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gni  作者: 坡畳
17/31

17 神殿襲撃

 ——おれは今の自分に対して、ダメージを受けている。

 苦手なことでもやり続ければ自分を変えられると思っていたのに、二年間何も変えられていなかった。

 おれはあの新人のような笑顔を、未だに作れないのだから。


〈ベスタとはどこまでいったんだい?〉

「水族館まで行きましたよ」

〈そうかいそうかい〉


 そもそも、自分を変えようとはしていなかったのだと……イヌ後輩と初めて話して気が付いた。

 おれは他人を避け、自分が傷付かないようにしていただけだ。

 ベスタを傷付けたくないなんてのは、ベスタとは向き合わず《《そういうこと》》にしておけば自分を守れるからであって、ベスタのためを想っていた訳ではない。

 ひとたび自分を変えようとすれば、悪寒が走り、まともでいられなくなる。

 プライスの死に甘えて、自己嫌悪に酔いしれ無気力に生きる自分がダイジで仕方ない。

 そういう気持ちの悪いやつだ、おれは。


〈ベスタの好きなものは知ってる?〉

「カタナ島で自家栽培してる巨大トマト」

〈おお、ベスタはそう言ってくれてるんだ〉


 このまま死ねば、約束は遂げられるが。

 逃げ続けたままこの世から消えることでもある。

 おれは、プライスと出会ったこの人生を本当に、そんな風に終わらせたいのか?

 プライスはよき友人だったと、自信を持って言える方向へと向かうべきではないのか?


