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2.最悪のシナリオ

 2.最悪のシナリオ


 突然の落雷によって、強制的に異世界転移された俺たち。

 しかも転移した人物はかなりの”問題人物”だったのだ。


「転職先は選べるのに、転移先って強制なのね……」

 公爵令嬢がショックを受けた顔でつぶやく。


「いえいえ転職でも、入社してから

 ”ここブラックだ!”ってわかることもありますから」

 などと言いながら、あきらめ顔で首を横に振る聖女。


 その会話で、彼女たちの中身が社会人であることを知る俺は

 お祈りメールを山ほど集めている就活中の学生だ。


「……あの、殿下? 聖女様?」

 やばい、周りが変な目で見ている。

 俺は必死に何を言えば良いか、

 いま何をしていたところなのか、記憶をたどった。


 ……そうだ。今、まさにしようとしていたのは。

 目の前の黒髪の女を目が合う。


 ついさっきまで、俺は。

 彼女に”婚約破棄”を宣言するはずだったのだ。

 この庭園で開かれていた

 『聖騎士団 結成の祝賀会』の場で!


 ……王子(こいつ)、正気か? 

 婚約破棄と聖騎士団の結成、全然関係ないじゃん。


 しかし、すでに周りに人を集めた後だったらしい。

 しかも数人は、俺の計画を勘づいていたようだ。

 これから始まるはずの見世物(ショー)を期待して

 ニヤニヤしながらこっちを見ている。


 よほど普段から王子(オレ)はみんなに馬鹿にされているのだろう。

 ……それが、王族に対する態度なのか? ほんとに。


 これは予定通りにやったほうが良いのか?

 苛立ちと焦りで、一瞬そう思ったが。


 運命を受け入れる決意をしたかのように

 悲し気な目でうつむく黒髪の女を見て、

 俺の気が変わった。


 公衆の面前で他人の名誉を損なうことに、

 どんな利点があるというのだ。

 俺はそんなことはしない。

 王子(こいつ)には悪いが、変更させてもらおう。


 俺は笑顔を振りまきつつ、周囲を見渡す。

 視界の中に、休憩や雨除けのために作られた

 小さくも豪奢なガーデンハウスを見つける。


 えーっとこの女の名前は……

「エリザベート嬢の具合が悪いようだ。

 聖女……フィオナに治療してもらおう。

 皆、そのまま……パーティを楽しんでくれ」


 脳内検索を繰り返しながら、

 俺は必死に言葉を紡ぎ、彼女たちに振り向く。

 ぼーっと俺を見ていた二人も慌てて頷き返す。


「治療に集中するから人払いを」

 寄ってきた侍従に対しきっぱりと告げる。


 そして俺たちは漫才師が漫談を終え、

 舞台袖にハケる時のように

 無意味な笑顔をみんなに向けたまま、

 ガーデンハウスをめがけて小走りで去った。


 これが新喜劇ではなく、悲劇の始まりだと知らずに。


 ************


「記憶は取り出せそうだけど……うまく演じられるかしら」

 黒髪の女、エリザベート公爵令嬢が考え込む。

 波打つ艶やかな黒髪に映える白い肌、

 長いまつげに縁どられた赤い瞳と形の良い唇。

 こうやって改めて見ると、

 彼女は絶世の美女だった。


「私たち、元の世界に戻れるのでしょうか?」

 聖女フィオナが心配そうにつぶやく。

 ストレートロングの銀髪を背に流し、

 薄いピンクの唇をとがらせ、

 大きな紫水晶の瞳がこちらを見る。


 華奢な体にシンプルな白い細身のドレスと

 銀のアクセサリーが似合っている。

(……王子(オレ)が贈ったものらしい)

 こっちも別格の美少女だ。


 異世界ってレべチだなーと思いながら、

 俺は何気なく壁にかかった鏡をみて仰天する。

「うわ! 何だこれ!」


 彼女たちの第一声の意味が分かった。

 俺を”すごい王子様”と言った理由が。


 艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。

 顔立ちはとんでもなく美形の、

 ”ザ・王子”という見た目だったのだ。

 なんかもう、意味もなくキラキラしている。


 ……この顔で、クズなんだな? 俺。


 キラキラ☆クズ王子の姿を記念に写真が撮りたくなり、

 いつもの癖でズボンのポケットに手を入れた。

 スマホがあるわけないのに……?!


