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4.もうひとりの転生者

 4.もうひとりの転生者


「確か、このあたりのはずだけど……」

 エリザベートがドレスをつまみあげながら、

 森を見渡している。


 俺たちは侍従たちから聞き出した、

 4つ目のカミナリが落ちたあたりを散策していた。

「誰もいない森の中ですよ?」

 そう言って侍従には止められたが。


 あの青い雷は絶対に、自然発生的なものではない。

 意味もなく落ちたりするとは思えなかった。


 しばらく三人で歩くこと数分。

「見てください! あそこに!」

 フィオナが指差す木を見ると、

 寄りかかるように、ひとりの兵士が座っていた。


「おい! 大丈夫か?!」

 叫んで近づき、彼の顔を覗き込む。

 彼は眠っているようだ……しかも、泥酔している。


 茶色い髪は風呂に入ってないようで

 汚れでベタベタになっている。

 ヒゲは伸び放題で、一般兵の制服もシワだらけだ。


 俺たちの時と異なり、気絶した様子はない。

 ただの酔っぱらったサボり兵なのか?


「この人では無いのかしら……」

 エリザベートが首をかしげる。


「どのみちほっておけないだろ。

 ……こんなとこで寝るな。風邪ひくぞ」

 俺は彼の肩を揺り動かした。


 すると彼は薄目を開け、かすかな声でつぶやく。

「変な夢だった……終電、間に合うかな」


 はい、間違いありません。

 俺たちは顔を見合わせてうなずき、彼に叫んだ。

「夢じゃねえから起きろ!

