第17話 テッサロ王国の王ピレウス三世、リオを欲する
第17話「王宮の報せと雷閃の名」
その日、テッサロ王国の空は曇っていた。
けれど、その陰った空よりも深い影が、王宮の玉座に立ちこめていた。
緊迫した様子の使者が、玉座の間の中央に膝をつく。
「――報告いたします。自由都市アルディナにて、Aランク級魔獣が出現。市街の一部が炎上するも、被害は想定より軽微に留まりました」
「……なんだと?」
玉座の上から声を発したのは、テッサロ王国の王――ピレウス三世。
長身で白髪混じりの髭をたくわえたその姿は、威厳に満ちていた。
だがその顔には、どこかしら“人としての驚き”が浮かんでいた。
「レッドドラゴンが……現れた、だと?」
魔獣の名を聞いた瞬間、宮廷内の空気が凍りついた。
災厄。破壊。絶望。
レッドドラゴンは、幾度となく人の街を焼き払い、数多の騎士団を葬ってきた脅威だ。
「……では、自由都市の被害は……甚大なのだな?」
王の声に、使者は小さく首を横に振る。
「いえ……魔獣は、現地の冒険者により討伐されました」
「…………なんだと?」
ピレウス王は思わず立ち上がった。
「待て、それは聞き間違いではないのか? 討伐……だと? まさか、あの《赤の災厄》を……?」
玉座の脇に控えていた老宰相、ダリウス=ベルムントはゆっくりと頷いた。
「間違いございません、陛下。討伐に成功したのは、若き冒険者一名。その者、雷の剣を操り、己が剣にて魔法を放つ異能の戦士」
「剣で……魔法……?」
王はさらに驚いた表情を浮かべる。
騎士と魔導士の技を両立する者など、聞いたこともない。
「自由都市に、そのような“勇者”がいるとは……まこと、羨ましい限りだのう」
王はふっと笑った。けれど、その目は真剣だった。
「我が国にも、そのような逸材が現れればよいのだが……いやはや、そうも都合よくはいかぬか――」
そのときだった。
静かに、だがはっきりと、宰相が口を開いた。
「陛下。実は――その者は、元々我が国の出身でございます」
「……なに?」
ピレウス王の目が、わずかに見開かれた。
「その者の名は、リオ=グランティス。元は王都魔導学院の学生で、現在は自由都市で活動中。そして――」
宰相は言葉を区切り、慎重に続けた。
「“アリステア=フェンブラム”の一番弟子にございます」
「アリステア……あの、“魔法の異端”と呼ばれた男の……!」
ピレウス王は、記憶を掘り返すように言葉を吐いた。
――アリステア=フェンブラム。
魔法において我が国随一の天才である。がゆえに、多くの敵を作ってしまい、あらゆる役職から外されている、不遇の魔術師である。
現在も、才能を恐れた一部の貴族によって追放同然に扱われていた。
だが、その男の弟子が。
あろうことか、レッドドラゴンを倒したというのか。
「これは……天の采配かもしれぬな」
王は、小さく笑った。
嬉しさというより、もはや感嘆に近い声だった。
そして、言葉を重ねる。
「よいぞ。よい。リオ=グランティス、その者が我が国の出であるならば――」
彼は、玉座の奥に向かって振り返り、高らかに命じた。
「直ちに、アリステア=フェンブラムを召喚せよ!」
「はっ!」
侍従が一斉に走り出す。
ピレウス王は、背筋を伸ばしながら続けた。
「彼が今、自由都市にいるのなら――我が国として、騎士団特別顧問、もしくは王国直属の“剣聖”として招聘するべきであろう。国に仇なした者ではない。むしろ今こそ、見直さねばなるまい」
「陛下の御心、まことにお優しきものでございますな」
宰相が微笑みながら言う。
だがその目の奥には、別の光があった。
(この機を逃せば、再び“リオ”という逸材を他国に奪われることになる。王の意を借りて、必ず引き戻す……それがこの老臣の責務)
そう、自由都市にいたままでは都合が悪いのだ。我が国で便利に使わなければならない。平民など使い捨ての道具でしかない。我々、貴族が便利に使って初めて価値が見いだされるのだ。
王もそれを、分かっていた。
――戦火の時代が、再び訪れるかもしれない未来。
だからこそ、“希望という名の便利な道具”は今、王国の元に必要なのだ。
***
そしてその夜――
「……リオ。やはりお前は、やり遂げたか」
郊外の隠れ里で暮らしていたアリステア=フェンブラムは、静かに呟いた。
小鳥が鳴き、風が庭を吹き抜ける。
その背後に、馬を走らせてきた王国の使者が現れた。
「アリステア=フェンブラム殿! 王命により、直ちに王都へお越しいただきたい!」
「……そうか。ついに、来たか」
彼は立ち上がった。
弟子の未来を守るために。
かつて、自らが追われた王国に――再び、戻る覚悟を胸に秘めて。