「あった! いや、なかった!」

 俺はポケットから手のひらサイズのものを取り出して叫ぶ。

 それは緑色の石で出来た薄い板だった。


「……何が?」

 エリザベートが冷たい目で尋ねてきたので、

 俺はそれを見せて説明する。


「スマホがあったと思ったら、違うのがあった」

「何、その板」

「わからない。王子(こいつ)の持ち物だろ」


 するとフィオナが叫んだ。

「私のポーチにも同じものが入ってました!」

 それを聞き、エリザベートが慌てて自分のバッグを覗く。

「……この人も持ってるわ」

 そういって、同じ緑の板を取り出す。


 大きさ・形状はスマホだが、半透明な緑色をした石板だ。

「この世界ではこれが流行ってんのか?」

 俺は手のひらで、それをスマホのように持った。


 すると、ふわっと表面が明るくなり

 文字が浮き出てきたのだ。

 まるで電源が入ったかのように。


「なにこれ! もしかして自動的に起動したの?」

 エリザベートが叫ぶ。

 彼女たちも、自分の板を同じように持っている。

 おそらく同様のことが起ったようだ。



『シュニエンダール物語』



 画面には、何かのタイトルが書かれていた。

 ”シュニエンダール”は確か、この国の名前だったな。


 そっとその文字を触れてみると、

 ”あらすじ”という見出しとともに、

 長々と文章が表示される。

 建国から続くダラダラとした内容をスクロールすると。


 いきなり衝撃の結末にたどり着いた。


 ”この国の第三王子レオナルドは王命に反し、

 公爵令嬢との婚約を勝手に破棄し

 偽の聖女を自分の妃にする、と宣言した。


 その日を境に、彼らは放蕩と怠惰、

 浪費と姦淫の限りを尽くして過ごしたといわれ。


 人民の湧き上がる不満を解消するため、

 王子は七日間、広場でムチ打ちを受けた後、

 民衆からの投石によって死亡する。


 公爵令嬢は

 ”勝手な婚約破棄を恨み、

 その魔力を使って王家の殺害を目論んだ”

 として、拷問のすえ火あぶりに処される。


 偽の聖女は

 ”王家と人民を(たばか)った罪”で、

 娼館で昼夜無く働かされた一ヶ月後、

 治水のために生きたまま人柱として埋められた。


 そうして、この国に平和が訪れたのだ”


 俺たちは顔面蒼白のまま、手のひらの石板を見つめる。


 全員が、恐ろしく悲惨な目にあう人物へと

 異世界転移してしまったようだ。



「ええっ……そんな」

「ひどい!」

 全員が自分の板を眺めており、

 自分たちの行く末を知ったのだろう。

 エリザベートは顔をこわばらせ、

 フィオナもすでに泣きそうな顔をしている。


「この王子、今までも結構ひどい扱いなんだけど……

 なんだよ、この結末は!」

 少しずつ掘り起こされていく、この王子の記憶。


 父親である国王を始め、王族は彼を馬鹿にし、

 ストレス解消の道具にして楽しんでいる。


 第三夫人だった母親はすでに亡くなっていた。

 彼は完全に孤立無援の状態だ。

 だから彼の自己肯定感など地に落ちたのだろう。


 上の二人の兄たちは最上級のものを与えられ、

 多くの侍従や兵に守られながら、帝王学を学んだ。

 しかしレオナルドには常に”必要最低限”。


 何より憤りを感じるのが、レオナルド(この男)が”クズ王子”だというのは

 王族による国民に対する”情報操作”だったのだ。

 つまり女性関係も、暴力も、浪費も……

 すべて虚偽の”報道”であり、コイツは悪事などしていない。


 王族は徹底的に、レオナルドを無能で害悪な人物として仕立てていた。

 何故だ? 上の二人の王子たちが”優秀で素晴らしい人材”だと

 アピールするためだろうか? ……それにしても。


 エリザベートが腹立たし気にうなずく。

「この国はさんざん(この人)の魔力を利用しておいて、

 火あぶりってなんなのよ!」

 俺も幼馴染だから事情はわかっている。


 闇魔法に長けているのは、公爵家として名誉なことだ。

 しかし問題は桁外れのパワーだったことと、

 息子ではなく娘だった、ということらしい。


 実の親でさえ力を恐れたのか、その理由はよくわからないが

 彼女を厳しく育て上げ、責務を山ほど背負わせたのだ。

 両親みずからが”妻にするには不向きな娘”と喧伝しながら。


 だからエリザベートは幼い頃から、

 舞踏会だのお茶会だのには参加せず、

 訓練と公務に追われる毎日だったのだ。


(この子)が聖女になったのも、教会が勝手に決めたんです!

 気が付いたら聖女になってて、

 出来ないことも出来るってされてて!」

 フィオナも悲しげに言う。

 俺は……まあその、それなりに親密だったから知っている。


 各地に点在する教会が競い合い、

 自分のところから聖女を出そうと躍起(やっき)になり

 孤児院から治癒の力を持つフィオナをスカウトし、

 聖女として(まつり)り上げたのだ。

 ……報奨金と教会への活動費目当てに。


 濡れ衣や能力の搾取、立場の弱い者を不正利用。

 彼らの境遇を知っていくうち、

 俺の中の焦りや恐怖が薄れていく。


 代わりに生まれたのは、

 こんな理不尽が許されていいのか?という疑問、そして。


 いいわけねえだろ!、という強い怒りだった。


星や評価、励みになります!

よろしくお願いいたします。

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