第20話「劣等生のくせに――」
第20話「劣等生のくせに――」
ヴァルト=シュナイダーは、机を叩きつけるようにして立ち上がった。
「ふざけるな……ッ!」
彼の部屋には、豪奢な絨毯と書物棚、剣のコレクションが並んでいるが、その全てが今にも破壊されそうなほど、ヴァルトの怒気に満ちていた。
その手には、最新号の《王都速報・特報版》――
その一面には、大きくこう書かれていた。
『雷閃の剣聖、自由都市に現る! レッドドラゴン、討伐成功!』
その記事の下に載っていたのは、かつて学院で“魔法もろくに使えない平民の劣等生”と蔑まれていた青年――
リオ=グランティスの名前だった。
「リオ……あの出来損ないが、レッドドラゴンだと……?」
ヴァルトのこめかみがぴくりと引きつる。
「信じられるか……!? あの、剣しか振れなかった無能が、英雄面か……!」
拳を握る。
学院時代、ヴァルトは貴族である自分が誰よりも優秀で、誰よりも上だと信じて疑わなかった。
実際、魔法の成績も、剣術の訓練でも、落ちこぼれのリオとは比べ物にならない――はずだった。
なのに、あの男は……
なぜ、こんなに脚光を浴びている?
なぜ、王国の人間ではなく“自由都市の英雄”になっている?
「……オレ様が、負けているみたいじゃないか」
唇を噛む。
ヴァルトは生まれてから一度も“敗北”を味わったことがない。
その彼の心に、初めて染み込んできた“焦り”と“屈辱”。
それが、嫉妬の炎となって燃え上がる。
「いいだろう。だったら証明してやる……」
ヴァルトは、自室の壁に飾られていた愛剣――“銀嶺の刃”を抜き取った。
「レッドドラゴンを倒しただと? だったら、オレ様はそれ以上の魔獣を屠ってやる。……王都近くの“終焉の深窟”。今、最も危険なダンジョンだ」
そこには、“影喰いのワイバーン”と呼ばれる危険種が棲息しているという。
討伐に成功すれば、王国の貴族たちからも“英雄”と称えられるだろう。
リオなんかよりも、ずっと上に立てる。
「リオ=グランティス……今に見ていろ。お前なんか、足元にも及ばないってことを、世界中に知らしめてやる」
***
数日後、王都西の関所。
「ヴァルト様、お一人で“終焉の深窟”へ? 本気で?」
従者の青年が青ざめながら尋ねるが、ヴァルトは鼻で笑った。
「一人で十分だ。余計な足手まといはいらん」
「しかし、あそこは王国でも討伐隊が二度も全滅している、危険地帯です。侯爵家の御子息が無茶をなされては……」
「黙れ」
ヴァルトは冷たく睨みつけた。
「オレ様は、リオ=グランティスなんかとは違う。本物の力ってやつを、見せてやるだけだ」
従者はそれ以上、何も言えなかった。
ヴァルトは馬にまたがり、まっすぐに西の森へと駆けていく。
その背中には、どこか焦燥感が滲んでいた。
――あの劣等生が、英雄と称えられ。
――貴族である自分が、ただの“過去の優等生”として忘れ去られる。
そんな未来は、許せなかった。
「オレ様が最強であることを、この国に、そしてあの男に思い知らせてやる!」
遠く、風が吹いた。
それはまるで、ヴァルトが向かう先に待つ“試練”と“運命”を告げるような、冷たい予兆だった。




