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gni  作者: 坡畳
15/31

15 年に一度

 ——翌朝。

 今日は特に快眠だったが、携帯で時間を確認した後に何かが起きていることに気がつく。

 急いで布団を三つ折りにし、ベスタの部屋へと向かう。

 まだ数日の付き合いとはいえ、毎朝おれを起こしに来ていたベスタが来ないのだ、これはおかしい。

 何かあったんじゃないか心配だ……。


「ベスタ!」


 バタッとドアを開けると、ベスタはベッドでうずくまっていた。


「あ、寝てたんですか。寝坊なんて珍しい」

「フィル、おはよう! ……それとごめん、何だか体調が優れなくて」


 鼻声……というか、ベスタが口で喋ってる!?

 声色はテレパスの時と同じで透明感があるものの、少し舌っ足らずで歳相応な感じだ。

 鼻汁を垂らすベスタに、近くにあったティッシュを渡す。

 ベスタが手を動かさないので鼻元まで持っていくと、スースーと鼻をかむ。


「風邪ひいたんですか?」

「うん。年に一度はこうして体調を崩してしまって、第一感を使えなくなるの。でもね! 五感は使えるようになるんだあ」


 随分と顔が赤いし、目は潤んでる。

 鼻先は乾いていて、ベスタの額に手を当てるとすごく熱い。


「フィル、私の代わりをしてくれる別の神類を呼んであるから、今日はその人にお弁当を作ってもらってね」

「ベスタ様、絶対にムリしないでください。誰が死にかけようと、ゆっくり休んでくださいよ」


 ……ベスタの代わりから弁当作ってもらうって、どういうことだ。

 部屋にワースとメイド長が入ってくる。


「来ていたか、フィル。ベスタのことはメイド長が見ておく。アンタはオレとヘリポートまで一緒に来い」

「分かった」


 おれとワースは塔の裏口にあるスロープに立ち、手すりを掴んですぐ目の前を眺めながら、神類の到着を待つ。

 崖ぎわの地面にはどでかいHマークがあり、所々の分厚いガラス越しにはライトが埋まっているのが見える。

 ホント、神殿は金かかってるな。


 ——バババババ……


 ヘリコプターの空を切る音が近づいてきた。

 スネアテにいた神類はタウロスという髪も体毛もないツルツル牛男だったが、町を任されてる神類が代わりで来る訳ないし……誰が来るのだろう。


 だが着陸したヘリコプターから降りたのは、見たことのある姿だった。

 小麦色をした体毛のウサギ種で垂れ耳と金髪、髪型はショートに変わっていて、服は水色のワンピース。

 この方は、ジェミニ様で間違いない。

 にしてもこんなに胸は大きかったか?

 少し違和感がある。

 ヘリの運転席からもう一人、大柄で赤茶の体毛をしたクマ種が降りて、ヘリの傍に立ち止まる。

 ワースと同じで、このクマ種には髪がないものの黒シャツを着てて若干いかつい。


《出迎えご苦労様。ワース……と、そこのネコさんは?》

「ベスタがよく話してたろ。《《王子様》》だ」

《ハハァ、君があの《《王子様》》……》


 滑舌が良すぎるというか、少しキンキンする声に耳がピクリとする。

 ……王子様って。

 ベスタはおれと会う前、そんな風に呼んでたのか。

 ニヤリとしながら目を光らせるジェミニ様に対し、お辞儀する。


「初めまして、フィルと言います」

《ワシはジェミニ。……そうかそうか、君がねえ》


 おれの周りを一匹のコウモリが飛び回り、ひとしきり見た後ジェミニ様の肩へと乗る。


《早速ベスタの部屋に行って、話でもしていようか》

「オレはやめておく。アンタとは話したくない、苦手だ」

《正直だねえ》


 ワースはすぐ近くのドアを開け、塔の中を通っていった。

 そうか、ジェミニ様と話したくないからおれを呼んでいたか。

 というか話でもって、何だそれ。

 今は緊急事態じゃないのか?


「おれもやめときます。本来ならベスタ様の手伝いがありますし。アナタも来たんならベスタ様の代わり、ちゃんとやってください」

〈いいんだよ。あの子が体調を崩すような日は特別でさ、事故起きないから〉

「なら来なくてもよかったのでは」


 ジェミニ様はフフフと優しく笑う。

 笑うところではないと思うのだが?


