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聖女は、天気を変えるだけ〜国外追放されましたが、天気の力で自分の運命を切り開きます〜

作者: 夢生明



「ウェンディ、お前を国外追放する!」

「……!」


 第一王子・ドミニクに唐突に追放を言い渡されて、私は咄嗟に言葉が出なかった。


 私の名前は、ウェンディ。水色の髪と蜂蜜色の瞳を持つ私は、聖女として王宮で働いているんだけど……。


 いきなり王子に呼び出されたかと思えば、国外追放を言い渡されてしまった。


「お前は、俺の愛しのメリッサを虐めただろう! 彼女への罵詈雑言を浴びせ、服や物を隠す、水をかけるなどの嫌がらせの数々……俺はお前を許さないぞ!」


 彼の隣には伯爵家出身で黒髪の妖艶な美少女がおり、彼の腕に巻き付いて泣いたフリをしている。

 当たり前だけど、私は彼女を虐めたことなんてない。むしろ伯爵家出身の彼女の方が、平民でありながら聖女として王宮で働いている私のことを気に入らないと、嫌がらせをしてきたくらいなのだ。


「お待ち下さい。私が虐めをしたなんて事実無根です。それに、私はこの国の聖女です。追放すれば……」

「ふん、何が聖女だ。お前は“天気を変えること”しか出来ない聖女のくせに!」

「……っ」


 彼の言う通り、私は「天気を変える」だけの聖女である。

 普通の聖女は、怪我や病気を癒す、結界を張るなどといった特別な力を扱うことができる。しかし、王宮勤めをする複数人いる聖女の中で、私は天気を変えることしか出来なかったのだ。


 それでも、私はこの力を使ってこの国に貢献してきたつもりだ。

 天候による災害が起きないように力を使い続けたし、国の大事な式典の時は「必ず晴れさせるように」と強く命じられたので、一日中祈りを捧げ続けた。

 最終的には、聖女の力で国全体(、、、)の天気を把握して、農作物の収穫率が上がるように天気を操作したりもした。

 年中休みがないので体はクタクタだったけれど、それでも「天気を変えるだけで役に立たない」と見捨てられないように頑張ってきたのだ……。


「聖女の印が体に現れたからと引き取ったが……こんなちっぽけな力しか使えず、俺のメリッサを虐めるなんて、偽聖女に違いない。お前は追放だ!」

「そんな、お待ちください……!」


 しかし、私の懇願は受け入れられることはなく、衛兵に引きずられて、王宮の外に放り出されてしまった。



☆☆☆




「ここから先は、お前一人で行きな」


 そう言われて放り出されたのは、隣国に位置する魔物の森だった。


 私の追放先となったのは、隣国のエーデル王国。私の母国と同じく太陽神を信仰する国家で、一年の内ほとんどが晴れの日だとか。国境までは馬車で送ってもらえたが、この先は自分で進めということらしい。


 魔物の住まう森に、移動する手段もない私を一人きりで置いていくなんて……まるで死んでくれとでも言われているようだと感じてしまった。


 ああ、ここで死ぬのが私の運命だったのかな。今まで必死に頑張ってきたけれど、誰にも認められなかったし、報われなかった。


 隣国に行ったとしても、住む家や働き先が見つかるかも分からないし、このまま魔物に食べられて死んでしまおうかな。


 そんなことを思っている時だった。


「うわあああああああああああああああああああ」


 突然、人の叫び声が聞こえてきた。


 何かあったのかと気になって、叫び声のした方に向かってみる。すると、そこには獰猛な魔物であるケルベロスとそれに襲われて腰を抜かしている男性がいた。

 3つの犬の頭を持っているケルベロスは、今にも男性に噛みつきそうな様子であった。


 このままだと、あの男の人が危ない。すぐに助けないと……!


 そう思ったけれど、私には助ける手段がなかった。普通の聖女なら、魔物を浄化して助けることが出来るのに、私には「天気を変えるだけ」の力しか持ってないから、魔物に襲われる人を助けるなんて不可能なんだ。


