第2話「剣を杖代わりに、学院入学」
第2話「剣を杖代わりに、学院入学」
魔術師を志す者にとって、テッサロ王国魔術学院は憧れの舞台だった。
選び抜かれた才能たちが集い、王国直轄の研究施設や訓練場を使って魔術を学べる――いわば、貴族の子息や実力者の登竜門。
そして今年、その門をくぐった“新入生”のひとりが、俺――リオ=グランティスだった。
「おい、見ろよアイツ。剣持ってんぞ」
「間違えて剣士学科に来たんじゃないか?」
「ってか、剣で魔法使えると思ってるとか? 痛すぎるんだけど……」
初日から視線が痛い。
そりゃそうだ。制服の上からでも目立つ長剣を背負ってる奴が、魔術学科の入学式にいたら。
俺としては“杖の代わり”なんだけど、周囲からすればただのイロモノである。
「……予想通りすぎるな」
ため息をついていると、隣から声がした。
「君、剣士と間違えてない? ここ、魔術学科だけど」
振り返ると、そこには整った顔立ちの少女が立っていた。
銀糸のような髪と、琥珀色の瞳。上品な身のこなしと落ち着いた物腰から察するに、貴族出身だろう。
「間違えてないよ。ボクは魔術師だ」
「……その剣で?」
「うん」
俺が即答すると、少女は眉をひそめた。
「そう……変わった人ね」
それだけ言って、彼女は去っていった。
(……変わってるのは自覚してる)
だが、この剣を杖代わりにするスタイルは、俺にとって“唯一魔法が扱える方法”なのだ。たとえ笑われても、バカにされても、捨てるわけにはいかない。
そして、俺の新生活は、はじめから“勘違い”と“偏見”の嵐だった。
***
魔術学科の講義が始まった初日、事件は早速起きた。
教室に入るなり、教授が俺を見て言った。
「君……リオ=グランティス君。なぜ剣を持っているのかね? これは魔術学科だぞ?」
「はい。これはボクの“杖”です」
「………………ほう?」
教室が静まり返る。
次の瞬間、ざわつきが広がった。
「マジで言ってんの?」
「剣で魔法とか、何その厨二病」
「あーあ、教授怒ったぞ」
教授はため息をつき、口を開いた。
「リオ君。ここは真面目に魔術を学ぶ場所だ。遊び半分の奇抜な道具を持ち込むのは慎みたまえ」
「遊びじゃありません。これで魔法を撃てるんです」
「……では、証明してもらおう」
そうして、急きょ“魔力発動の実演”が行われることになった。
本来は三年次に学ぶ魔術操作の一部を、入学初日に試すなど異常だが、教授の顔は完全に「懲らしめてやろう」というそれだった。
「教室の外にある演習場で、簡単な火球魔法を放ってみなさい」
「はい。では、いきます」
俺は、剣をゆっくり構える。
剣先を前方に向けると、魔力の流れが収束していく感覚がある。
この瞬間が、一番集中力を要する。
「《ファイア・ショット》――!」
剣先から、小さな火球が――と思った次の瞬間。
――ズドン!!
音と共に、地面が派手に爆裂した。
本来の火球の数倍の出力。
模擬ターゲットが一瞬で焼失し、地面が焦げて煙をあげる。
俺は慌てて魔力を引っ込めた。
「……あれ、また強すぎた……?」
訓練場が静寂に包まれた。
教授は呆然とし、クラスメイトたちはぽかんと口を開けている。
やがて、誰かがぼそっと呟いた。
「剣士じゃなかったの……?」
それを皮切りに、ささやきが広がっていく。
「いや、あれ、剣技じゃない?」
「でも魔法だったよな?」
「魔術師だって言ってたけど……」
――勘違い、始まる。
***
その日の夜、俺は学院の寮のベッドで天井を見上げながら、ため息をついていた。
「まいったな……完全に“剣士”だと思われてる」
魔法を放った直後、クラスメイトたちは誰も話しかけてこなかった。
視線には驚きと、ある種の警戒心すらあった。
“剣を持って魔法を使う”というだけで、異端扱い。
でも、やっぱりこの方法でしか、俺は魔法を扱えない。
「……仕方ない。これが“ボク”なんだから」
俺は剣を抱えて、目を閉じた。
これから先、もっと面倒なことになるだろう。
けれど――この力を貫くしか、俺には道がなかった。