第12話「自由都市の朝と、新しい名乗り」
第12話「自由都市の朝と、新しい名乗り」
旅を始めてから、もう何日が経っただろう。
峠を越え、川を渡り、見知らぬ町をいくつも通り過ぎて――ようやく、たどり着いた。
自由都市。
大陸の南部に位置する交易と冒険の中心地。王も貴族も存在せず、身分に関係なく力と信用だけがものを言う都市国家だった。
石畳の大通りには多国籍の商人が声を張り上げ、行き交う人々は武器を持って歩いている者も多い。王都では考えられない光景だ。
(……ここなら、俺は“平民”じゃない。ただの“リオ”だ)
背中の剣と、自分の力。それだけを頼りに、生きていける場所。
そんな希望を胸に、俺はまず一つの建物へと足を運んだ。
――《冒険者ギルド・アルディナ本部》。
ここが、新しいスタート地点になる。
***
「登録希望? だったら、まずは書類書いて」
受付嬢は慣れた様子で書類を差し出してくれた。俺より少し年上くらいの茶髪の女性で、口調はきついが仕事は早い。
「名前は? 出身地は? 武器と得意分野も書いて」
「……リオ=グランティス。武器は剣。魔法も、少し使えます」
受付嬢の手が一瞬止まった。
「魔法も? え、両方?」
「……はい。剣で、魔法を撃ちます」
「ふーん……面白い。最近じゃ珍しくなくなってきたけど、本当に使えるなら、一目置かれるわよ?」
書類を提出し、身分証代わりに推薦状――アリステア師匠の署名入りのものを見せると、受付嬢の目が見開かれた。
「アリステア=フェンブラムの弟子!? あんた、冗談じゃないのよね?」
「本当です。師匠から“世界を見てこい”って、ここに来ました」
「……マジか。だったら、初回の試験は免除。今日からEランク冒険者として活動できるわ。……名前は、覚えておくね」
「ありがとうございます」
そのとき、背後から声が飛んできた。
「へぇ、あんたがアリステアの弟子か。ちょっと細いけど、目は悪くないな」
振り返ると、金髪を束ねた大柄な青年が立っていた。武骨な斧を背負い、黒いジャケットを羽織った冒険者らしい男。
「俺はバズ=ラグナー。Aランク冒険者だ。ちょうど今、人手が欲しい任務があってな……新人でも腕が立つなら歓迎するぜ」
「え……いきなりですか?」
「まぁ、力試しだ。どうせギルドじゃ、すぐに評価される。なら早めに顔売っとけ」
突然すぎる話だったけど、俺は首を縦に振った。
(今の俺は、何かを失った“ただの平民”じゃない。剣で魔法を撃てる――それが、俺の価値だ)
「わかりました。ぜひ、お願いします」
バズは満足げに笑った。
「よし、じゃあ明日の朝、北門集合な。魔獣討伐任務だ。簡単なやつだから、死にさえしなけりゃOKさ」
「了解です」
***
その夜、ギルドの宿屋の一室で俺は窓辺に立っていた。
ここは、自由の街。
誰も俺を“平民”と馬鹿にしない。出身も家柄も関係ない。ただ、“今の俺”を見てくれる場所。
剣で魔法を撃てる――たったそれだけのことが、この街では“才能”と呼ばれる。
窓の外には、街の明かりと、星空が広がっていた。
明日から始まる、新しい生活。誰も俺を知らない土地で、誰も俺に先入観を持たない街で、やっと“スタートライン”に立てた気がする。
胸の奥に、熱いものがこみ上げてきた。
(俺は……やれる)
師匠がくれた剣と、歩んできた道を信じて。
ここから先は、誰の言いなりでもない。俺の足で、俺の意思で、進むだけだ。
「――行こう。“剣と魔法”の物語は、これからだ」