 でも……。


 このまま見捨てるなんて、私にはできない。



 ……そうだ。前に聖女として働いていた時に、ケルベロスの弱点を聞いたことがあった。私の天気を変える力で、その弱点を突ければ……。


 上手くいくかは分からないけれど、最悪は、私が囮になって、その男の人には逃げてもらえば大丈夫なはずだ。


 私は覚悟を決めて、男の人を庇うようにケルベロスの前に立ちはだかった。そして、ケルベロスが突然の私の登場に戸惑っている間に、私は口を開いた。


「我、天に求む。雨雲を呼び、豪雨を引き起こし、雷鳴を轟かせよ」


 その瞬間、黒い雨雲が私たちの頭上に現れて、雨が降り始めた。そして。


 ゴロゴロゴロ、ピシャーン


 雷が鳴り、大きな音が辺りに轟いた。その瞬間、ケルベロスがその場で動きを止めて、ガタガタと震え始めた。


「い、今のは……⁈」

「考えている時間はありません。さあ、今のうちに逃げましょう!」


 私は男性に手を伸ばして、立ち上がらせた。


「あ、ああ。それなら、俺の馬車があっちにあるから……」


 二人で向かった先には馬車があった。すぐに馬車に乗り込んで、森を抜けることで、私たちは難を逃れることが出来た。




☆☆☆




「俺の名前は、レオンハルト・ユーリアス。レオンと呼んでくれ」

「私の名前は、ウェンディです」

「ウェンディ。改めて、先ほどは助けてくれてありがとう。感謝する」

「いえ、そんな……!」


 金髪の青年……レオンさんに頭を下げられて恐縮してしまう。

 今、私たちは馬車の中で街中を移動していた。雨で服や髪が濡れてしまったので、彼の家で着替えさせてもらえるらしい。家のない私にとっては、ありがたい話だったので、そのまま付いて行くことにした。


「ところで、先ほどは、何故ケルベロスが動きを止めたんだ……?」

「実は、ケルベロスの弱点は、大きな音なんです。ケルベロスの耳は、人間より発達していて、敏感に出来ていますから。つまりワンちゃんと一緒です」

「ワ、ワンちゃんと一緒……」

「だから、天に呼びかけて、雨と雷を呼んだんです」

「雨と雷を呼んだとは? そういう魔法があるのか⁇」

「あ、えっと……。実は私は聖女なんですよ。聖女の力を使って、天気を変えたんです」


 少しだけ言いよどんだけど、隠す必要もないかと思い、すぐに真実を話すことにした。私は聖女の印が出ている左手の甲を見せた。すると、彼は感心したように頷いた。


「聖女にそんな力があったんだな」

「まあ、私には他の聖女の力が使えなくて、それしか出来ないんですけど……」

「そんな卑下することじゃないだろう。天気を変えるなんて、他の誰にも出来ないことじゃないか。誇った方がいい……なんて、すまない。事情を知らない俺が色々言ってしまって」

「い、いえ」


 私は恥ずかしくなって俯く。びっくりした。いつも「天気を変えることしかできない」と蔑まれてきたから。


「あの、私からも質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「何故、魔物の森に一人でいたんですか? あの場所は一人では危険のはずです」

「それは君にも言えることだがな」

「そ、それは……」

「いや、すまない。言いたくないのなら、君のことは追求しない。……実は、俺があの場所にいたのには、実は俺の家の問題を解決するためだったんだ」


 そう言って語り始めた、彼の話。

 なんと彼は、伯爵家の長男らしい。とは言っても、歴史ある伯爵家は没落寸前の状態で、お金がほとんどないらしい。

 それでも現当主である父が資金繰りをしてなんとか新しい事業を始めようとしていたところに、一つの話が舞い込んできた。


「公爵家の当主である男から言われたんだ。俺の妹が愛人になるなら、資金提供してやってもいい」


 二回り以上年上の男性は、沢山の愛人を囲っており、加虐趣味を持っていることで有名な人だったらしい。容姿端麗な彼の妹は、その男性に見初められてしまったらしいのだ。


「父は断ろうとしているのだが、権力の差から、どうしても断り切れない。それに、父の新しい事業を邪魔すると脅され始めているみたいで……」

「ひどい」

「そこで、バカな考えに至ったんだ。今すぐに金さえ手に入れば、妹が愛人になる必要もなくなるし、父が事業を始める必要もなくなる。脅される心配もなくなるんじゃないかって。そして、すぐにお金を手に入れる手段は、魔物を討伐して売り払うくらいだ、と」


