5.逃走
隣国の王子が我らが王女様を目当てに訪問しに来た!!と張り切るメイド達をよそに内心かなり焦っていた
(一体、何しに来たのよ!)
ムスっとするアレクサンドラに、どれだけエールタート国の第一王子であるティムが国内外で人気があり、その大人気な理由の性格やら外見やらをメイド達は熱く語る
「アレクサンドラ様は、アレクサンドル様に夢中で知らないと思いますけど!」
と、何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
(知らないと思いますけどって、この中で一番知ってるのは絶対私)
そんなメイド達の言葉は右から左に流れ、何故ティムが礼儀を無視して訪問してきたのか、と考えていた
(招待状の返事が気に食わなかったとか…?本人から直接お願いされたとしても、答えは絶対、NOよ)
アレクサンドラとティムがもしかしたら上手くいくのではないか?と期待しているメイド達に心を飛ばしている間に綺麗に仕立て上げられてしまった。鏡に映る純粋そうな雰囲気を醸し出す装いに、アレクサンドラは顔が引きつった
(この装いじゃ、訪問を喜んでいるみたいじゃない!)
「アレクサンドラ様、いってらっしゃいませ!」
皆が満足そうな顔を浮かべ、アレクサンドラの背中を押し部屋から送り出した。いや、追い出したのだ。コツ、コツとヒールの音が静まり返った城内に響く、応接室までは距離がある
(会いたくない)
ティムは所謂、親友と呼べる存在である。幼い頃から知り合いでアカデミーでは切磋琢磨し多くの時間を一緒に過ごしている。大事にしている人の1人だ。でも、それは“私が”じゃない。
(なんだ、会わなくてもいいんじゃない)
友人だから、と何だか会わなければいけないような気がしたけど友達なのはアレクサンドルの方だし、急すぎて何もかも気づかなかったけど、こんな無礼許されることではない。こちらは面会拒否すれば良い事ではないか。そうと決まると行動は早い方がいい。迎えに来ていた騎士に『お兄様によろしく』と、言付けをし応接室とは違う場所へと足を進める。ついてきていたメイドには『ちょっと待ってて!』と言い残し走り出す。後ろから私を引き留める声が聞こえるが、無視して全力で走る。この姿で全力で走るだなんて、なんて滑稽なんだろう。
「おはようございます」
辿り着いた場所は、厩舎だった。予定のないアレクサンドラの訪問に、馬をお世話している使用人はビックリし大きな声を出した
「ア…アレクサンドラ様ぁ~!?!?」
「シッ…!静かに。乗るわ、準備して」
「そぉ…その恰好でですか?」
使用人の目には、この厩舎には全く似つかわしくない装いのアレクサンドラの姿に本当に馬に乗りに来たのか?と疑問に思ったのだろう。どうしたら良いのか、とわたわたしている
「乗るわ」
(ほ…本当に乗られるんですか…その恰好で…)
即答したアレクサンドラに使用人は今にも口から出そうな疑問を飲み込んだ。馬が準備されている間に、アレクサンドラは近くにあったフード付きの長い上着を羽織ると、綺麗に整えられていた髪の毛をくくり、フードを深く被った
「その上着は、僕の…」
「ちょっと借りるわ。夜には帰ってくるから…ごめんね」
「は…はいぃ」
準備された馬は、ヒヒンと鳴きながらアレクサンドラの顔に顔を近づけてきた
「久しぶり…しばらく会えてなかったから、寂しかった?今日は沢山、一緒にいようね」
馬を叩いた後、勢いよく跨る。
(問題は起こしたくないけど、これくらい“お兄様”に任せていいよね。)
胸が弾んでいた。アレクサンドラの姿で自分が思うままに何にも縛られていない自由な時間は久々だったから。
(許可されていない自由時間だけど。)
馬を走らせ無事に城から脱出したアレクサンドラは、市街をゆっくり見て回ることにした
“アレクサンドル”の姿で町を回っていた時、こっそり民衆に人気なお店も調査していたので、目星をつけていたお店を巡ることに心を躍らせる
(可愛いものを見て、かわいい~とか思っても良いってことだよね、嬉しい!)
