第16話 リオ、レッドドラゴンとの死闘
第16話「雷閃の剣聖、赤き空を斬る」
それは、突然のことだった。
青空のはずの空が、一瞬にして赤く染まった。
「……火の、におい?」
市場にいた子どもが、ぽつりとそう呟いたその数秒後。
都市の上空を巨大な影が横切り――地響きと共に、炎が降ってきた。
爆音。悲鳴。崩れる建物。
誰もが見上げたその先にいたのは、巨大な赤き翼を広げた――レッドドラゴンだった。
「レ、レッドドラゴン……!? なんで、こんなところに……!」
ギルドの前に集まった冒険者たちの中から、誰かが叫ぶ。
それは、人類の脅威、災厄の象徴。Aランク級の魔獣の中でも、最悪の火力を誇る伝説の存在。
「避難だ! 一般市民を避難させろ!」
「上級パーティは、正面で時間を稼げ! ギルド本部、援軍要請を急げ!」
指示が飛び交うが――事態はあまりにも急だった。
火球が一つ、建物に直撃する。
爆風に巻き込まれて吹き飛ぶ冒険者。
剣も、魔法も、その鱗を貫けずに弾かれていく。
「ぐっ……こんなバケモノ、聞いてないぞ……!」
上級冒険者たちでさえ、次々と倒れていった。
ギルドの防衛線は、みるみるうちに崩壊していく。
――そんなとき。
「退いて! そこはもう危険すぎる!」
叫びながら、仲間たちを背負って避難させていたノアの前に、誰かが音もなく現れた。
「リオ……さん……!?」
ポニーテールのノアが顔を上げた。
そこにいたのは、一振りの剣を背負った黒髪の少年――リオ=グランティス。
服は軽装、表情は静か。そして何より、その瞳には――決意があった。
「ここから先は、俺が行く」
「だ、ダメよ! あんなの、今のあなたじゃ――!」
「……でも、誰かが止めなきゃ」
リオはゆっくりと剣を抜いた。
風が、ざわりと鳴った。
それだけで、ノアは一歩、言葉を失って後退る。
彼の全身から、尋常じゃない魔力の気配が立ち上っていた。
――“剣魔法”の構え。
「雷よ――俺に力を貸してくれ」
そして、彼は空へと跳びあがった。
***
レッドドラゴンの目に、リオの存在は小さく見えただろう。
だがその瞬間――
空に雷鳴が轟いた。
「《穿て、雷閃・断空》!!」
彼の剣から放たれたのは、無数の雷の刃だった。
それは龍の鱗を貫き、体表を焼き、咆哮をも引き裂いた。
街の住民が、一斉にその光景に目を奪われた。
「あれは……!」
「雷閃の……剣聖だ!」
誰かが叫び、それはまるで祈りのように街中へ広がっていった。
――“雷閃の剣聖が来たぞ!”と。
***
リオは、舞い降りるように地面へ着地し、再び跳ねた。
ドラゴンの喉元、腹部、翼の付け根。
そのすべてを、“剣”によって放たれる魔法が狙い撃つ。
剣で撃つからこそ、精密で、一撃の威力が大きい。
何度も空を焼き、雷が龍を裂いた。
けれど――
レッドドラゴンもまた、ただの化け物ではなかった。
咆哮とともに、巨大な火球を吐き出す。
「くっ……!」
リオは回避が間に合わず、左腕を炎に焼かれた。
地面に叩きつけられ、煙が立ちこめる。
「リオッ!!」
ノアたちの叫びが響く。
だが――
煙の中から、再び彼は立ち上がった。
焦げた服。血のにじむ口元。
それでも、目は死んでいなかった。
「俺は……もう、誰にも居場所を奪われたくないんだ」
ゆっくりと、剣を両手で構える。
空気が震える。
周囲の魔力が、渦を巻いて彼の剣に集まっていく。
「これで……終わりにする!!」
剣を振り上げ、全魔力を込める。
「《終ノ雷閃――崩雷刃》!!!」
空から、龍を追いかけるように――巨大な雷が、直撃した。
赤い鱗が砕け、翼が焼き尽くされ、咆哮が苦悶に変わる。
最後の一閃で、雷は龍の心臓を穿ち――その巨体は、地に墜ちた。
――勝った。
静寂が、街を包んだ。
***
気づけば、ギルドの屋根の上に、仲間たちが立っていた。
ノア、メル、アミナ、そして他の冒険者たちが。
誰かが、震える声で言った。
「……見たか……?」
「うん……あれが、ほんとの……」
「……雷閃の、剣聖様だ」
やがて、歓声が沸き起こった。
自由都市の人々が、心の底からの拍手を送る。
称賛でも、憧れでもない。
そこにあったのは――感謝だった。
***
「……勝ったね、リオ」
ノアがそう言って、泣き笑いの顔で近づいてきた。
「うん……でも、もう立てないや」
リオはその場にへたり込み、空を見上げた。
赤く焼けた空は、次第に青さを取り戻していく。
ああ――ようやく、街を守れた。
この剣と、この魔法で。
今の自分を、“英雄”なんて呼ばなくてもいい。
でも、誰かを救えたなら。
――それだけで、十分だった。




