8.神に対する誓約
8.神に対する誓約
弟の婚約者である聖女フィオナを
”公爵家にふさわしくなるため”の教育として
苛め抜いていたイザベル伯爵夫人。
俺たちは、ある計画を胸に
聖マリオ礼拝堂に彼女をおびき出したのだ。
ここは国内でも有名な、かなり大きな礼拝堂だ。
大規模な祭壇があり、観光客も多い場所だ。
あふれる人混みの一角に、
取り巻きを連れたイザベル伯爵夫人を見つける。
俺とジェラルドはまだ出番じゃないので、
離れた所に隠れ、フィオナはそちらへと向かっていく。
イザベル夫人はイライラしながら
手に持った扇をはためかせながら立っていた。
そして歩いてくるフィオナを見つけ、
あごをつん、と上げ、見下した姿勢で言い放つ。
「……遅いじゃない。フィオナ。
淑女たるもの、時間に遅れるなどあり得ませんわ」
まったくですわ、恥ずかしいことを、などと囁きあい、
クスクス笑う取り巻きの女たち。
……笑ってられるのも今のうちだぞ。
「そもそも待ち合わせなどしていませんが」
フィオナが反論したので、イザベルは目を丸くする。
今まで何を言っても、どんな無理を言っても
フィオナはおとなしく従順だったのに。
「貴女! なんという口の……」
「あら、彼女は事実を言ったまでですわ?
私、あの場におりましたもの」
かぶせるようにエリザベートが言い、
続けて”ごきげんよう”と挨拶する。
突然横から現れた彼女に、
イザベル夫人と取り巻きたちは慌てふためき
ぎこちなくも礼を返してくる。
エリザベートは笑顔で話し始める。
「これから聖女様は新たな任務で忙しくなりますの。
だって彼女は、この国の重要な存在なのですから」
イザベルはそれ聞き、フィオナを見下した顔になる。
この小娘が? 重要な存在ですって?
フン、と鼻で笑って横を向くイザベル。
「何か大切なご用件がありましたら、
今のうちにどうぞ?」
エリザベートに促され、一瞬迷ったが、
イザベルはフィオナを諭すように語り掛ける。
「あなたを公爵家に迎えるための教育は
まだ終わっていませんわ。
このままではディランの妻になることは難しいと……」
「では、シュバイツ公爵家から王家に、
この婚約の解消を願い出ていただけますか?」
フィオナがすかさず笑顔で返すと、
イザベルは驚いたあと、眉をひそめて叱責する。
「何を言うの!? あなたはっ!
ディランの妻になれるという名誉を……」
すかさずエリザベートが援護射撃を撃つ。
「そのような名誉、私だって欲しくありませんわ。
ディラン様がいろいろな方と親密にされているご様子は
貴族の間でも有名なお話ですし」
それに対し、イザベルの取り巻きたちは
うろたえるばかりで役に立ちはしなかった。
どの家もローマンエヤール公爵家を敵にしたくないのだ。
イザベルは必死に冷静さを装いながら反論する。
「ディランはあの通り、容姿端麗で優秀な人間ですもの。
皆に愛されるのは当然のことですわ。
……ねえフィオナ? 貴族たるもの、
夫が愛妾を持つことに寛容にならねばなりません。
ディランはシュバイツ公爵家を継ぐ者です。
その血族を絶やさないためにも、むしろ必要なことで
あなたはそれを喜んで支えるべきでしょう!?」
まわりの取り巻きも、フィオナに向かって
当然ですわ! 常識でしょう、などと言っている。
……バカばっかりだな。
「ディラン様は魅力的で武術にも長け、素晴らしい方ですから。
あなたがお相手では、あまりにもお可哀そうですわ」
とりまきの1人があざけりの笑みを浮かべて言う。
「貴女はわきまえて、大人しく公爵家を支えていれば良いのよ」
別の夫人が、我儘娘をたしなめるように言う。
調子に乗ったイザベルはさらに言いつのる。
「ほら、ごらんなさい、フィオナ。
ローマンエヤール公爵令嬢も貴女に
こんなにも親切にしてくださるでしょう?
高貴な生まれの者にとって、
夫や婚約者の大切な方に礼を尽くすのは、
当たり前なことなのですわ」
俺とフィオナの噂を揶揄ったのだろう。
……エリザベートに申し訳ないな。
しかしエリザベートはそれを聞き、
口元に手を当て、高笑いをして言った。
「ホホホ、ご冗談はおやめになってくださる?