アレクサンドラは普段だったら絶対にマジマジと見る事が出来ないお店や品物に目を輝かせていた。
作られた双子のイメージを崩さないように、常に好きなものに蓋をして、興味がないふりをしていた。
(私にこんな形で城の外に出るチャンスをくれてありがとう、ティム~!)
すっかり顔がにやけて、元に戻りそうにない。満足そうな顔をしているアレクサンドラが入ったのは若者達に大人気だという魔法石専門のアクセサリーショップだった
アレクサンドラはこの先も苦労をかけるであろうクレイオスのために前々から肩身離さず持つことのできる魔法石のアクセサリーをプレゼントしようと考えていたのだ。王宮で注文すると、クレイオスにプレゼントするまでに彼の耳に入ってしまう可能性が高く、アカデミー卒業までには渡したいが、なんだか気恥ずかしくて、ずっと注文できずにいたのだった
「いらっしゃいませ」
入ってすぐ清潔な制服を着ている店員がアレクサンドラの入店に気づき挨拶をする。少し汚れているフードを深く被っている人物を店員は少し・・・いやかなり不審に思った
店内は多くの客で賑わっている。女性客と恋人同士であろう二人組が多い印象だった。アレクサンドラは、その客達が見ている商品を盗み見ながら店内を歩く。無言でショーケースを眺める人物に、その様子を見ていた店員は話しかけるかどうするか迷っていた
「装飾の付与のレベルは凄く高いけど、石のグレードが低いわね」
話しかけようと近くに寄った店員は、フードの中から出てきた小さな声を聞いた途端、話しかける事をせず、その場を離れ奥へ引っ込んでいった
(折角クレイオスにあげるんだから、もう少し大粒で濁っていないやつがいい…色はどうしよう…)
「お客様」
アレクサンドラが目線をショーケースから声の主へと向けると、先程近寄ってきた店員ではなく、黒髪を長く伸ばした眼鏡姿の男が笑みを浮かべて立っていた。目が合うと近づいてきて、耳元で囁いた
「グレードが低い…とおっしゃっていたと。…間違いありませんか?」
「は…はい」
「ここは他のお客様の目もありますから、別室をご用意致しました。どうぞ」
(私なんかマズイ事しちゃった!?しかもグレードが低いとか声に出ていたの!!営業妨害!?)
案内されると如何にもVIPや貴族向けの内装の部屋へと通された。用意されているソファーに座るように案内され座ると向かいに眼鏡姿の男も目の前の高級なソファーに腰かけた
「どちらの貴族のご令嬢かは存じ上げませんが、唐突に純度が低いなど文句をつけられるのは困ります」
顔は笑っていたが、眼鏡の奥の目は全く笑っていない冷たいものだった
「ごめんなさい。お店の品位を落とそうとしたつもりはなかったのです」
目の前で本当に焦っている様子のアレクサンドラに目の前の店員はハァ、と溜息をついた
「確かによく見ていらっしゃた表の商品は魔法石のランクとしてはA級からB級です。なので貴族の方々がいつも購入されるようなS級より石自体は劣っていますが、私やここの職人が作る装飾付与によって、その辺のS級の品相応のアクセサリーに仕上がっていると自信を持って申し上げます」
「・・・申し訳ありません」
「そもそも当店は基本的に大衆向けのアクセサリー店です。高級なアクセサリーをよく身に着けられるようなご令嬢なのであれば、最初から品相応の身なりをして、ご入店を願いたいものです。…申し遅れました、当店のオーナーのオッズと申します」
眼鏡をクィッと上げるその顔は、ジッとフードの先のアレクサンドラを覗き込んでいた。VIP席にも案内したしフードを取るのが礼儀だろう、とオッズは思ったが全く取る気配のない目の前の人物に、多少苛立ちを覚える
