とする周囲。
ヴァルトは、ただ呆然とリオを見つめるだけだった。
かつて見下し、足蹴にした存在が、今――全てを救っていた。
「なぜ……なぜお前が……」
リオは彼に視線を向けることすらしなかった。
その目はただ、遥か遠く、民の安寧と、これから守るべき未来だけを見ていた。
◆
その夜、王都では“白銀の英雄”の名が鳴り響いた。
市民は灯をともして広場に集まり、リオの帰還を祝福する。
「リオ万歳!」
「我らが守護者に栄光を――!」
ピレウス王もまた、玉座の間にて高らかに宣言する。
「この日より、リオ・アークライトを、我が王国の“白銀騎士”とし、あらゆる栄誉と地位を与えるものとする!」
歓声が城内を包み、人々は涙を流して彼を讃えた。
名もなき少年は、今や――
“王国の希望”となった。
ヴァルト=シュナイダーはその夜、自らの部屋で静かに泣いていた。
地位も名誉も金も持ちながら、何一つ守れなかった自分。
ただ一人の、英雄の前に、全てが砕け散った。
「……くそっ……!」
それが悔しさか、羨望か、あるいは救いへの希求だったのかは――誰にもわからない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――英雄の時代が、始まったのだ。




