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9.聖女の婚約解消計画

 9.聖女の婚約解消計画


 ”貴族の妻は、夫が愛人を抱え子どもを作ろうとも

  家の存続と血統の保持を優先するため、

  それを黙認し、彼らを支えてゆかねばならない”


 そのくだらねえ”良妻論”を、

 弟ディランの婚約者フィオナに強要してきたイザベル夫人。


 エリザベートに煽られ、自分もそうだと言い張り

 ここが礼拝堂だと言うことを忘れて

 それを”神に対する誓約”としてしまった。

 絶対的な強制力を持つ、その誓約を。


 ……まあ、そうなるように仕組んだんだがな。


 そこに夫が、愛人とその子どもを連れて登場したわけだ。

 今までバレないよう厳重に隠していたようだから

 イザベルはその存在をついぞ疑うこともなかったのだろう。

 夫は公爵家から降嫁してきた(イザベル)に頭が上がらず、

 いっつもオドオド、ヘコヘコしていたそうだから。


「あ、あなた……! ここで何を!?」

 イザベルは息も絶え絶えに尋ねる。


 その夫である伯爵はわざとらしい笑顔を浮かべ、

 嬉しそうにうなずいた。

「ずっと聞いていたよ! 君の決意を!

 まさかそんな風に思っていてくれたとは……」

 そう言って横に立つ女性の肩を抱いた。

 イザベルとは正反対の、可憐で慎ましげな可愛らしい女で、

 5,6歳の男の子を連れている。

「君に紹介しよう。

 私の愛するアイリーンと、私の息子デイビットだ」



 俺たちは昨夜、見つけた検索機能で

 イザベルやシュバイツ公爵家についての情報を集めまくった。

「時代は情報戦だぜ!」


 そうすると、集まるわ集まるわ。

 俺たちはその中から、有効なカードをいくつか選んだのだ。


 その最たるものが、この”イザベルの夫には内縁の妻子がいる”だった。

 結婚と同時に囲い始め、子どももすぐに産まれたようだ。

 伯爵は慎重に慎重を重ねて、彼らの存在を秘密にしたのだ。

 まあ、イザベルが伯爵を舐め切っていた、というのもあるが。


 だが隠すのもそろそろ限界だし、

 息子を正々堂々と貴族学校に通わせたい、

 と伯爵は悩んでいた。


 もちろん彼は、イザベルの性格上、

 愛人を認めるわけがないし、

 激怒し、愛人たちを攻撃するのはわかっている。


 だから俺たちの計画に狂喜乱舞してくれたのだ。


 伯爵はイザベルに言った。

「君を誤解していたよ。

 実家をカサにきて高慢に振る舞うだけの女だと思っていた。

 王命により仕方なく結婚し、後悔ばかりしていたが

 ここまで我が伯爵家について考えていてくれたとは」


 そういってふたたびアイリーンさんに向きなおり、

 人目もはばからず抱きしめる。

「これで安心だ。君を正々堂々と食事や旅行に連れていける。

 デイビットも我が子として学校に通わせてあげられる!」


 それを見つめながらイザベルは

 何も言えないまま真っ青な顔でわなわなと震える。


 他の取り巻きも同様だ。

 自分の夫が見知らぬ女性を連れているのを見て全てを察し、

 悔しさと怒りで顔を真っ赤にしている。


 しかし、怒鳴ることも責めることも出来ない。

 ましてや愛人たちを殺そうとするなどもってのほか。

 ”神に対する誓約”とは、

 それほどまでの強制力を持っているのだ。


「なんと睦まじいことでしょう。

 愛し合う者同士がやっと認められたのですね」

 ジェラルドがそう言い、周囲の人々に向けて言う。

 ちょうど礼拝堂に来ていただけの人々は

 ”はぁー、そうなんだ!”くらいの調子で拍手している。


「愛されない者が、愛される者を思いやることが出来て

 本当に良かったですわね、イザベル様」

 言われたことを言い返すエリザベートを

 イザベルはものすごい目で睨んでいたが、

 食いしばっていた歯を開いてつぶやいた。


「……覚えてらっしゃい。

 こんなことをして許されると思わないで頂戴(ちょうだい)


「忘れないでいただきたいのは貴女のほうだが?