「どのような商品をお求めなのですか?身分違いの恋人への贈り物でしょうか?」
「あ、兄のような大切な友人への贈り物です。石が大きい物の探していて・・・」
「そうですか。形はどんな物がよろしいでしょうか?ご友人に贈り物というのはあまり聞いた事が
ありませんが…。石が大きいとなると…。ブローチをお勧めします 」
そう言うと近くの棚の中にしまってあった赤い色の魔法石を埋め込んだブローチをテーブルの上に置いた。この時、ウッズは自身満々だった。
(そこらの貴族の令嬢なんかが魔法石のグレードを的確に当てられるわけがない。)
テーブルの上に置いた商品は、オーナー自ら直接仕入れしS級に限りなく近いA級の石を使用し、自慢の装飾によってS級の中でも上級な魔法石の輝きと力を発揮することで知られているこの商品を貴族令嬢達はこぞって恋人に購入しているのだった。その光景にいつもウッズは口の端が上がってしまっていた。
だからこの目の前の人物も、その辺の令嬢と一緒だと高を括っていたのだ。アレクサンドラは目の前に置かれたブローチに目線を落とす。目線を落としただけで、そのブローチに触る事すらせず、首をゆっくりと横に振った。
(ㇵっ!うちの貴族向けの看板商品だぞ!?)
「では、こちらはいかがでしょうか?」
(石の色が気に入らないのか?)
次々に同じシリーズの中でも若干違った石と装飾の豪華なブローチを机に置いていくが、目の前のフードの人物は、ピクリとも動くことをしなかった
(よく見なくてもグレードが分かるとか?まさかな)
何個も何個も丁寧に置かれたブローチに、アレクサンドラは首を縦に振ることはなかった
「これでもグレードが低い、とおっしゃりたいのですか?」
コクリ、と頷いたフードの人物を前にオッズは冷や汗をかいてきた。今度は徐々に石のグレードを上げたブローチを並べるが、オッズの目の前の人物は首を縦に振る様子がない
(このご令嬢は、本当に見なくてもわかるのか?それとも俺が施した装飾が気に入らないのか?)
全てのブローチに興味があるように前のめりになっているのに、全く手を全く出さないアレクサンドラにウッズはたじたじになっていた。最後に、とアレクサンドラが言った“友人に贈る”という言葉を完全に無視した貴族向けに取り扱っている商品の中で、一番高額のSS級の石がはめ込まれているブローチを目の前に出した。この商品はウッズにとっても最高級で傑作の一つだった。机に大事に置かれたブローチに、アレクサンドラは初めて手を伸ばす。手に持ち、顔の高さにブローチを持ち上げている様子に、何故かウッズの心臓は跳ね上がっていた
(装飾は気に入ったけど、クレイオスにプレゼントしたいような石がないわ。やっぱり王宮専属の宝飾店に頼むしかないかしら)
ゆっくりと置かれていくブローチに、今度はウッズの心臓が破裂しそうになっていた
「素敵な商品を沢山見せて下さって、ありがとうございました」
アレキサンドラが立ち上がった瞬間、フードの奥の顔が一瞬見えたような気がしたウッズは、本能的にアレクサンドラの腕を勢いよく掴んだ
(相手にされないと思うが、最後に“あの品”をお見せしなければ)
「どうか、わ…私の最高傑作を最後に見て下さい」
あの品をどうしても紹介しなければならない、とウッズの本能が叫んでいた。その最高傑作は厳重に箱の奥にとしまわれていたのか、奥底へと眠っていた
「これは?」
魔法石には珍しく無色透明でガラスのような輝きを放っている石に、どこか懐かしさを感じる装飾で、アレクサンドラは思わず息をのむ
「このブローチに使用している石は、グレードは最高級ですが力を示す色がないため魔法石としての
