1.悲惨な異世界転移
1.悲惨な異世界転移
俺が駅から自宅まで帰る途中、
近道しようと公園を歩いていた時。
稲光が空全体に光ったと思ったその瞬間。
「うわあっ!」
爆音とともに、ものすごい衝撃が体に走った。
世界が振動しながら発光した後、急に暗転し……。
************
……気が付くと、俺はうつ伏せで倒れていた。
「……クラクラする……なんだ今の?」
頭を押さえながら起き上がろうとすると。
「雷が王子に落ちたぞ!」
「え?王子に?! 死んで……なさそうだな」
「王子の様子が変だぞ。まあ、いつものことか」
何やら辺りが騒がしい。
さっきまで公園は無人だったのに。
ん?……おうじ? 王子って誰だ?
俺はよろよろと立ち上がり、
やっとのことで目を開ける。
最初に見えたのは、長い黒髪の女だった。
俯いて、両手で顔を覆ったまま立っている。
あれ、この人、ずいぶん豪華なドレス着てるな。
もしかしてコスプレイヤーか?
「え……うそ」
俺の横でかぼそい声がしたので見てみると、
床に座り込んだ銀髪の女がいた。
彼女は両手を口に当て、紫色の目を見開いている。
……うわあ、こっちのコスプレもクオリティ高いなあ。
などと思っていながら、ふと見下ろしてみると。
俺の恰好は着ていたはずのカジュアルな服から、
ロイヤルブルーの生地に金の刺繍が施された、
中世貴族のような服に変わっていたのだ。
なんだこりゃあ!!!
「……あ、すごい王子様」
目の前の黒髪が顔をあげ、俺を見てつぶやく。
ウェーブのかかった長い黒髪、
赤く大きな瞳が印象的なものすごい美女だった。
その綺麗な顔をポカンとさせ、俺を見ている。
「本当、すっごい王子様」
俺の横の銀髪美少女も、こちらを向いて驚いている。
二人とも俺にドン引きしているように見えた。
なんだよ、すごい王子様って。
……まさか!
「「「はっ!」」」
俺たちは、ほぼ同時に我に返り、
ばばばっ!と周囲を見渡した。
俺たちを遠巻きにしながら、
ドレスや貴族のような服を着た男女や
侍従と思われる衣装の人々が、
心配そうに……いや、興味深げな薄笑いを浮かべ
俺たちを見守っている。
そのうちの一人が俺に問いかけてくる。
「雷が直撃されたのです。
お体は大丈夫そう……ですね、残念」
今、残念って言ったよな?
言葉は案じている体だが、まったく心はこもっていない。
周囲の人々も”なんだ生きてるのか”などと少しガッカリした様子で
こそこそ話し合っている……ひでえな。
しかし、カミナリが直撃だと?!
「雷だって? ……死ななくて良かった!」
思わず小さく叫んだ俺に、黒髪の美女が言う。
「いや、雷に打たれて無事な確率は低いでしょ。
さっきのあれ、本当に雷なの?」
それを聞き、見ていたらしき男がうなずいて言う。
「はい、確かに雷でした!
殿下と聖女様と……公爵令嬢様に直撃したのです」
俺たち三人は顔を見合わせた後。
殿下と。(二人が俺を見る)
聖女と。(俺と黒髪の女が銀髪を見る)
公爵令嬢。(俺と銀髪の女が黒髪を見る)
「ええ! 確かに天から光の筋が落ちてきて!
