第22話 ヴァルト=シュナイダー断罪される
第22話「王都震撼、断罪の刻」
王都・アドミラルに響く鐘の音は、いつもと違っていた。
重く、長く――災厄の訪れを告げる警鐘だった。
冒険者ギルド本部の建物は、朝から異様な空気に包まれていた。掲示板の前には冒険者たちが詰めかけ、誰もが顔を強張らせている。
「……終焉の深窟から、魔物があふれてきてるって……?」
「まさか、本物のスタンピードかよ……!」
「王都が、やばい……!」
誰もが声を潜める中、ギルド長が苦々しい表情で手配書を掲げた。
そこには、黒殻の獣王や魔物の群れ、そして最後に書かれていた一文――
「※発端は“召喚道具”の誤使用による可能性あり。現場にて発見。」
その瞬間、ざわめきが広がった。
「召喚道具? まさかあれ、王国で禁止されてたはずじゃ……」
「誰がそんなもん使ったんだよ!」
「情報では、シュナイダー侯爵家のご令息、ヴァルト=シュナイダーが現場にいたって……」
「えっ、まじで!? あいつが……?」
パニック寸前の空気に、ギルド長が一喝する。
「静まれッ! 確認中の情報も多い! だが一つだけ確かなのは、王都に災厄が迫っているということだ!」
誰もが言葉を呑む。
スタンピード――それはただの魔物の暴走ではない。都市が一つ、消えるほどの災厄。
***
一方、王宮――。
玉座の間は、重苦しい沈黙に支配されていた。
「……報告を繰り返せ」
低く、しかし激しい怒気を含んだ声が響く。
それはテッサロ王国国王、ピレウス三世のものだった。
「はっ。報告によりますと、終焉の深窟にて禁止された召喚道具が使用され、魔物が多数出現。その後、使用者と見られるパーティは撤退。道具は放置され、現在も継続して魔物が発生中――」
ピレウス王の手元で、杯が砕けた。
「――誰だ」
宰相が顔を強ばらせながら、口を開く。
「……シュナイダー侯爵家のご令息、ヴァルト=シュナイダーと見られます」
「貴族が、王命で禁止した道具を使ったと申すか!」
「ご子息の軽率な行動と見られますが……侯爵家が関与を否定しております」
その瞬間、ピレウス王の瞳が鋭く光った。
「ふざけるな! 国法を破り、都を危機に晒し、それでも“知らぬ存ぜぬ”と?」
玉座の間に重い怒気が走る。
「……よい。直ちにシュナイダー侯爵およびその子息、ヴァルトを呼び出せ。王の前にて――断罪する」
***
午後、玉座の間。
広間に集まる重臣たちの前に、シュナイダー侯爵とその息子、ヴァルトが跪かされていた。
「……このような場にて、謹んでお詫び申し上げます。我が子の軽率な行動、父として深く恥じ入るばかり――」
シュナイダー侯爵が深々と頭を垂れる。
だが王はその言葉に、眉一つ動かさずに告げた。
「侯爵、これは“若気の至り”などで済まされる話ではない」
「……はっ」
「貴族の子弟が、禁術を用い、王都を崩壊の淵に立たせたのだ。命令無き召喚は王命違反。その結果、スタンピードが起きれば数千の命が奪われる」
「……申し開きもございません」
ヴァルトは、その横で顔を青ざめさせていた。
(ま、まずい……これ以上いけば、家が……)
「だが、この事態に“名家の顔”を立てて見逃すなら、国の法は誰のためにある?」
ピレウス王が、ゆっくりと立ち上がった。
「――よって、命ずる」
王は右手を前に突き出す。
「シュナイダー侯爵家は、この度の事態の責任を負い、“王国防衛第一陣”として、ダンジョン討伐の最前線に立て。ヴァルト=シュナイダーも同様、討伐隊長としてその任を全うせよ」
広間がざわめく。
「討伐……最前線……」
「侯爵家が自ら前に……!」
シュナイダー侯爵が驚愕の面持ちで顔を上げる。
「そ、それは……!」
「当然の報いだ。貴様らの不始末は、貴様らの力で収めよ。逃げ道などない」
王の言葉は、重く、絶対だった。
「命が惜しければ、死に物狂いで償うがいい。名誉も、誇りも、地位も――全ては、命を懸けて取り戻すのだ」
***
その夜、ヴァルトは部屋の片隅で震えていた。
王命のもと、自らが引き起こした災厄を、己の手で収めなければならない。
そこに待つのは、栄光でも名声でもない――“死と向き合う現実”だった。
「……リオ。お前のせいだ。全部、お前が……!」
けれど、その言葉は空虚に響くだけだった。
怒りも、嫉妬も、もう何もかも、無力だった。
運命の歯車は、すでに動き出している。




