第18話「使者となるは、かつての異端」
第18話「使者となるは、かつての異端」
重厚な扉が、ぎい、と音を立てて開いた。
王城の謁見の間。その中心に、アリステア=フェンブラムの姿があった。
深緑のローブに身を包んだその老魔導士は、かつて「剣で魔法を放つ異端者」と呼ばれ、王国から排斥された人物。だが今、玉座の前に立つ彼を迎えたのは、敬意をにじませた沈黙だった。
玉座には、王ピレウス三世。
その隣には、老宰相ダリウス。
緊張した空気の中、王が口を開いた。
「久しいな、アリステア。……元気そうで何よりだ」
アリステアは、ひとつ軽く頭を下げる。
「王におかれましても、変わらぬご威光のようで何よりです」
「うむ。……して、用件はすでに承知しているな?」
王は、静かに椅子から身を乗り出した。
「雷閃の剣聖――リオ=グランティス。貴殿の一番弟子であるという話は、もはや国中に知れ渡っている」
「……はい。まさか、あの子がレッドドラゴンを倒すとは、私も驚いております」
「うむ、うむ。だからこそだ」
王は真剣なまなざしで続けた。
「リオを、我が国に戻してほしい。王国直属の“剣魔導士”として迎え入れ、最大限の敬意と待遇を与えよう。我が国の未来のため、彼の力が必要なのだ」
それを聞いたアリステアは、しばし目を閉じ、静かに息を吐いた。
――やはり、そう来たか。
リオの力を、権力が見逃すはずがない。
彼はそっと目を開け、やや穏やかな口調で言った。
「……リオは、かつてこの国で不当に扱われた少年です。力があるというだけで、平民であることを理由にいわれなき差別を受け、最後には冤罪で学院を追われた」
王と宰相の顔が、わずかに曇る。
「そのような国に、彼が自ら戻ろうと思うでしょうか?」
沈黙が落ちる。
だが、それを破ったのは――アリステア自身だった。
「……だからこそ、私が行きましょう」
王の目が、わずかに見開かれる。
「我が弟子が、私の顔を見て少しでも安心するなら。私が使者となって説得すれば、彼の心も揺れるかもしれません」
王は、満足げに頷いた。
「うむ。それでこそ、彼の師よ。よろしく頼む」
「はっ。仰せのままに」
アリステアは、再び丁寧に頭を下げた。
――その瞬間、背を向けた表情には、どこか諦めにも似た憂いが浮かんでいた。
***
その日の午後。
アリステアは、小さな荷を背負い、王都の南門へと向かっていた。
長く伸びた影を踏みしめながら、一歩一歩、かつて自分が去った道を辿るように。
だが、心の中は騒がしかった。
(王国は変わっていない。表面上の言葉を変えても、根本は何も……)
アリステアは思い出す。
自分が“剣魔法”を初めて披露したとき、学院の教官たちは鼻で笑った。
「剣で魔法? そんな愚策に魔力を費やすとは」
「魔導士の名を貶めるつもりか」
それでも、彼は信じた。自分の信じる術式に、可能性があると。
そして、ひとりの少年――リオが、その信念を受け継いだ。
リオは何度も倒れながら、諦めずに剣を振るい、魔法を撃ち、ついには“雷閃の剣聖”とまで呼ばれるようになった。
(――あの子の未来は、王国のものじゃない)
彼は唇を噛んだ。
心の中にある怒りと悔しさ、それを飲み込む。
(わたしが戻るべきなのは、王都ではない。リオのそばだ)
アリステア=フェンブラムは、王命を受けた“使者”として出発した。
だが、彼にその気はなかった。
彼は、リオを連れ戻すつもりはない。
むしろ――守るつもりだった。
王国の手が、リオに伸びようとしているなら。
彼の自由を、再び奪おうとしているのなら。
師として、盾となる覚悟があった。
「さて……弟子の未来を壊すような国に、用はないさ」
そう呟き、アリステアは静かに旅路を進んだ。
風が吹き抜ける。
それはまるで、老魔導士の決意を讃えるように――やさしく背中を押していた。