〈ベスタのことはどう思っているんだい?〉

「好きですよ。でもおれじゃ見合わない」

〈まあそこは、気持ちの問題だね〉


 ——死んだ後の自分はどうなるのだろうかと、時々考えていたが。

 死後の世界がもしないのだとしたら、それに甘えて死んでしまいたい。

 けどもしあって、そこにプライスがいるのだとしたら。

 今のおれでは顔向けできない。

 ベスタからプライスの自殺理由を聞いた後、どんな理由だったとしても……感謝されて毛が逆立つなんてのは何とかしておきたい。

 プライス。どうか、死後の世界で待っていないでくれ。

 おれは正直、生きることに疲れてる。

 楽しいことも悲しいことも、何も感じたくはない。考えたくもない。

 もう終わりにしたい。


〈それにしても、堪能したよ。ファミレスは面白い場所だった!〉

「そうですか」


 神殿に着き、ジェミニ様の腕から降ろしてもらう。


 なんだか、神殿内が散らかっているような。

 ……いいやこれは、ただならぬ雰囲気だ。

 床のカーペットは切り裂かれており、あちこちには呉座と縄で巻かれた獣人が横たわっている。


「おい、そこの人。助けてくれ」


 助けたくない。

 見るところによるとこの人は無力化された後だし、カーペットは爪か何かで切り裂かれている。

 つまり、呉座巻きになったこの人物は切り裂かれていてもおかしくなかったのに、生きているのは怪しいのだ。


「ジェミニ様、何やらただならぬ雰囲気です。もしも神殿内が危険な状態になっているのなら、第一感の力で今すぐ止めていただけませんか?」

〈あー……ワシはベスタほど器用でなくて。今は都市の監視で手一杯なんだ〉

「じゃあ、事故起きないっていうのは嘘だったんですか?」


 とてもイヤな予感がする。

 もしここが何者かに襲撃されているのだとしたら。

 ベスタが病気になっているこのタイミングを狙った計画的な襲撃が、今起きているのだとしたら、ベスタが危ない。

 とにかく、ベスタの無事を確かめないと。


「おーい、聞こえなかったか? 助けてくれ」

「あとで助けます!」


 廊下を走っていると、所々で呉座巻きの人を見かけた。

 やはり、神殿の職員でもキャストでもなさそうな……でも、どこかで見たような雰囲気だ。

 なんなんだ、この人たちは。


 ベスタの部屋の入口には、呉座巻きの人が大量にいた。

 それを転がして退かし、ドアを開く。


「ベスタ、メイド長、大丈夫ですか!?」


 メイド長は眠っているベスタを撫でながら、静かに頷く。

 ……何やら背後に気配を感じる。

 振り向くと、イノシシ種が肉切り包丁のようなものを大きく振り上げていた——。


 身構えることもできないまま見上げていると、その首と手に黒い腕が巻き付く。

 イノシシ種は目をギョロギョロとさせ、それが上を向いていき白目を剥いた。

 その手から滑り落ちる包丁の柄を、ワースは掴み取って床へ転がす。

 包丁はシャラシャラ音を立てて、壁際に止まる。


「無事だな」

「助かった……ありがとう。にしても、何が起きてるんだ? コイツら、地下の信獣たちなのか?」

「数名はそうだ。この刃物は厨房から盗んだものだろう」


 ワースは、イノシシ種の男を呉座で巻き、縄で縛った。

 その呉座はどこから出てきたのか。

 それに、動けなくするなら縄だけでいいような。

 ……気にしても仕方ないか。


《都市にはベスタのことを嫌う連中がいると聞いた。恐らくはその類いが神殿の者と内通しており、ベスタの倒れたこの瞬間に脱走させたのではないか?》


 ジェミニはその口を手で掴むように覆いながら、こちらとワースの方を見る。


「地下入り口の監視カメラを確認すれば、関係者の一人くらいは分かる。地下扉のカギをどうやって開けたかも含め、ソイツを尋問する」

《そんなものがあったか。なら話は早いね》


 ジェミニ様怪しいな。

 でもジェミニ様は、ここへ来てからおれと一緒にいたし……第一感で協力者相手にテレパスを送っていたとしても、そもそもの動機が掴めない。

 自分の子供がいる場所を襲う理由なんて、とてもあるようには……。


「フィルとジェミニはここにいろ。避難の確認とキャストの人数確認を済ませたら、様子を見にくる。その時、メイド長以外はドアを開けるなよ」


 ワースは部屋から出ていった。

 滅多にない緊急事態だろうに、手慣れた様子に見える。

 そういうとこしっかりしてるんだな。


 とりあえず床に座る。

 ベスタは眠ってるし、これ以上騒がしくするのはよそう。


 メイド長がおれの隣に座り、紙とペンを渡してくる。

 紙には、外で少し話したいことがありますと書いてある。

 話し声で起こしたくはないから、これを渡してきたのだろうか。

 メイド長もそういう気遣いするんだな。

 

 ベスタの方を見ると、ジェミニ様がその寝ている様子を間近で眺め、愛おしそうに目を細めていた。


 おれが部屋の外に出ると、メイド長は真後ろにくっつきながら歩く。

 鼻息が後ろ髪に当たるし、メイド長の体温と切迫感のようなものを感じて心地が悪い。

 振り向くと、メイド長はその鼻先をこちらの鼻に押し当ててくる。

 無表情だが、怒っているのかこれは。


「地下の信獣が脱走し、メイドとバトラーの数名が軽傷を負う事態となりました。ワースがフィル様を監視しにいくと、出掛けようとした直後にこの有様です。アナタ、何か知ってはいませんか?」

「知りませんよ。戻った時にはもう神殿は荒れてて、呉座巻きの人が転がってました」


 まっすぐと見下ろしてくる目に対し、つい眉間に力が入る。

 話の内容自体は状況を整理しようとしているように思えるが、おれを疑っているのか?

 離れようとすると、そのまま壁際まで追い詰められた。

 ……鼻で相撲させられてる気分だ。


「ジェミニ様とはどんな会話を?」

「特には。外食は初めて行くだとか、親には年一回は会っておけとか、そういう話です」

「なるほど。念のため忠告しておきます。都市からは絶対に出ないでください。出る場合はベスタ様と一緒にです」

「なぜ……」


 メイド長の顔が離れる。

 彼女は険しい表情のままギュッと拳を握り、両腕を震わせていた。


「アナタがもし命を落とせば、ベスタ様は立ち直れない」


 なぜそう断定するのか……。

 ベスタがそれほど強い心の持ち主ではないことなら分かってきている。

 だけど、出会って数日の相手がいなくなっても、深くは傷付かないものじゃないか?

