第15話 雷閃の剣聖、都市に響く
第15話「雷閃の剣聖、都市に響く」
自由都市アルディナの朝は、いつも賑やかだ。
市場では異国の香辛料が取引され、鍛冶屋のハンマー音が空に響く。冒険者たちがギルドに集まり、依頼掲示板の前で口々に作戦を練っていた。
――そんなある日のこと。
「ねぇ、聞いた? この間、ブロウホーンを一撃で倒したっていう“剣士”の話」
「知ってる! 剣で魔法を撃ったんだって。しかも雷の術式だったらしいじゃん!」
「雷閃の剣聖、だっけ? なんかカッコよすぎ!」
そんな噂が、街中で静かに、けれど確実に広がっていた。
最初は、ギルドの受付嬢のナリアさんがぽろっと話したのがきっかけだったという。でもそこに“目撃者”という形でノアやメル、アミナの証言が加わり、たちまち事実として語られるようになっていった。
――“剣を杖のように構え、雷の魔法を放った少年剣士”。
異端でありながら、精密な魔力制御と圧倒的な威力を併せ持つそのスタイルは、「雷閃の剣聖」として街の冒険者たちに強烈な印象を残した。
***
「おーい! 雷閃の剣聖さん、サインお願いできるか!?」
「オレの妹がファンなんだよ、剣聖様~!」
「ねぇねぇ、弟子って取らないの!?」
――問題は、その“本人”である俺が、ギルドに来るたびに人だかりに囲まれるようになったことだった。
「あ、あの……リオって呼んでください。本当に、“剣聖”とかは……」
と、いつものように苦笑しながら断っていたそのとき。
「ほら、だから言ったでしょ?」
横でメルが満足そうに胸を張った。
「リオさんの“剣魔法”はただの特技じゃないって。もう完全にアルディナ名物だよ!」
「名物って……」
「まあ、名誉なことだとは思うけど……ご本人は恥ずかしがり屋ですからね」
アミナがやんわりフォローを入れてくれる。
ノアはといえば、俺の背中をとんとんと叩いてきた。
「覚悟を決めて、“雷閃の剣聖”として名乗ったら? それだけの実力、あなたにはあるわよ」
「……うーん。俺、そんなに偉い人間じゃないし……」
でも――仲間たちの目は、真っ直ぐだった。
“称号”なんて、ただの言葉。でも、あの日の一撃が彼女たちにとって大切な瞬間だったなら、それを否定することはできなかった。
***
その日、ある上級パーティのリーダーが俺に声をかけてきた。
「おい、そこの“剣聖”くん。あんた、俺たちのパーティに来る気はないか?」
名前はガレン。Bランクパーティ《ブラッドクロウ》のリーダーで、武功も実績もある男だった。
「悪いが、今は《トリリオン》の仲間と一緒に動いてるんで」
「そっちの小娘パーティじゃ、宝の持ち腐れだろ? あんたの技術、もっと実戦で活かせる場所があるんだぜ?」
「……力を使う場所は、俺が選びます」
静かに言い返すと、ガレンは肩をすくめて離れていった。
だけど、その場に居合わせたノアたちは、しばらく無言だった。
「……ごめん、リオ。私たちのせいで、引き抜き話を邪魔しちゃってない?」
「違うよ。俺がここにいるのは、ちゃんと自分で決めたことだよ」
そう――この居場所は、俺自身が選んだものだった。
剣と魔法で認められ、仲間がいて、誰かの役に立てる。
ただ力を持つだけじゃなく、それを“どう使うか”で道が分かれるのだと、ようやく分かってきた。
***
その夜、ギルドの酒場で、冒険者たちが語り合っていた。
「……あのガレンが手を引いたんだってさ。剣聖くん、仲間を裏切らないって話だ」
「かっけぇなあ……雷閃の剣聖、マジで本物だよ」
「ほんとにさ、ああいう奴が“英雄”ってやつになるんじゃないの?」
それらの言葉が、また新たな噂となって街に広がっていく。
そして俺は――その渦中に、静かに立ち続ける。
(“雷閃の剣聖”か……。)
口にすると、まだちょっとくすぐったい。
でも、誰かに名乗らされたわけじゃない。あの雷の一閃は、自分の意思で放ったものだった。
なら――この名が、一つの“道しるべ”になるのなら。
それも、悪くないかもしれない。




