2話 勇者選定の儀
遡ること4時間前。紅い月が沈み、朝日が地上を照らし始めた頃のこと。
ここゼアス城内にある聖堂では、いよいよ儀式が始まろうとしていた――。
「プライエス神父、ただいま儀式の準備が完了しました。これでいつでも始められます」
黒い修道服を身に纏った男は両手を握り合わせながら、全く同じ修道服を身に纏う白髪の老人に、そう声をかける。
老人は手を後ろで組み、壁に貼られたステンドグラス製の女神像を見つめていたが、男の声が聞こえると徐に男の方に振り向いた。
白く長い髭面と、ふさふさと蓄えられた白い眉が男の目に映る。
「分かりました。それでは皆様を呼んできてください」
「かしこまりました」
男は神父のしゃがれ声に応じ、聖堂を離れようとした。
すると。
「少々お待ちください」
突然神父は男を呼び止めた。
「いかがなさいましたか?」
「……女王様は未だお目覚めになりませんか?」
「……えぇ、はい。御用医師曰わく、女王様は重たいショックを受けていて、お目覚めには時間がかかるとのことでして……」
男の言葉を受け、神父の立派な白眉は垂れ下がってしまう。
「そうですか……ならば仕方ありません。本来は女王様がお務めするお役目ですが、今は猶予がないので、私が女王様の代わりを致しましょう」
「……承知しました。では、女王様以外の方々をお呼びして参ります」
「えぇ。頼みましたよ」
神父は白眉を再び持ち上げた。
男はその表情を確認すると、短く「はい」と答えて今度こそ聖堂を後にした。
★―★―★
朝日が上り始めて三十分ほど経過した。
数多くの牧師や信徒が着席して見守る中、プライエス神父は主祭壇へと足を運ぶと、肋骨あたりまで高さのある机の前で立ち止まった。
傍らでは、先程の男が分厚い本を抱えて待機している。
やがて神父は皆の方を振り向くと、一息吐いてその言葉を口にした。
「これより、勇者選定の儀を開始いたします。皆様、異例の魔王復活に心を乱されているかもしれませんが、偉大なる女神様の御前にございます。落ち着いた心で儀式に臨まれますよう、よろしくお願い申し上げます」
神父の言葉を機に、一同は平常心で在ろうと姿勢を正す。
いよいよ儀式が始まった。
神父は祭壇に小さな三脚のようなものを置くと、どこからか白い布でくるまれた何かを取り出した。
神父は丁寧に包みを開いていく。
すると中から現れたのは、サファイアブルーに輝く水晶玉だった。
神父は水晶玉を三脚の上に置くと、祭壇から一歩後ろに下がる。そして両手を握り合わせて言葉を紡いだ。
「我らが女神よ。願わくば、世界に平和をもたらす者の名を、この水晶玉に映し給え……!」
刹那、水晶玉が青白い光を放ったかと思えば、少しずつその名を映し出した。
「……アズメ=ハンテル」
それが、この世界に平和をもたらす者の名前だった
神父は信者の方に振り返って告げる。
「皆様、神のお告げが出ました。勇者の名は、アズメ=ハンテルにございます」
「どこの誰だ……?」
「聞いたことねぇヤツだな」
「アズキ半額? 美味しそうな名前してるなぁ」
神父の言葉に一同は騒めき立つ。
と、その時だった。
「静まりなさい」
神父の横で待機していた男が声をあげた。
堀の深い顔が眉間に皺を寄せる様子に、聴衆は黙り込む。
男は沈黙が流れたのを確認すると、何千ページとある本を捲り始める。やがて、あるページで手を止めると、咳払いをして告げた。
「こちらにある戸籍によれば、アズメ=ハンテルという男はここから東、アーテミス村に住む17歳の少年らしい。そして、彼は狩猟――特に弓術に長けており、村では天才狩人と畏怖されているようです」
「天才狩人!?」
「マジかよ、すげぇ期待できそうなヤツじゃねぇか!」
「いいなぁ。自分でいっぱいお肉が取れるんだろうなぁ」
男の言葉に聴衆は再び騒めきだした。
いちいち騒がないと気が済まないのかと、男は一人ため息を溢したが、神父以外は誰もそれに気づかなかった。
「皆様お静かに。これにて儀式は終了になります。本日はご参加いただきありがとうございました。いつ魔族が現れるか分かりませんので、どうぞお気をつけてお帰りください」
神父による形式的な締めの言葉を皮切りに、聴衆は次から次へと立ち上がり、再び騒めきながら聖堂を後にした。
やがて聖堂には元の静寂が訪れたが、主祭壇の下にはプライエス神父と男の姿がまだ顕在だった。
「……クロウズ君、お務めご苦労様です」
「勿体なきお言葉です」
神父が謝意の言葉をかけると、隣に立つ男――クロウズは軽く頭を下げた。
その表情こそ真顔のままだったが、内心ではきちんと喜んでいることを、その白眉は知っている。ただ、それはクロウズ自身も承知していた。
「ところで、これから私は勇者様をお迎えにあがります。ついては少しの間、貴方にゼアス城をお任せしたいのですが……頼まれてくれますかな?」
「承知いたしました。若輩ながら責任を持って王女様をお守りいたします」
二人は互いの目を見つめて頷く。二人の間にそれ以上の言葉は必要なかった。
やがて神父は儀式の片付けをするべく再び祭壇に上り、クロウズは神父の引き継ぎ準備をすべく自室に戻ろうとした。
だが神父はどうしたことか、登壇したまま立ち尽くしてしまっていた。
既に聖堂を出て扉を閉めようとしていたクロウズだったが、神父の様子を疑問に思った彼は踵を返し、「いかがなさいましたか」と神父に近づく。
「プライエス神父――」
と、クロウズが神父の顔を覗き込んだ時だった。
その目に飛び込んできたのは、信じられないと言わんばかりに目を見開き、口を半開きにさせた神父の顔だった。
神父は自分に気づいているのか分からない。
その目の先に何があるのか?
クロウズが神父の目線を辿ると、三脚の上で青白く光る水晶玉があった。
――光が消えていない……。
それだけではない。なんと、水晶玉には二人目の名が浮かんでいたのだ。
後にクロウズは手持ちの戸籍でその詳細を知り、それを神父に伝えることにはなるが、この時はすぐに行動に移せなかった。
意図せずとも同じ表情を浮かべる二人の顔を、水晶玉は青白い光をもって照らし続けている。
『フラウェル=ソルセリア』
その名を映し出しながら――。
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