殿下と聖女様は清らかで公明正大なご関係ですわ?
だからこそ、私と聖女様も親密になれたのです」
イザベルは厭味ったらしく続ける。
「そう信じたいだけではありませんの?
第三王子が聖女に夢中だと、みんな知っていることですわ。
ふふふ、愛されない者が、愛される者を思いやるなんて
本当にご立派だと思いますわ~」
フィオナがさすがに怒った声を出す。
「私はレオナルド様の研究をお助けしているだけです。
聖なる力を、より良く利用するために」
エリザベートはゆっくり歩きながら、首をかしげて言う。
「良いのよ、フィオナ。
でも私は、夫になる方に誠実さを求めますわ。
聖女ともなれば、なおさらでしょう。
不特定多数を相手にする者など、お話になりませんわよね。
そんな男、スラムにいる男娼と代わりがないのですもの」
いっつも違う女を侍らせているディランを差した言葉だ。
……言うなあ、エリザベート。
溺愛する弟を男娼呼ばわりされ、
イザベルは顔を赤くし、眉をあげて言い返す。
「家の存続と、主の血が絶えないことが何より大事ですわ!
公爵家の娘ともあろうお方が、
なんという情けないお考えをお持ちですの?」
弟の振る舞いを正当化するのに必死なのだろう。
エリザベートは急に困ったような、悲し気な顔になる。
「あら、そうなのでしょうか?
ではあなた方は愛妾やその子をお認めになると?」
「もちろんですわ! 貴族の妻たるもの、
その覚悟がなければ務まりません!」
やりこめたと思ったのか、勝ち誇った顔でイザベルは言う。
するとエリザベートは横目になり、
疑わしいといった目つきでつぶやいた。
「まあ、口だけではどうとでも言えますわよね……
神に誓って、夫の愛人を守り慈しむと言えますか?
……ほら、言えないでしょう?」
イザベルはツン、とすまし、誇らしげに言い放つ。
「言えますとも」
取り巻きも、当然ですわ! の合唱を唱える。
エリザベートは煽るように続ける。
『では貴方方は、夫が愛人を持ち子を成そうと
それを許し、彼女たちを生涯大切にすると誓えますか?』
『『『ええ! 誓いますとも!』』』
トラップ成功。
自分たちの声が、礼拝堂内に異様に反響したことに気が付き
イザベルたちは周囲を見渡す。
そしてハッ! という顔になり、叫んだ。
「あなた、まさか!」
両手を組み合わせたフィオナが、満面の笑みで言う。
「はい! お誓いになるというので、
”神に対する誓約”を行いました!
誓うがいればそれを行うのが、聖職者の仕事ですから」
そしてここは大礼拝堂。祈りのための場所なのだ。
フィオナの弱めな力でも、誓約を成就させるのは簡単だった。
イザベルたちはあっけにとられた顔でフィオナを見ている。
フィオナは悲し気な顔を作り、彼女たちに問いかける。
「え? 誓うと言ったのは嘘だったんですか?
それとも夫の愛人やその子どもを支えると言うのが嘘?」
そう言われ、イザベルは憎々し気に答える。
「そんなわけないでしょう! 誓えますわよ!
夫の愛人を許容するのが妻の鑑ですわ!
で、でも……」
しかし、その声は震えている。何故なら。
”神に対する誓約”とは、この異世界にとって
絶対的な制約をもたらす行為だから。
つまり誓約したことは、強制的に実行されてしまうのだ。
さあ、やっと俺たちの出番だ。
動転している夫人たちに向かって俺は声をかける。
「へえ、それはすごいな」
俺はそう言いながら出て行く。
「あらまあレオナルド殿下! こんなところで何を……」
振り向いたイザベルは、最後まで言えなかった。
陸に上がった魚のように、口をパクパクさせている。
その場に現れたのは、俺とジェラルドだけではなかった。
ぞろぞろと奥の部屋から現れたのは、
イザベルの夫である伯爵や、取り巻き婦人の夫たち。
……そして。
「良かったですね。
愛妾を持つことを公認してもらえるどころか、
生涯、大切に保護してもらえるそうですよ」
俺はキラキラを振りまきながら、優しい声で告げる。
伯爵たちが引き連れて来た、彼らの愛妾と、
彼女たちとの間に設けた子どもたちへ向かって。
お読みいただきありがとうございます。
☆や評価をいただけると励みになります。