 ”神に対する誓約”は絶対だ。

 破棄することは許されないだろう。

 これからは彼女らを大切にお守りしていただこう」


 そう言った俺を悔し気に見つめ、

 イザベルは口を一文字にして耐えている。


 取り巻きの夫人は泣き出したり、座り込んでしまう。

 彼女らも自業自得、他人に対して無責任なことを言うからだ。


 俺はゆっくりとエリザベートの手を取った。

 彼女はきょとんとした表情で俺を見ている。


 身分や立場を考えても、俺が優先すべきは彼女なのだ。

「いつも俺を理解し、支えていてくれてありがとう。

 真の献身とはこういうものだろう」


 エリザベートは目を見開き、頬を赤らめフルフルしている。

 打ち合わせにない俺の行動に当惑しているらしい。

 なんだ、すごい可愛いな。


「今後、俺やエリザベートの関わり方については

 国にとって最善の判断が取られるだろう。

 それがどのようなものになろうとも、

 俺が彼女を信頼し、尊重することに変わりはない」


 婚約を解消するとしたら国益のためであり、

 そうなったとしても円満な関係性だ、とアピールする。

 ゆっくりと笑顔でうなずくエリザベート。


 怒りに震えるイザベルはフィオナへ向き直った。

「……あなたもよ」

「え?」


 ビックリして首をかしげるフィオナに、

 イザベルは狂気に満ちた笑顔で告げる。

「……だってディランはモテるもの。

 たくさんの愛人を抱えて、

 貴方なんて見向きもしないわ。

 でも、あなたはそれを生涯耐えるのよ!」


「え? 嫌です」

 フィオナはあっけなく答える。


 それを聞いてイザベルは発狂したように叫ぶ。

「どうしてよっ! 拒否する権利なんて」


「あるに決まっているだろう、愚かなことを」


 急に背後からかけられた老人の声に、イザベルは振り向く。

 そこに立っていたのは、隣国から来た聖職者だった。

 ……それも、かなり上位の。


 俺たちがなんで舞台を、

 この聖マリオ礼拝堂にしたと思う?


 数ある礼拝堂の中からここを選んだのは、

 今日の午後、隣国から視察に来た司教たちが

 ここに来ると”情報”を得ていたからだ。


 そして彼らは礼拝堂の奥で、最初からやり取りを見ていた。

 「あれは聖女ではないか? 何を揉めている?」

 という言葉を、あらかじめ側に待機していたジェラルドが

「実は、聖女は好色で不実な者との婚約が決定しており

 醜穢(しゅうわい)な結婚生活を強要されているのです」

 と、すかさず答えたのだ。


 自国の教会ならもみ消せるが、

 他国の聖職者たちの前で、

 堂々と不倫や婚前交渉を勧める発言をしてしまうとは。


 イザベルは高慢すぎて、顔色を見られてばかりだったため

 周囲を見れなくなっていたのだ。


「聖女の配偶者は当然、清廉かつ誠実であるべきであろう。

 この国では、そうではないと申すのか?」

 年老いた司教は、眉をひそめてつぶやく。


 隣に立つ、この国の聖職者たちは必死にうなずく。

「それは当然でございますっ!」

 それを聞き、イザベルの顔が焦燥で引きつる。


 エリザベートが優雅にカーテシーをした後、彼らに言う。

「この国だけでなく、聖女の力は世界の宝。

 このままでは彼女は穢され、力が衰えるばかりです。

 彼女を不実な者からお守りください」


 司教はうなずき、錫杖を軽く持ち上げて宣言した。

「教会本部に、この聖女の婚約を見直すよう達しを出そう」

「……深く御礼申し上げます、司祭様」

 フィオナがうやうやしく礼をする。


 教会は国内外でつながっている。

 聖女は国というより、世界のものなのだ。


 その采配や配偶者などは国に任せられるが、

 それが聖女にふさわしくないものと知られれば、

 当然、教会よりクレームが来る。


 イザベルはげっそりとした顔で、俺を見た。

 怒りが消え、絶望だけが残った瞳で。


 そうだよ、ここまで計算してのことだ。


 お前をフィオナから引きはがすだけではなく、

 その身勝手で傲慢な言動を利用して、

 フィオナの婚約自体をなくすのが本当の目的だったんだ。


 ************


「婚約破棄で良かったのか? 

 本物のフィオナはディランをどう思ってたんだ?」


 俺の言葉に、フィオナは明るく笑って答えた。

「婚約破棄したかったのは間違いないですよ。

 そのために殿下に相談してたんだし」


 口をとがらせながら、フィオナは文句を言い出した。

「ディラン様はめちゃくちゃイケメンだけど、

 高慢ちきで意地悪で、冷たい人でした」


 それでも行き場のないフィオナは、

 どんなに冷たくされても

 一生懸命に彼の言うことを聞き、尽くしていたそうだ。


「だいだい、あの姉と親戚になるのは無理ですよ。

 婚約が解消されるのは、本物も問題ないと思います」

 俺たちは彼女の言葉にほっと胸をなでおろす。


 万が一、フィオナがディランとの結婚を望んでいたら、

 俺たちは転生から帰還したあかつきには、

 彼女に悲しい思いをさせてしまうからだ。


 まあ元の世界に戻れれば、だが。


 その時、ジェラルドがつぶやく声が聞こえた。

「嘘だろ……そんな」

 彼は緑版、すなわち”疑似スマホ”を見つめている。

 どうした? と彼に視線が集まる。


 彼は顔を上げて叫んだ。

「”あらすじ”の結末が、まるで変っていません!

 全員、無惨な死を迎えてしまいます!」


読んでいただき、ありがとうございました。

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