 魔物の素材は高い金額で売ることが出来る。そのため、一発逆転を狙って、魔物を狩り、資金を調達できないかと考えたらしい。


「俺の妹は貴族でありながら、ずっと恋愛結婚に憧れているみたいなんだ。いつか運命の恋がしたいと常々言っている」

「運命の恋ですか?」

「ああ、俺はそんな妹を尊重したいと思っている。……でも、本当に俺はバカな男だよ。冷静に考えれば、俺に魔物を倒せるわけなんてないのに」

「バカなんかじゃありませんっ!」


 気付けば、口を挟んでしまっていた。


「権力を使って卑怯なことをする人に抵抗するために、行動することは、バカなことではありません。だって、権力を持ってる人は理不尽にその力を使ってくるから……」


 追放された時のことを思い出す。あの時は、本当に怖かった。だって、簡単には逆らえない人から一方的に責め立てられて、私の居場所を脅かされたんだもの。

 私は抵抗できなかったのに、この人は家族のために行動出来る人なんだ。それだけですごいと思う。


 私の言葉に、レオンさんは微笑んだ。


「ありがとう、ウェンディ。その言葉で、俺はすごく救われた」



 その後、すぐに彼の家……伯爵家の屋敷に辿り着いた。玄関からお邪魔すると、すぐに一人の金髪の美少女がやって来た。


「ミリア、どうしたんだ」

「あの人が来てるの」


 彼女の言葉にレオンさんが険しい表情になった。


「父上は?」

「今は出払っていて……。多分、そのタイミングを見計らったんだと思うわ」

「分かった。俺が対応する。ミリアは俺の客人を部屋に案内してくれ。ウェンディ嬢だ」


 ミリアと呼ばれた女性は、私を見て、すぐにお辞儀をした。


「ウェンディ嬢、こちらは妹のミリアだ。申し訳ないが、彼女に付いて行ってくれ。それでは、失礼する」

「は、はい」


 そう言って彼は去って行ってしまった。


「それじゃあ、ウェンディさん。こちらにどうぞ」

「はい。ありがとうございます」


 ミリアさんに案内されている途中、応接室の中の様子が扉の隙間から見えた。そこには、レオンさんとその向かいに座っている、でっぷりした体型の男性の姿がいた。

 彼は沢山のアクセサリーをジャラジャラつけており、太陽神のシンボルのネックレスを付けていた。


「なあ、早く認めないのかね。あの金髪の娘がワシの家に来ることを」

「しかし、妹にも意志がありますし、愛人という立場はあまりにも……」

「なあ、お前の父親の事業を潰すのは簡単なんだぞ? よーく考えろよ」

「……っ」


 私を案内してくれているミリアさんは、彼等の姿を見て、顔を曇らせていた。


 通された部屋は、応接室のような場所だった。


 着替えを用意してもらっている間に、ミリアさんとお話をする。そこで、レオンさんとはどんな関係なのかと聞かれてしまったので、先ほどの出来事を話した。……もちろん、レオンさんがミリアさんのために魔物を討伐しようとしたことは伏せて。

 私が雨と雷を呼んだことで、魔物から逃げてきたことを話すと、彼女は目を輝かせた。


「すごい! 天気を変えることができるなんて、すごく素敵な力ですね! 大切な日……例えば、結婚式の日に絶対に晴れにできたり……」


 そこまで言ったところで、彼女は言葉を詰まらせた。そして、わずかに瞳に涙を滲ませる。


「す、すみません。実は、さっきの男の人から愛人にならないかって言われていて……。一度しか会ったことがないのに、目をつけられてしまったみたいで、家の事情もあるから、なかなか断ることも出来ないんです」

「……そうなんですね」

「はい。私はずっと運命の人と出会って、恋愛結婚することが夢だったけど……。さっきお兄様があの男に対応をしているのを見た時、これ以上、お兄様を困らせることも出来ないなって思いました」

