第10話 学園から退学させられ追放される
第10話「追放の決定」
朝の演習室に入った瞬間、異様な静けさが肌を刺すように感じられた。
全員の視線が俺に向いている。けれど、誰一人、挨拶も声もかけてこない。
(……また、何かあったな)
嫌な予感は的中した。
机の上には一枚の封書。見覚えのある学院印の蝋が押されていた。
震える指で開くと、中には短い文言。
《演習班内における規定違反行為について、関係者として学院に出頭すること》
規定違反? 俺が……?
混乱のまま呼び出されたのは、学院の懲罰審議室だった。
***
審議室には、学院長アラバスタと演習班主任ヴァルト=シュナイダー、そして監査官たちが揃っていた。
目の前に差し出されたのは――演習班の記録書類。そして、何枚もの“証言書”。
「リオ=グランティス。君は、王立魔導研究所から提供された術式データを無断で外部に持ち出し、独自に実験を行ったという疑いがかけられている」
「は……? そんなこと、してません」
「だが、君の個人ロッカーから、研究所の未発表データが見つかった」
目の前が真っ白になった。
それは……絶対にありえない。
「それ、誰かが……仕込んだんじゃ」
俺の言葉を遮るように、主任のヴァルトが口を開いた。
「複数の生徒から、君が以前から“研究所に不満を持っていた”という証言が出ている。さらに、“平民出身だから不公平だ”と君が漏らしていたとも……」
「それは違います! 俺は、ただ……自分のやり方で、認めてもらいたかっただけで」
叫びは虚しく響くだけだった。
アラバスタ学院長が静かに口を開く。
「……証拠がある以上、無実を証明することは難しい。リオ=グランティス君。君には、今後一切の魔導応用実験班への参加を禁じ、学院からの“任意退学”を勧告する」
頭が真っ白になった。
任意退学。それは、実質的な“追放”だった。
***
その日の午後。
演習室に戻ると、すでに俺の荷物は全て片付けられていた。
黒板にはまた、誰かの落書きがあった。
《やっぱり平民は信用ならねえな》
《剣で魔法? 結局は盗人の技だったな》
指先が冷たくなる。
(どうして、こんなことに……)
セシリアが駆け寄ってきたのはそのときだった。
「リオ、聞いたわ……信じてる。あなたがそんなことするわけないって」
「ありがとう、でも……」
俺は笑えなかった。
「疑われただけで終わるんだな、人って。証拠なんて、いくらでも作れる」
「私が学院に抗議する。ヴァルトの証言が怪しいの。あなたの研究成果を横取りしようとしてるって噂もあるのよ」
「ダメだよ、セシリア。君まで巻き込まれる」
「リオ……」
肩が震える。
この場所では、どんな真実も、立場がない者の声には耳を貸されない。
それが“現実”だった。
***
夜、寮の屋上に再び立った。
空は高く、風は冷たい。
手には、学院から渡された退学通知書と、あの日の三通のスカウト状。
(こんな形で終わるのか……)
だが、師匠の声が、ふと耳に蘇る。
――“力を持つってことは、孤独になるってことだ。それでも進むか?”
俺は、剣を杖に見立てて魔法を撃つ――そんな無茶をやってきた。
けれど、あの力には意味があると、今でも信じている。
だったら、ここで折れちゃいけない。
「やってやるよ……。学院なんて、いらねぇ。俺の魔法は、どこでも通用する」
手にしていた退学通知書を握り潰し、スカウト状の一通――《王都直属騎士団・第三魔導斥候部隊》を開いた。
――新たな旅立ちのときが来た。
俺は、追われる者じゃない。奪われた自由を、今度は“奪い返す側”に回るだけだ。




