3話 家族愛
「――というワケにございます。ご理解いただけましたでしょうか?」
プライエス神父は事の経緯を説明し終えると、瞼を閉じるようにそっと微笑み、顎に蓄えられた白髭を撫でた。
一方で半ば強制的に勇者に選ばれた本人――アズメ=ハンテルは、終始無言を貫きつつも、時折相槌を打ちながら神父の言葉に耳を傾けていた。
ところが神父の意味深な微笑みを目にすると、アズメは少し目線を落として軽くため息を吐き、神父の目を捉え直した。
「……そうですか。まぁ状況は理解しましたよ、神父さん。ただ、どの道俺に拒否権はないんですよね? なんせ――」
「「神のお告げは絶対」」
「――にございますから」
アズメの言葉を先読みするかのように、神父は言葉を被せる。
青年の物分かりの良さに感心した神父は再びにこやかな表情を浮かべたが、アズメにとってその微笑みはどこか胡散臭さを感じさせるものでしかなかった。
すると、「あの……」というか弱そうな声がアズメの左後方から聞こえてきた。アズメが振り返ると、先程まで口を噤んでいたお淑やかそうな女性――アズメの母が眉を下げてこちらを見つめていた。
いや、正確に言えば、その目線は神父に向けられていたが。
「息子は――アズメは、本当に神様に選ばれたのですか?」
「えぇ実にございます。よろしければ証拠をお見せいたしましょう」
神父はそう言うや否や、「例のモノを」と、傍に控えていた騎士の一人に告げる。程なくして騎士が持ってきたのは、純白の布に包まれた球体のような何かだった。
布は恐らく絹製。流石はお偉いさんの所持品だなとアズメは内心で嫌味を呟く。
「それではご覧に入れましょう」
神父は左手で物体を抱えると、余らせた右手でもって、一枚、また一枚と丁寧に布を剥ぎ始める。
家の中で話を聞いていた父と弟も、いつの間にかアズメのすぐ右後ろから神父の様子を見つめていた。
アズメ一家と神父、騎士たち、そして村人たちの視線を一挙に集める何か。いよいよ、最後の白布が捲られたその時――。
「わぁ……きれい!」
弟のアレイが思わずそう口にしてしまうほどに、陽の光を受けて青光りを放つ水晶玉が、遂にその姿を現した。
それも『アズメ=ハンテル』の名を映し出しながら――だ。
「おぉ、あれが女神の水晶か……!」
「やべぇ、めっちゃくちゃ綺麗だぜ……!」
「マイハニーにプレゼントしたいくらいだよ……!」
村人たちは思い思いに言葉を発する。
やはり所詮は他人事。これから魔王退治に行かなければならない人の気も知らず、なんともお気楽なものだとアズメは思う。
「――確かに俺の名前ですね」
「はい、間違いなく勇者様のお名前にございます。お母様、これでご理解いただけましたでしょうか?」
「えぇ……」
ただでさえ垂れ眉である母の眉がさらに下がる。
――きっと母さんはこの状況に諦めがついた分、俺の身を案じてくれているのだろう。
アズメ自身も当然不安な気持ちはあるが、それ以前に、母をこれ以上心配させたくなかった。だから――。
「……俺のことなら大丈夫だよ、母さん。俺は一人でも生きていけるさ。たとえ魔族と接敵しても、日々の狩りで培った弓術で戦えるし」
「……でも」
「安心して、手紙もちゃんと送るから。それにせっかく勇者に選ばれたんだ。母さんにとっては辛いかもしれないけど、俺は笑顔で送り出してもらいたいな」
アズメは母の心に渦巻く不安を払拭するために、口元を覆う黒い布を下げて、ニッと歯を見せて笑った。
けれどもそれは、詭弁から来た、取ってつけたような笑み。ずっと家族と暮らしてきたアズメは、一人で生きていけるなんて殆ど思っていない。それに、狩りと戦闘が似て非なるものであることも承知しており、後者の方が恐らくしんどくなるだろうと推量していた。
だからこそ心配性の母に、その考えを正直に打ち明けることはできず、その場で繕った言葉と仮面で補うしかなかった。
そんな息子の思いを知ってか知らずか、母は。
「……そうね、そうよね。私が心配ばかりしていたらアズメも行くに行けないわよね。分かったわ、それなら私も笑顔で送り出すことにするわ」
拭いきれない不安をむりやり心の底に押し込め、息子のためにとびきりの笑顔を作り、アズメの右手を両手で握った。幼かったはずの息子の手は、いつの間にか逞しさを宿していた。
「……ありがとう、母さん!」
「お兄ちゃん、俺も応援してる! 頑張って!」
「この国の未来を頼んだぞ、息子よ……!」
母に続けて、弟と父もまた励ましの言葉を送った。
「アレイ、父さん、ありがとう……!」