「そ、そんな……!」


 ミリアさんためにレオンさんは魔物を狩りにまで行ったのに。でも、レオンさんのことを勝手に話すこともできないし……。


 私が言葉に詰まっていると、ちょうどレオンさんが戻って来た。


「ミリア。あの人は帰って行ったから、安心していい」


 レオンさんはそう言うが、すぐにミリアさんは首を横に張った。


「もういいわ、お兄様。私があの人の愛人になる」

「ミリア!」

「仕方ないでしょう。これで我が伯爵家が助かるんだから」

「お前が犠牲になることなんてない」

「でも、お兄様たちがこれ以上苦しんでるところなんて、見たくないのっ」

「ミリア……」


 彼らの話を聞いて、私は何とか力になれないかと思った。

 私には天気を変えることしかできない。


 でも……。


『天気を変えるなんて、他の誰にも出来ないことじゃないか。誇った方がいい』

『天気を変えることができるなんて、すごく素敵な力ね!』


 この素敵な兄妹に幸せになってもらいたい。そのために、天気を変えることだけならできる。


「あの!」


 私が声を上げると、言い争っていた二人が私の方に目を向けた。ドキドキしながら、口を開く。


「私に作戦があるんですけど」




⭐︎⭐︎⭐︎




 次の日。再び男がやって来たので、ミリアさんが男を出迎える。その時、私は外で雨を降らせ始めた。


「いらっしゃいませ」


 この屋敷に通ってから初めて顔を見せたミリアさんに、男は鼻の下を伸ばす。


「ふん。やっと顔を見せてくれたか。相変わらず綺麗な金髪だな」

「恐れ入ります」

「……それにしても、今日は急に雨が降ってきたな。こんな日に顔を見せるとは……」

「最近の私、雨女なんですよ」


 ミリアさんの唐突な言葉に。男は焦ったように口を開いた。


「そ、それは、迷信みたいなものだろう?」

「……そうでしょうか?」


 首を傾げたミリアさんに、男は口をひくつかせた。その日の男は気が散ってしまったそうなので、あまり話も弾まず、すぐに帰って行ってしまった。


 さらに別の日。彼がやって来た。ミリアさんが顔を見せた瞬間、また雨を降らせ始める。男は雨の音が気になるようで、キョロキョロと視線を彷徨わせた。


「あら、どうされたんですか?」

「い、いや。何でもない」


 ミリアの質問に男は首を振ったが、その日もすぐに帰って行ってしまった。


 少しだけ男がやって来ない日が続いたので、今度はミリアさんの方から男のいる公爵家へと出向いた。ミリアさんの歩みに合わせて雨が降るようにコントロールする。


 ミリアを出迎えた男は、ミリアさんが雨と共にやって来たのを見ると、顔をひくつかせた。


「こうして外に出ることが出来て嬉しいです。最近は部屋からあまり出るな、と言われてたので」

「それは何故……?」

「ふふ。なんでだと思いますか?」


 ゴロゴロピシャーン。


 彼女の後ろで雷鳴が轟く。ミリアさんの微笑みに男はそっと後退りをした。




⭐︎⭐︎⭐︎




 その後、あの男から正式に「愛人への誘いを取り下げる」という旨の手紙が届けられた。その手紙を見て、レオンさんが私に聞いてきた。


「あの作戦が成功した理由を教えてもらってもいいか?」

「あの方は、太陽神のネックレスを始め、太陽神がシンボルになっているアクセサリーをいくつも身に付けていました。それに、ミリアさんの髪色も太陽を彷彿とさせる金髪です。だから、あの方は「晴れ」に対する執着が人一倍強い方なんだろうなと思って……」


 私が元々いた国でも「晴れ」というものを大切にしており、式典のある日は必ず晴れさせるように命令されていた。

 太陽神を信仰している国は、こういった傾向にあることが多い。

 ここ最近では、雨が恵みをもたらすものだという認識も強くなったけれど……特に太陽神への信仰心の強い人は、「雨」というものを忌み嫌う人が多かったりする。

 だから、ミリアさんが自らを「雨女」だと主張することで、男に警戒心を持たせることができた。更に、ミリアさんの登場に合わせて雨を降らせれば、「雨女」という言葉に説得力が生まれると考えたのだ。


 この作戦のことは最初にミリアさんに説明しておいた。あの男がミリアさんが「雨女」と言いふらせば、他の人と結婚しにくくなってしまう可能性もあるのではないかと思ったからだ。しかし……


 ミリアさんは、『雨女くらいで結婚をやめる男なんて、こっちから願い下げですよ! 迷信より愛が勝る人と結婚するつもりなので、問題ありません!』と力強く言ってくれたので、作戦を実行するに至った。


 私が考えた通り、あの男は「雨」を忌み嫌う男だったようで、愛人への誘いを取り下げるに至ったのだ。


「なるほどな。妹が助かったのは、ウェンディのおかげだな。改めて、本当にありがとう」

「い、いえ」


 私は恐縮して首を振った。ここまで解決できたのは、ミリアさんの演技力がすごかったのもあると思う。


 それに、伯爵家の根本の問題である資金の面は解決していないのだ。それは、これから彼等が解決していく問題だろう。


 私の役目は終わった。そう思ったんだけど……、レオンさんがとある提案をしてくれた。


「もし君が嫌でなければなんだが……伯爵家で働かないか?」

「伯爵家で……?」

「父が新しい事業として……農作物を育てようと思っているんだ。しかし、この国は晴れの日が多く、作物を育てるのに適している環境とは決して言えない。それに、天災が起きたら、収穫物がダメになってしまう可能性もあるだろう。そこで、君が天気を変えることで、うちの事業を守って欲しいんだ」


