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7.剣を識る者

「っはぁ、はぁ……!」


 無心で走った。この森で魔物と何度も相対してきたが、今のは別格だった。


 いつもの場所とは違うが、もっとも近い建物へ転がり込む。

 そこもまた地下道へ通じる縦穴がぽっかりと口を開けていた。


 まさか、こんな夜更けに人間と遭うとは。

 しかも、あんな化け物じみた人間が存在するなんて。

 「右腕は使わない」と言っていたが、恐らくそれどころじゃないほど手を抜かれていた。あの男がその気になれば、左手一本で捻り潰されていただろう。


 それでも、勝ちは勝ちだ。

 夜に紛れ、闇を炸裂させ、硬化して防いだ。完全な初見殺し。

 二度は通じまい。


(……(アウローラ)。これを見てから、あの男の様子が変わった……)


 この剣について知っていることは少ない。

 母の形見で、祖父が大切にしていたという、それだけだ。


(……もしかして、すごい剣なのか……?)


 鞘から抜き、目を凝らす。

 見た目は何の変哲もない直剣。変わった装飾もなく、言ってしまえば地味な作りだ。

 しばらく眺めていると体に異変が走った。


(……あ、まずい……)


 急に剣が重くなる。腕が震え、口は乾き、視界が波打つ。低い地鳴りのような耳鳴りが続く。毛穴がひとつ残らず閉じ、冷たい倦怠感が背を這い上がってくる。

 恐怖のせいではない。この感覚は覚えがある。

 魔力が尽きかけているのだ。


 さっきの防御術、攻撃術は正直一か八かだった。その一瞬で、ごっそりと魔力を奪われた。

 再び同じことが起こらない保証はない。鍛錬が必要だ。


(……森の奥を拠点に……いや、今は人目を避けることが先だ……)


 そう思った瞬間、はっとする。


(……僕は……)


 ここで暮らしながら、生き延びること自体が目的になっていた。


(拠点を移して、それで終わり? 一生隠れて過ごすつもり?)


 生き残るのは手段にすぎない。

 祖父は愚かなんかじゃない。罪人の家族なんかじゃない。放っておけば家の名誉は地に落ち、母の墓すら荒らされるかもしれない。

 剣士や狩人になることはもう叶わないかもしれないが、家族の汚名をそそぐことなら——できる。必ず。

 例がなかろうが知ったことか。祖父は、無限の可能性があると教えてくれた。


 そして、祖父が遺した〈床下の何か〉。

 これをどうにかしなければ。家はどうなったのか。無人の家、それも罪人の家が無傷で残っているとは思えない。


 だが、祖父が何も策を講じなかったとも思えない。もし死に目に会えなければ、〈床下〉のことすら知らなかったはずだ。誰かに何かを託しているに違いない。


 確認には戻るしかない。

 ララに協力を頼むか……だが、関わらせれば危険だ。そんな思考がぐるぐると巡る。


(……どうしたら……)


 いっそ、バルカに助けを求めたほうが良かったのではないか。せっかく生まれた縁を、自分から断ち切ってしまった。

 このままでは何も進展しない。何かをしなければ——焦りだけが募る。


(そういえば、この地下道……まだちゃんと見ていなかった)


 考えがまとまらないまま、半ば思考を放棄する。

 縦穴の先には通路が続き、その奥、角の向こうで炎の揺らめきがちらりと見えた。


(……!)


 剣を構える。さっきのことがあったばかりだ。何があってもおかしくない。

 火を使う魔物は見たことがない。いるのかどうかもわからない。


 これまで地下道を避けていたのは理由がある。

 複雑に入り組み、昼夜を問わず闇に沈み、死角が多い。森のように自分から仕掛けるには向かない。


「誰か……おるのか?」


(……!)


 低く落ち着いた声がした。年老いた声だ。


 人間だ。この夜に二度も——すぐに離れなければ。


「やや、そう警戒召されるな」


 声の主は腰のランタンの灯を絞り、角の向こうを暗くする。ほとんど影だけを見せて近づいてくる。何か理由があって姿を見せられないのだろうが、ソルには通じない。


 太く長い髭を腹のあたりまで伸ばし、筋肉質で樽のような体。背丈は低く、ソルより少し大きいくらい。左手に円盾、腰に直剣。片眼鏡をかけ、顔には深い皺。


 何か、違和感があった。


 男は距離を保ったまま片眼鏡をいじり、ソルの手元——〈暁〉を凝視する。間を置き、静かに言った。


「その剣、その風貌。ソル・ウェスペル殿で間違いありませぬか?」


 肩が震える。なぜ名前を——。答えるわけにはいかない。教会の手の者かもしれない。


「〈暁〉ですな。素晴らしい剣だ」


 ただの長剣にしか見えないはず。それを知るということは……。


「……失礼、こちらばかり問うのは無粋ですな。私、その剣を打った一族の者。つまり——人間族ではございません」


(人間じゃない……)


 ようやく違和感の正体に気づく。

 学校で学んだ——明らかに勝ち目のない戦を人間に挑み、滅びた種族。教科書の挿絵と特徴があまりにも一致する。


「……まさか……小人族(ドワーフ)……?」


「ええ。その通りです。轟音と人の声が聞こえ、この辺りを探しておりました。子どもの影がこの建物に入るのを見ましてな」


 両手を広げ、警戒を解いたふうに見せる。


「依頼主から貴殿の特徴を聞いております。そしてその剣を見て確信しました。我らは身分を明かし、信用を得よとの仰せです」


「依頼主……?」


「ええ、貴殿の母上のご友人と伺っております」


 ランタンの灯を戻し、男は名乗った。


「エルヴァルと申します」


 鷲鼻に皺深い顔。その目は、どこか祖父を思わせる優しい眼差しだった。

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