”青い稲妻”なんて初めて見ましたわ!」
「”感電”した方を見たのも初めてですわ~!」
いやー、すごかったね、などと、
野次馬たちは口々に興奮気味に話し始める。
「これは何かの天罰……天啓でしょうか」
「ああ! きっとそうだ」
違うそうじゃない。
俺はなんとなく気が付いていた。
これは天罰でも天啓でもなく。
「”青いイナズマ”って曲名じゃなかった? 実在するの?」
黒髪の女がつぶやき、銀髪の女がうなずきながら言う。
「”感電”も曲名だけど……まさか自分が体験するなんて」
それを聞いて俺は確信する。
この二人も、俺と一緒だ。
俺は二人を手招きし、頭を寄せ合い、
運動部がエイエイオーするような円陣を組んで言う。
「なあ、これって……」
二人はうなずく。
「「「異世界転移」」」
ですよね、よね、だよな。
語尾以外の、三人の言葉が重なる。
ほんとにあった異世界転移。
************
念入りに作戦を練る運動チームのように
円陣を組んだまま、俺たちは小声で話し合った。
「とにかくこの状況をなんとかしないとな」
黒髪の女はうなずいて、俺たちに問いかける。
「自分が誰かとか、思い出せそう?」
俺たちはそろって薄目になり、
それぞれがシンキングタイムを取った。
人生の走馬灯が、光の速さで駆け抜けていく。
記憶は容易に取り出せたが……しかし。
「……俺はこの国の第三王子だ。
それも、ものすごい嫌われ者のクズ王子」
怒涛のように流れ込んできた、屈辱と悲哀に満ちた記憶。
眉をしかめる俺の言葉に、黒髪の女が激しくうなずく。
「そうそうクズ野郎。
私という婚約者がいながら
聖女と浮気してたクズ野郎。
……そんな私は”非情で残酷な戦闘狂”と呼ばれる公爵令嬢よ」
こいつ、二回もクズ野郎って言ったな。
しかし彼女はそう言いながらも暗い顔をしていた。
その理由は俺も分かっている。俺と彼女は幼馴染。
彼女もまた、公爵令嬢とは思えぬほどの過酷な境遇なのだ。
銀髪の女が申し訳なさそうに彼女に言う。
「私がその、聖女なのね……。でも実は、
たいした力もないのに聖女にされてしまって
相当追い詰められているみたいなの……私」
その通りだ。孤児だった彼女は、
ほんとは簡単な治癒くらいしかできないのに
周囲の大人たちにあっという間に”聖女”として祭り上げられ、
いつバレるかわからない危険に晒されて暮らしているのだ。
俺たち全員が間違いなく、
かなりの”問題アリ人物”へと転移してしまったのだ。
”能力が極めて低く性格も最悪、遊んでばかりのクズ王子”
だと人民にも貴族にも嫌われている、俺。
”強力な魔術ばかりを使いこなし、残酷で冷酷”
と皆から恐れられる孤独な公爵令嬢。
”聖女なのに、たいした能力も活躍も見せてない”
と国中から不満と疑惑が高まるばかりの聖女。
頭の中を探れば探るほど、
出てくるのは王族とは思えないほどに惨めな扱いと
虐げられ、屈辱にまみれたこれまでの記憶だ。
他の二人も同様らしく、
「最悪じゃない……なんで、こんな酷い扱い……」
「そんな、これじゃ”人生谷あり、谷しかない”です!」
などとつぶやきながら、
自分の生い立ちや置かれている境遇に震えている。
異世界転生というだけでも衝撃なのに、
まさかこんな悲惨な人物に転移させられるとは。
片手で額を抑えつつ、俺はそっと周囲を見渡す。
周囲には貴族や侍従、そして騎士らしき人々が立っていた。
その誰ひとりとして、心配する様子を見せていない。
口元に薄笑いを浮かべ、小声でコソコソ話し合っている。
「……厄介者ほど長生きするっていうからなあ」
「雷でも無傷とは。化け物じみていると聞いてはいたが」
「怪しい聖女に天罰が落ちたのかと思いましたわ」
現代人はたいていのシーンで、
巧妙に悪意や侮蔑の感情を隠すものだ。
でもこいつらはあまりにもストレートに
”それ”をぶつけてくる。
「死んでも損害がないところか、国費の無駄が消えたろうに」
「恐ろしい事ですわ。魔女と言う噂は本当かもしれなくてよ?」
「あんな女、清らかかどうか怪しいもんだ」
俺が王族でも、彼女たちが公爵令嬢でも聖女でも関係ない。
”侮辱をしてもかまわない存在”だと
俺たちは位置づけられているようだ。
転移者だから当たり前といえば当たり前だが。
……これじゃ、アウェイにも程があるだろ!
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