価値がほぼないと言われていて、この国や隣国ではほぼ市場で出回っていない石です。装飾は私が幼い頃に見た光景を思い浮かべながら制作致しました」
「・・・そうですか」
思わずそっと触れると、魔法石は純度も高く、窓から差し込む光に当てられて強い光を放っている。色がある魔法石と違って熱くも冷たくもなく、触っても反応を示さない
(私が求めていた純度の高さ…何にも属していない無垢な魔法石 )
「元々父が宝石商でして、私は家業を継ぐ予定はなかったのですが…。強制的に魔法石発掘のチームに参加させられてしまいまして…その時、偶然にも私がこの石を発掘しました。そして見つけた瞬間、私の運命が決まってしまったのです。四六時中この石をより輝かせる装飾を考え続け、長い月日をこのブローチ作りに注いできました。気づいたら父のこのお店までも継いでいて 」
「とっても思い入れがある品なのですね」
「はい。この石は本来、無価値と言われていますが、私は無価値だとどうしても思えないのです。私の運命を、生きる目標を与えてくれた石だと思っていますから 」
「素晴らしいです。この装飾ですが、もしかして国王の紋章をイメージされていますか? 」
「そうです‼よくお分かりになりましたね‼半分は現国王の紋章を。もう一つは…今は亡くなられた末の双子の母君であられるノジャニア様の紋章をイメージしました」
それを聞いてアレクサンドラは注意深く見ていたブローチから目を外し、ウッズの方へと顔を向ける
「実は私は幼い頃、お二人がご結婚する前に何度か町で、あのお二人がご一緒しているのを見ていたんです。何回もお二人はこの店の前の広場の噴水の縁に座って談笑しておられました。普通ならただの逢瀬なんて、誰も見向きもしないものですが、その空間のあまりの美しさに皆が立ち止まって、盗み見ていたものです。あのお二人が若い時の国王と王妃だったなんて、あの時は誰も気づいていなかったんですよ。・・・この装飾は、その時の光景をイメージした装飾です」
興味がありそうに耳を傾けているアレクサンドラの様子にウッズは自慢するかのように、自分の思い出の光景を早口で語った
「このブローチ、純度も私が求めていたものだし、何よりも装飾が気に入りました。是非、購入させて下さい」
その申し出にウッズは驚いた。魔法石は無価値と言われている石であったし、今までにこのブローチを見せた多くの貴族達は誰一人として、このブローチに興味を示すことはなかった。それなのに目の前にいるコートを深く被った、いかにも訳ありのご令嬢はこのブローチに興味を示し、さらに購入を申し出てきたのだ。ウッズは顔を引き締めた
(友人に贈るためとも言っていたよな?)
「大変申し上げにくいのですが、こちらは私の思い入れのある品です。誰にでもお譲りできる品ではなく、石に価値がなくても、とても高価です。ご令嬢のご予算にそもそも合うかどうか」
「・・・、・・私はきっとこのブローチを譲っていただく資格があると思うのですが、どうでしょうか」
今まで深く被って取る素振りすらしなかったフードを取ったアレクサンドラは、ウッズに微笑んだ
「ですが今、手持ちがないので城のアレクサンドラ宛に請求書を送って下さいませんか?商品は代金が支払われた後に郵送していただけると助かります。このブローチのお話を聞いて、私の贈りたい相手にもピッタリだと思いました。どうか私に譲っていただけないでしょうか?」
ピンクのその髪の毛は、ウッズがずっと思い出として大切に大切にしてきた思い出の人物と同じ色をしていて、誰が見てもこの人物は、ネプトゥアルト国の末の姫アレクサンドラだと理解できるものだった
「お、おお、お忍ビィ!?!?!」
アレクサンドラを見たウッズの悲鳴のような声は、お店の外まで響いていた。