第19話「師弟の再会と、届いた影」
第19話「師弟の再会と、届いた影」
自由都市アルディナ――朝の光が市場の屋根を照らし、どこか気まぐれな風が街角を駆け抜けていく。
リオ=グランティスは、冒険者ギルドの受付の近くにあるベンチに座り、パンと干し肉の簡単な朝食を口に運んでいた。
冒険者としてここに来て、まだ数週間。けれど、既に彼は街で少し名を知られる存在になっていた。
“雷閃の剣聖”――その二つ名は、赤の災厄レッドドラゴンを討伐した若き剣士として、多くの者の尊敬と羨望の的となっていた。
「……自由ってのは、案外にぎやかだな」
誰に話しかけるでもなく、リオは空を見上げて呟く。
あの王都の息苦しい空気とは違い、ここには縛るものがなかった。
自分の居場所が、ようやく見つかった気がしていた――その時。
ギルドの入り口から、静かな足音が聞こえてきた。
「……リオ。やっぱりここにいたか」
聞き覚えのある、優しくも芯のある声。
リオは思わず振り返り、そして目を見開いた。
「――師匠……!」
そこに立っていたのは、深緑のローブに身を包んだアリステア=フェンブラム。かつて自分に“剣で魔法を撃て”と教えてくれた、唯一の理解者。
リオは立ち上がり、わずかに息を呑んだ。
「どうして、ここに……?」
「少し、話がある。できれば、二人きりで」
***
街外れの小高い丘にある静かな林。
二人は並んで腰を下ろしていた。周囲に人の気配はない。
リオは、師匠の横顔を盗み見ながら、どこか張り詰めた空気を感じていた。
「……何かあったんですね?」
アリステアは、静かに頷いた。
「王都から……“呼び出し”を受けた。王の命令だ。……お前を、王国へ戻せ、と」
「――やっぱり、来たか」
リオは目を伏せ、静かに呟いた。
あれだけの魔獣を倒したのだ。いずれ、どこかの国が動く。自分に力があると知られてしまった以上、自由ではいられないかもしれない。
「でも、俺は戻りませんよ。あそこに、俺の居場所なんてなかった。俺を冤罪で追放した連中が、今さら都合よく“戻ってこい”なんて言ってくるなら……」
「分かってる」
師匠の言葉が、遮るように届いた。
アリステアは、穏やかで、それでいて強いまなざしでリオを見た。
「リオ。俺は、お前を連れ戻しに来たんじゃない」
「え……?」
「王命は受けた。けど、それを果たす気はない。俺は“師匠”としてここに来た。……お前に、真実を伝えるために」
リオは思わず息をのんだ。
アリステアは、ゆっくりと話し始めた。
王がどれだけリオの力を欲しているか。
宰相が過去を無かったことにしてでも、彼を“剣魔導士”として王国に抱えようとしていること。
アリステア自身が、使者としての立場を利用して、王の意図を確かめ、こうしてリオの元にたどり着いたこと――
「彼らは“利用”しようとしている。お前の力を、国のために、政治のために」
アリステアは拳を握りしめた。
「……お前を再び“道具”にさせるわけにはいかない。俺は、二度と過ちを繰り返したくない」
「師匠……」
リオの胸に、熱いものが込み上げてきた。
かつて、王国から捨てられた男。
その彼が、今、自分のために王命を破る覚悟でここに来てくれた。
「だから言う。リオ、お前が進むべき道は――お前自身が決めろ」
その言葉は、まっすぐに心に届いた。
リオは空を見上げる。
自由都市の空は高く、青かった。
「俺は……もう“力”のために生きたくないんです」
「……ああ」
「誰かの命令で剣を振るうんじゃなくて、守りたいもののために、魔法を使いたい。あの日、あの街を守ったみたいに」
「……なら、それが答えだ」
アリステアは、にこりと笑った。
「この地で、お前は自分の道を歩み始めた。なら、俺はそれを守る。王国がまた手を伸ばしてきても、お前の自由は……俺が守る」
「……ありがとう、師匠」
リオは、小さく頭を下げた。
たった一人の理解者が、こうしてまた背中を押してくれた。
ならば、もう迷わない。
自分の剣で、自分の魔法で――これからも、自分の道を進んでいく。
***
その日の午後。
リオはギルドに戻り、受付でひとつ依頼を受けた。
小さな村の警備依頼。ドラゴンも、貴族も、王国も関係ない。
ただの、小さな仕事。
でも、その中にこそ、自分の信じた“力の使い道”がある。
「じゃあ、行ってきます。師匠」
「ああ。気をつけろよ、リオ」
風がまた吹き抜けた。
かつて“異端”と呼ばれた魔導士と、“剣聖”と称され始めた青年。
その背には、確かな誇りと、自由な未来があった。