〈あの子は忙しいからね。会えるような機会は、この年一回だけなんだ〉


 その遠くを見る意味ありげな表情に、少し考える。

 おれでさえ一緒にいる時間は長いんだから、そんなことなさそうだけど……いいや、ジェミニ様側の都合もあるか。


〈移動しようか〉

「はい」


 ふと振り向く。

 クマ種の人がお辞儀したので、お辞儀を返してから向かおうとすると、ジェミニ様が苦い顔をしていた。


「どうかされましたか?」

〈いやいや、別に。さ、行こう〉


 ……今のも意味ありげな感じだったけど。

 とりあえず、廊下を進む。

 塔を抜け、庭園を通り、その先にある神殿へと入る。


〈君。親御さんは元気かい?〉

「元気ですよ。たまに連絡きます」

〈それはそれは。会いには行っているのかな?〉


 そういえば、お盆の時に母からチャットアプリで声を掛けられながらも、休日祝日は忙しいので帰れないとばかり送っていた。

 家族とは、二年ほど会っていない。


「いいえ」

〈年に一回ぐらいは帰ってやんな。親の様子、たまには見に行かないと。自分を見失っちまうし、何より親は心配してるからね〉

「そうですかね」


 ジェミニ様から体を持ち上げられ、そのまま抱っこされる。

 ……胸が顔にぶつかった。


「ちょっと、やめてください」

〈これでベスタより年上ねえ。小柄な子たちはかわいいもんだ〉


 くっ、触りたがりめ。

 ジェミニ様はフフフと笑いながら、ベスタの部屋のドアを開けた。

 ベスタの耳がグッとこちらを向く。

 奥にはメイド長が見える。

 ご飯を食べさせているようだ。

 ベスタが辛そうな笑顔をおれたちへと向けた。


「お母様、来てくれましたか!」

《当然でしょ? 娘のピンチなんだから》

「それよりも……フィルをそんな風に扱わないでください! 一体どういうつもりなんですか!」


 珍しく激怒するベスタに対し、はいはい、とジェミニ様はおれの体を床へ降ろした。

 ベスタは起き上がろうとするが、腕を震わせたのちにベッドへ崩れていく。

 

「あああ……起きられない」

《ベスタ、メイド長。こんにちは》


 メイド長がジェミニ様に向かって会釈する。

 そういえば、まだ朝飯を食べてなかった。

 ここへ持ってきて一緒に食べるか。


「自分の分のご飯を持ってきます。ジェミニ様は食べてきましたか?」

《まあ、軽く》

「では一人分ですかね」


 おれが出ようとすると、ジェミニ様から両肩をクロスして掴まれ、ぐるっと反対側を向かされてベスタの方へと押された。


《ワシが持ってくるよ。ベスタとゆっくり話していたまえ》

「普段から話してますよ」

《体調が悪いとはいえ、ベスタにとっては自分の五感で過ごせる貴重な日なんだ。抱きしめてやってくれ》


 ジェミニは背を向けたまま、よろしくとでも言うように左手を開いたまま上げ、部屋から出ていく。


「フィル。母様は何か言ってた?」

「特には」


 おれはベッドごと、ベスタを抱き寄せる。

 いいや、抱き寄せていると言うよりはただベッドに腕を添えて胸元に寄せただけだが、ベスタは目をウルウルとさせた。

 ベスタのそんな表情を見て、何だか胸の中がむず痒くなる。


「ううっ、ごめんねフィル。私は……」


 悪い夢でも見たのだろうか。

 おれがいなくなる夢とか……?

 なんとか落ち着かせたいのだが、どうすればいいのやら。

 ……いいや、おれは何を考えてる。

 まだ会ってからの日は浅い。

 死ぬのが早ければ早いほど、立ち直るのも早いはず。

 ベスタだって、風邪の症状で鼻水が出てるからこんな涙声なのだろう。

 こんなことで動揺してちゃダメだ。


 メイド長は奥の執務机にあるオムレツとシチューを、ベスタにあーんさせながら食べさせていく。

 途中、メイド長は手を止めてこちらを見た。


「アナタがやりなさい」

「ええ、やりますよ」


 執務机のトレイには、二人分の料理があった。

 少し水かさの減っているスープを、横になっているベスタの口元へと運ぶ。

 開いたベスタの口にスプーンをいれて、傾けていく。


「おいしい?」

「うん、サイコー!」


  泣ぐみながらそう言われても。

 ……メイド長の方を見ると、少ししゃがみ、こちらへ口を開けていた。

 それは何か、違うのではないだろうか。


 ベスタとメイド長、交互にご飯を食べさせていると、トントンとドアが叩かれ、ジェミニ様が戻ってきた。


《……メイド長。キミは自分で食べられるじゃないか?》

「ちょっとした休憩ですよ」


 メイド長はぷいと後ろを向くと、机の引き出しから携帯を取り出し、ジェミニ様の持つトレイと交換する。


「要領は覚えていますね? さ、早く仕事を始めてください。マッピングを終えたら、ご飯食べてもいいですよ」

《人使いが荒いねえ》


 二人にご飯を食べさせ終わる。

 メイド長は椅子に座り、別の引き出しから書類やペンを引っ張り出して、机で作業を始めた。

 ベスタの方はウトウトし始め、時々ボーっとこちらを眺める。


「フィル。せっかくなのに、眠くなってきちゃった」

「寝ててください。五感よりも第一感の方が扱いやすいでしょうし、元気になってからまた話しましょう」

「うん」


 ベスタは目を閉じ、すぐに寝息を立てる。


《フィル、キミとは少し話したいことがある。ベスタの看病はメイド長に任せて、少しお出かけしようか》

「分かりました」


 話したいこと……。

 おれが死にづらくなるようなことじゃなければいいのだが。


「それで、どこへ行きますか?」

《キミの働いていたファミレスなんかどうだい?》

「いいですよ」


 ジェミニ様は携帯を机に置く。

 よくはないけど、まあ様子は気になる。

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