第11話 旅立ちの魔導刻印剣《フェル=グレイヴ》
第11話「旅立ちの剣」
王都の北外れ、風の通る峠道の途中に、一軒の古びた家がある。
石造りの壁と、煤けた屋根。それでも、俺には世界で一番あたたかい場所だった。
ここに――俺の“師匠”がいる。
「やあ、久しぶりだな、リオ」
玄関の扉を開けると、いつものように焚き火の前で椅子に腰かける男が振り返った。銀色の髪と、切れ長の灰色の目。かつて“幻の双魔剣士”と呼ばれた、アリステア=フェンブラム。
「まあ、来ると思ってたさ。学院があんな騒ぎになったんだ。黙ってじゃ済まないと思ってた」
すべて、お見通しらしい。
「……もう、俺は学院に戻れない」
そう告げると、師匠は笑うでも、驚くでもなく、淡々と呟いた。
「そうだろうな。今の王国は、優秀な平民がいるってだけで脅威扱いする。魔法の才も、努力も、“家名”の前には意味を持たない」
重い沈黙が落ちる。
「……俺、悔しいんです。頑張ったのに。認めてもらいたくて、あんなに努力したのに。結局、最後は……“盗んだ”って決めつけられて」
「わかってるよ、リオ。お前がどれだけ真っ直ぐに、生きてきたか。剣で魔法を撃つ――そんな馬鹿げたことに人生を賭けた意味もな」
師匠の目が、まっすぐ俺を射抜いてくる。
「だけどな。お前が“本当に欲しかったもの”は、なんだ?」
はっとする。
「……自由、です。俺が、俺として認められる世界が欲しかった」
「なら、王都にいる必要はない」
師匠は立ち上がり、背後の壁から一本の剣を取り出した。それは、俺が初めて師匠と出会った日、山奥の稽古場で見た、あの剣――“双紋剣”の片割れだった。
「リオ。この国は、もう“魔法の本質”を見失っている。貴族のための魔法、体裁を整えるための教育、他者を排除するための才能評価……そんなもんに、お前の価値を縛らせるな」
「でも……俺、これからどこへ行けば」
「世界は広い。西にはフロルダン魔法都市、南には自由傭兵団の本拠、北の山岳地帯には魔族と共存する村もある。剣で魔法を撃つ者が、馬鹿にされない場所だって、あるかもしれない」
師匠の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
これまでずっと、王都だけが“世界の全て”だと思っていた。けれど、それはただ、狭い鳥籠の中で羽ばたこうとしていたにすぎなかったんだ。
俺には――空がある。
この翼は、まだ折れていない。
***
その夜、焚き火を囲んで最後の食事をした。
「なあ、師匠」
「ん?」
「……俺、本当に出ていいのかな。逃げるみたいで」
すると師匠は、眉一つ動かさずこう言った。
「リオ。逃げるんじゃない。“進む”んだ。お前の剣は、お前だけの道を切り拓く。その一歩が、たまたまこの国の外ってだけの話だ」
火の粉が弾けて、闇に消えた。
その言葉は、深く、俺の心に刺さった。
***
翌朝。
旅装を整え、師匠の家を背に立つ。
「リオ」
師匠が、最後に一振りの剣を手渡してくれた。
「これを持っていけ。“魔導刻印剣《フェル=グレイヴ》”。お前が鍛えた技術なら、この剣と共に、どんな敵とも戦える」
握った柄は重く、けれど確かな温もりがあった。
「ありがとう、師匠……俺、絶対に証明してみせます。剣で魔法を撃つ――それが、ただの“異端”じゃないって」
師匠はうなずいた。
「それでいい。いつか世界のどこかで、お前の名前が語られる日が来る。それまで……俺はここで待ってるよ。胸を張って、また会いに来い」
涙が出そうになった。
けれど、俺は振り返らずに歩き出した。
大地を踏みしめ、風を背に受けて。
この国とは――今日でお別れだ。
俺は、俺の剣で。
この世界を、変えてやる。