喘息を患う自分を支えてくれた家族。そんな彼らの温もりを改めて感じるとともに、この瞬間だけはあらゆる負の感情が心から抜け落ちたような気がした。
そんな家族愛を目にした村人たちもまた、胸を打たれていた。
その一方、勇者一家のやり取りを目の前で見ていたプライエス神父は。
「良いご家族に恵まれましたなぁ……」
と、彼ら同様に目を細めて呟いた。ただし、何を思っているのか、その視線は虚空を見つめていたが――。
やがて家族との愛を確かめたアズメは、ある疑問を口にした。
「ところで神父さん、出発はいつなんですか?」
「それについては、五日後にゼアス城下で出発式を執り行いますので、その日が正式な出発になります。つきましては、それまでに準備や思い出作りなどを済ませていただきたく存じます」
――異例の事態とはいえ、その辺のゆとりは多少持たせてくれるんだな。
てっきり「明日には行ってこい」と言われるもんだと思っていたアズメにとっては、少々意外な点だった。お国もそこまで悪魔ではないらしいと、アズメは思う。
だがその時、神父は「ただ」と付け加えたかと思えば、こんなことを口にした。
「本日に限っては、これから私についてきていただきたく思います」
「はぁ、いったい何処にですか?」
装備でも買いに行くのだろうか?
そんな予想を立てたアズメだが、その予想は悪い方向に裏切られた。
「フロウラの森にございます」
――フロウラの森。それはここアーテミス村の凡そ南東に位置する森だ。別名「魅惑の花園」と呼ばれており、美しい花畑が広がっているとされている。
しかし、それは健常者にとっての言葉。花粉が飛び交うであろうその場所は、喘息持ちのアズメにとっては「猛火の地獄」であった。それがたとえ、口元を布で覆っていても――だ。
だから。
「あの、俺喘息を持っているので、出来れば花粉が多いところには行きたくないんですが……そこに行く目的ってなんなんですか?」
いきなり魔族討伐に行けと命じたり猛火の地獄に連れて行こうとしたり、自分を悉く苦しめようとしているのではないかと疑ってしまうほどの発言をする神父に、アズメは苛立ちを含ませた視線を送る。
「失礼それは存じ上げませんでした、申し訳ありません。ですが、どうしても森に行ってもらう必要がありまして……。ひとまずこれをご覧ください」
神父はそう言うや否や、先程からずっと抱えていた水晶に向かって何かの呪文を唱えた。
まだこの水晶に何かあるのだろうかと、アズメが疑問に思った――その瞬間だった。
『アズメ=ハンテル』の名前が消え始め、新たな名前が浮かび上がってきた。その名前が――。
「……フラウェル=ソルセリア」
その名前が浮かび上がると、これまた村人たちが騒めき立ったが、二人は気にも留めなかった。
「えぇ、この方は貴方と同じく、世界に平和をもたらす者として選ばれました」
「つまり、この人が俺の仲間になるから会いに行く――そういうことですか?」
「はい」
青年の物分かりの良さに、神父は再び例の笑みを浮かべた。しかし、アズメがその表情を再び不快に思うことはなかった。
実は「フラウェル=ソルセリア」の名を脳内で何度も反芻させていて、神父のことは意識外であったからだ。
フロウラの森が「魅惑の花園」と呼ばれるのには、もう一つの理由があった。それは、世にも美しい魔女――通称「ソルセリアの魔女」が代々住んでいたからであった。
そんなソルセリアの魔女との旅路が始まる。村の男たちはもちろん、アズメも多少意識してしまうのは当然のことだった。
「……分かりました。準備してくるので、少々お待ちください」
「はい。準備が整いましたらお声掛けください」
アズメは何とか体裁を保ちつつ神父にそう告げると、フロウラの森へ行くため――美しい魔女を迎えに行く準備をするため、一度家の中に入ったのであった。
因みにアズメが準備を進める裏で、父が「いいなぁ」と呟き、普段温厚な母が見たことない笑みを浮かべていたのだが、アズメ本人とその準備を手伝っていた弟アレイは全く気がつかなかったのであった。
お読みいただきありがとうございました。
またまた1か月ぶりの更新ですね。もはや月1ペースが板につきつつあります筆者です。このペースだと完結まで何年もかかりそうなので、どこかで一気に書き上げたいところですね。いつになるかは分かりませんが……。
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それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