 彼は、「もちろん賃金も出すし、住む場所も提供したいと思う」と付け足す。


「でも、天気を変えることしかできない私は、ほとんど役に立たないかと……」

「そんなこと言わないでくれ」


 彼は間髪入れずに私の言葉を遮った。


「天気を操る力は本当にすごいと思うし、他の誰でも出来ることじゃない。その上、君は魔物に襲われている俺を迷わず助けて、機転を効かせて妹までも救ってくれた。君は、誰よりも勇気と才智のある女性だ」

「……」

「まだ君と知り合って短いが、俺は君の優しさにたくさん助けられた。だから、俺はそんな君のことを……」


 彼は目を泳がせて顔を赤くした。そして、


「その、尊敬してるんだ……」


 と言った。思わぬ言葉に私が固まっていると、部屋の外から「ウェンディさーん」という声が聞こえてきた。扉が開くと、ミリアさんが顔を出した。


「ウェンディさん! 我が家で働くことになりましたか?」


 マリアさんに聞かれて、戸惑いつつも、私は勇気を出して頷いた。


「は、はい。そうしたいなって思います」

「それじゃあ、これからも会えますね!」


 彼女は私の元に駆け寄って来て、ぎゅーっと私を抱きしめる。問題を解決したことで、彼女からすっかり懐かれてしまったみたいだ。


「ふふふ。嬉しいです」


 そう言って、彼女はパッと私から離れると、そそくさとレオンさんに耳打ちをしに行った。


「お兄様はヘタレね。自分が運命の恋を見つけちゃったから、ウェンディさんに側にいて欲しいって言えばいいのに」

「待ってくれ。俺はゆっくり距離を……」

「やっぱりヘタレね? でも、私は早くウェンディさんみたいなお姉様が欲しいわよ」


 二人が何かをコソコソ話し合ってるけど、よく聞こえない。しばらくして、ミリアが私の方を振り返って、にっこり笑った。


「ね、ウェンディお姉さま♡」


 彼女の後ろで「ミリア……!」とレオンさんが頭を抱えていた。





 その後。私は伯爵家で働き始めた。レオンさんに指定されたエリアだけでは物足りなかったので、伯爵家が治める領地全体の天気も操作するようにしている。


 すると、レオンさんが心配して、私に声をかけてくれた。


「大丈夫か? 力を使いすぎて無理していないか?」

「大丈夫です。これで伯爵家の役に立てるなら、嬉しいですから」

「そうか?」

「それに、元々は国全体の天気を操っていたので、このくらいでは疲れないんです」

「は?!  国全体の天気を操作していた? 君の国は、なんで君を手放したりなんてしたんだ……?」

「天気しか変えられない役立たずでしたから」

「いや、君みたいな逸材、本当に他にいないだろう……」


 こんな風に驚かれることもあるけれど、レオンさんとミリアさんは私のことを常々気にかけてくれている。

 王宮にいた時は力を認められるために必死だったけれど、今は優しい人に囲まれているから、楽しく仕事ができている。


 また、王宮といえば……。

 風の噂で聞いたことだけど、私を追放したドミニク王子は、あの後、王位継承権を剥奪されたらしい。

 というのも、私を追放した後に「天気を変える聖女は、非常に高い聖魔力を持っており、存在するだけで国が加護される」という古代の文献が見つかったらしい。また、私がいなくなったことで、国全体の農作物の収穫高が下がり、税収も少なくなったそうだ。


 そういった諸々の責任を負わされて、王子は失脚したらしいが……追放された私には関係のない話だ。


「ウェンディさーん、こっちで一緒にお茶しましょうよ!」


 仕事がひと段落して、居候させてもらっている伯爵家に戻ると、ミリアさんがこちらに大きく手を振っていた。ミリアさんの側には、レオンさんもいる。


 私は笑って手を振り返し、すぐに二人の元へと駆けて行った。


 魔物の森に一人で置いていかれた時は、悲しくて苦しくて絶望した。ここで死ぬのが自分の運命だったのかなと思った。けれど、今、この温かい場所にいられる。それは、魔物の森で勇気を出して、天気を変えたところから始まった。


 私は天気を変えるだけで、自分の運命を変えることができたのだ。



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