 メイド長はドアを開け、先に入れとでも言うように、まっすぐ見てくる。

 部屋に戻ると、ベスタはふらふらとベッドから出て机の前に座り込んだ。

 そうしてこちらへ笑顔を向ける。


「フィル、おいで」


 机では、ジェミニが書類を片付けている。

 おれがベスタの隣に座ると、ベスタは肩を寄せてきた。

 入口の方から、メイド長が無表情でこちらを眺めている。

 ……例えおれが行方をくらませるだけでもベスタは悲しむと、そう言いたげに見える。

 ベスタは目を瞑り、スンスンと匂いを嗅ぐ。


「ベスタ様、寝なくて大丈夫なんですか?」

「今は私だけが感じ取れる世界で、五感を使って過ごしたいの。(スンスン)……フィルくんって、香ばしい匂いなんだね」


 自分の腕を鼻に近づけ、匂いを嗅いでみる。

 柔らかく清潔な香りだ。


「ボディーソープの匂いですよ」


 ん、メイド長が近づいて来る……と思ったら通り過ぎていった。


「ジェミニ様、来てください」

《何だ? 今度はワシか? ま、無言で連れて行かれないだけワシも尊敬されてきたってとこかね》

「そうですね」


 ベスタとおれの邪魔をしたくはないという風に、メイド長は仕事中のジェミニを連れて部屋から出て行った。


「違うよ、フィルはかつお節の匂いがする」

「……かつお節ですか」

「ずっと嗅いでいられるよ」


 再度節々まで腕を嗅いでみるも、ボディーソープの匂いしかしない。

 ベスタ自身の鼻汁の匂いではなかろうか。


「フィルって五感で声を聞いても、やっぱりカッコいいよ。それにかわいい見た目」

「そんなふうに褒められても。……ベスタ様は葉っぱの匂いするし、かわいい声と見た目です。どうですか? こんなこと言われても困るでしょう」

「ううん。嬉しいよ」


 ベスタはおれの両手に触れて、安堵するかのように目を瞑る。


「フィルにはね、私の声で伝えたかったことがあるの」

「なんだ?」


 まさか付き合ってとか、そういうことを言うのでは。

 ……正直付き合いたくない。

 ベスタには、おれよりいい相手がたくさんいる。

 頬に力を入れ身構えていると、ベスタの開いた目はキラキラしていた。


「この数日でフィルは少しずつ、自分を出せるようになってきてる。パルサちゃんに優しい言葉をかけた時からだね。コギトさんを一人、前向きにもさせたし。今関わってるイドさんも、フィルと過ごし始めてから状態がよくなってきた。本当にすごいことだよ」


 なんだ、そっちの話か。

 ……おれが自分を出せるようになってきてる、ねえ。

 考えてみればそうかもしれない。

 都市へ来て、ベスタから声を掛けられるまでは、人と会話という会話をしてこなかった。


「交換条件なんて忘れて、このままずっと一緒に働いてくれたらいいのに。……なんて、ムリにお願いしておいて都合良すぎるかな」

「嬉しいですけど、プライスの自殺理由を聞いたら地元に帰るつもりです。まだ親孝行もできていませんし」

「そうなんだ、帰るんだね」


 強引なところのあるベスタなら引き留めてくる、そう思っていたのに意外な答えだ。


「それならフィルに付いていって、都市のことは少しの間アリエスちゃんに任せようかな……ね! お母様!」

《ん? ああ。構わないよ、アリエスになら代わりが務まると思う。引っ込み思案なところが少し引っかかるけどね》


 え? 付いてくる……だと……?

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