 俺たちは異世界に転移したんだよ」


 彼はぼーっと虚空を眺めていたが、

 次第に焦点が合い、俺の姿を見て。


「……すごく王子だ」

 とつぶやいた。


 ************


 俺たちの説明を聞きながら、

 顔をしかめ、片手で頭を押さえる彼。


「まあ、そうなるよな」

 俺がそう言うと、彼は苦笑いで首をふる。

「いえ、()()()二日酔いなのか頭が痛くて」


 俺はフィオナを見て聞いてみる。

「……出来そうか?」

 彼女は え? という顔をした後、

 こぶしを口元に当て、不安げに答えた。

「……シジミと味噌があれば」


 意味がわからず固まる俺の代わりに

 エリザベートが訂正する。

「シジミのお味噌汁を作れって話じゃないの。

 まあ、あれも、二日酔いに良いって聞くけど……

 あなたの治癒でなんとかできそうか、ってことよ」


 フィオナはああ! と慌てて兵士の頭に手をかざす。

 淡い光に包まれ、彼の顔色はみるみる良くなっていった。


「すごいな、スッキリしたよ! ありがとう」

 礼を言われ、フィオナは苦笑いしながら

「逆にこれくらいしか、できないんですけどね」

 とつぶやいて下を向く。


 この兵士がどんな人物か、俺たちは誰も知らなかった。

 まあ生活圏が違いそうだしな。


 彼が記憶を探りながら、ポツポツ話してくれる。

「名前は……ジェラルドです。

 平民ではありますが、かなりの実力の持ち主で、

 幼い頃から努力を惜しまず研鑽してきたようです」


 彼がその業績をいくつかあげると、

 エリザベートやフィオナが歓声をあげた。

「あら! 有名な盗賊団じゃない!」

「そのモンスターが倒せるってことは、

 かなりのレベルですね!」


 それを聞いて、俺は眉を寄せた。

 彼を疑ったのではない。

 俺は曲がりなりにも王族、それらの報告を受ける立場だ。

 しかしそれを成し遂げたのは、彼の名前では無かった。

 と、いうことは。


「飲んだくれてた理由は、それか」

 俺の言葉に、エリザベートたちが首をかしげる。


 本人が言いづらそうだったので、俺が代わりに言った。

「その手柄は全て、横取りされたんだよ。

 王家に対する報告では、

 貴族の子弟の成果になってたからな」


 ************


 ジェラルドはうつむきがちに言う。

「僕は転移者で()()()()()耐えられるけど、

 彼自身は相当辛かったと思います。

 死ぬほど努力して、必死に頑張ってきたのに」


 そして彼は、泥酔までの経緯を話してくれた。


「兵士たちはチームを組まされるのですが、

 僕のいたチームは何故か、貴族の子弟ばかりでした。

 ”形だけだ”と言われ、一緒には行動してなかったのに」


 時おり、討伐後など事後に現れては

 倒した時の様子などをジェラルドに聞いてきたそうだ。

 彼は素直に、今後の参考になれば、と答えていたら。


(ジェラルド)の目標は、聖騎士団に入団することでした。

 それは名誉や高い給金欲しさではなく、

 この国を守りたいと本気で思っていたからです」

 努力家であり、崇高な志を持つ男だったらしい。


 ボロボロになりつつ、凶悪な犯罪者を倒し、

 恐ろしい魔物やモンスターを倒した。

 しかしいざ、評価される段階になって。


 全ての成果は、彼らのものとして登録されていたのだ。

「発狂寸前でしたよ。確かに全て、自分で登録したのに。

 たくさんの報告書も出したし、

 そもそも討伐以来を受けたのも僕なのに」


 ジェラルドが憤慨しながら言う。

「貴族の子弟だからな。

 おおかたアイツらの親が、上官やギルド、他の兵とか

 いろんなところに金をばらまいたんだろ」


 そうして全ての証拠は隠滅され、

 彼のめざましい成果は全て、貴族子弟のものとなったのだ。


 ジェラルドは悔し気に言う。

「そのため、聖騎士団には入れませんでした。

 彼の代わりに、何もしていなかった貴族の息子三人が

 聖騎士団員として選ばれたのです」


 俺たち三人は黙ってしまう。

 たとえ異世界とはいえ、人間は同じだ。

 ジェラルドがどれだけ無念で憤りを感じたのか想像できる。


 ジェラルドは怒りに震える声で続ける。

「しかもアイツらに言われたんです。

 ”安心しろよ、俺の私兵として飼ってやるからさ”って。

 自分たちに実力が無いのはわかってますからね。

 今後も代わりに戦わせるつもりなんでしょう」


 名誉は自分たちのものだが、

 危険と苦労は彼に押し付ける。


 エリザベートは怒りながらジェラルドに言う。

「もちろん断ったわよね?! そんなの」

「無理だよ。あいつらは貴族で、もう聖騎士団だ。

 断ったらもう兵としては残れない。

 下手すると反逆者扱いになるだろう」


 俺の言葉に、ジェラルドはうなずいて付け足す。

「家族にも迷惑がかかりますからね」

 貴族社会における軍隊なんてそんなものだ。


 ジェラルドは視線を落とし、手のひらを見つめる。

ジェラルド(この人)が一番辛かったのは、

 みんな事実を知っているのに口をつぐんだことです」

 ある者は報酬で、ある者は貴族に媚びへつらうため。


 ほんと腐ってんな、この国は。


 俺は先ほど中庭にずらっと並んだ奴らのことを思い出して言う。

「あの聖騎士団は能無しばかり、ってことか」

「もう”ごみ箱団”って呼びましょう!」

 フィオナが言うと、エリザベートも憤慨して言い捨てる。

「全員、防具無しで凶悪な魔獣の出現区域に送り込もうかしら」

 いや怖いって。

 彼女の家は軍に強い影響力を持つから実現可能だが。


 それにしても、だ。

 王家が鳴り物入りで創設し、

 他国にもその名が広まりつつある聖騎士団。

 その実情が、役立たずの無能を集めた集団とは。

 現場に興味のない国王(おやじ)はそれを知らないと思うと

 黒い笑いが浮かんでくる。


 そんな俺の横でフィオナがジェラルドに尋ねる。

「あの、ジェラルドさんは

 例のあれを持ってないんですか?」

 ああ。あの、スマホの形をした緑の板のことだ。


 俺たちは形状などを説明すると、

 ジェラルドはパン、パンと自分の体を叩きまくり、

 自分の胸ポケットで手を止めた。

 そしてそこから、ゆっくりと緑板を取り出す。

「ありました!」


 そして俺たちと同じように、手に持ってみる。

「なんて書いてる?」


 画面には、俺たちの悲惨な末路に加え、

 新しく続きの文章が書かれていたのだ。


 ”そして兵士ジェラルドは、

 聖騎士団に入団できなかったことを逆恨みし

 盗賊団を指揮して、魔獣を王都に解き放った。

 その罪で地獄の鉱山で働かされた後、

 少しずつ手足を魔物に食わせる刑に処された”


 全員が黙り込む。なんだよ、この結末は。


 ジェラルドが叫ぶ。

「あり得ないよ。この人はすごく家族思いなんだ。

 そんなことをするくらいなら、

 怪我を理由に兵を抜けて、農夫になっているよ!」


 今までの努力が無駄になろうとも、

 親に迷惑がかかるようなことはしないだろう、と。


 俺たちは手のひらに乗せた緑板を寄せ合い、

 互いの悲惨な結末をじっと眺める。


 ふとジェラルドは顔をあげ、何か気になったのか、

 俺たちから離れ、様子を伺いながら歩き出す。


 彼を目で追っていると、エリザベートが俺の袖を引いて言う。

「婚約破棄しなかったのに、結末が変わってないわ」

 彼女の言葉に、俺たち三人はハッとする。


 文言は多少変わっていた。

 ”この国の第三王子レオナルドは、

 公爵令嬢と聖女と研究チームを作ると宣言した”


 でもそれ以降は全く変わっていない。

 ”その日を境に彼らは、浪費と姦淫の限りを

 尽くして過ごしたと言われ、挙句の果てに”

 と続いていく。なんでだよ。


 絶望する俺たちの背後で、ジェラルドの小さな叫び声と

 頭の悪そうな声が聞こえた。


「あーいたいた、ジェラルド!

 さっさとこっちに来て、俺たちの剣を運んでおけよ」


 そこには聖騎士団の制服とマントを身にまとった

 三人組の男が立っていた。


 こいつらか。


 勝ち気な表情で彼らを睨みつけるエリザベート。

 心配するようにジェラルドを見上げるフィオナ。

 顔面に色を失い、硬直するジェラルド。


 俺か? 俺は笑っていた。

 だって向こうから来てくれるとは思わなかったからな。


 まさか自滅しに来てくれるとは。



読んでいただき、ありがとうございます。

☆やブックマーク、感想などいただければ嬉しく思います。

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