95話:マリアンネが育った場所
ナハスとルーベルトが邂逅を果たしている同時刻――
コールマン家の王都タウンハウスでは、メリーダを筆頭とした使用人たちがネルカの部屋を目指して歩ていた。彼女たちはキャスター付きの服掛けを運んでおり、そこにはネルカの服が並べられていた。
そして、目的の部屋の前に辿り着くと、コンコンコンとノックする。
「お嬢様、メリーダです。明日の服装を決めませんか?」
『………。』
「お嬢様? 寝ておられますか?」
『………。』
「入りますよ? よろしいですね?」
『………。』
どういうわけか反応が一切ないため、仕方なくドアを開けることにしたメリーダだった。しかしながら、開けた先の景色に対する反応は、使用人たちの悲鳴だった。
「「「お嬢様が逃げた!」」」
開け放たれた窓。
無人の部屋。
散乱した服。
ここで誘拐されたとはならないのがネルカという女である。
「どうして…お嬢様…。」
愕然と膝を着くメリーダの元に、窓から入り込む風が一枚の紙を運んだ。彼女は震える手でその紙を掴むと、書かれている内容に何とも言えない空気が流れる。
『年を越す前には帰ります。心配御無用。』
― ― ― ― ― ―
「師匠…本当に良かったんですか?」
「良いか悪いかは私が決めるわ。つまり、良いのよ。」
事の発端は、祭りの前に久しぶりに実家に帰っておきたい、そうマリアンネが言葉をこぼしたことにあった。彼女はヤマモト連合によりお金を稼いだ後、孤児院を出て都市内のアパートに暮らしており、二年近くの間を帰っていなかったのだ。
それを聞いたネルカは何を思ったのか、マリアンネの育った場所を見ておきたいと言い、こうして(タウンハウスを抜け出してまでして)着いていくことになったのだ。
「あっ、見えてきましたよ。あそこです!」
彼女たちの孤児院は元よりある貴族が経営していたこともあって、商業地区の居住エリアの一画に存在しているし、建物の身なりもきちんとしてはいるのだが――
「孤児院って聞いていたけど…なんだか羽振りが良さそうね。」
「アタシが儲けたお金で、改装しましたから。」
もはやそこは一種の貴族屋敷。
当然に警備などいないのに立派な門を構え、見せびらかす必要もないのに入り口には誰かの銅像が建てられ、大きな庭を作ったのはいいものの結局は畑になってしまった土地。
景観的にも、立場的にも、管理的にもなんともチグハグな孤児院。
門を開けて中へと入っていく二人に対し、屋敷の中から誰かが慌てた様子で出てきた。その人物は体つきこそふくよかであるものの、目元にはクマが出来ており、疲れ切った足取りの若い女性だった。
「帰って来るなんて聞いてないよぉ…マリちゃん。急に独り暮らしするなんて言ったり、寮生活するって言ったり…ほんと自由人なんだから…。」
「ミリ姉、久しぶり!」
「うぐっ、抱き着かないでぇ…苦しいよぉ…話聞いてよぉ。」
「師匠、紹介します! アタシの姉みたいな人で、ミリアーヌです! ソリュウザ先生…えぇっと、アタシたちの親代わりの人が不在の時は、こうやって孤児院に帰ってきて手伝ってくれているんです!」
「あらそうなの。私はネルカよ。よろしくね。」
「あっ、えっと…いつもマリちゃんがお世…話にな…なな…なぁ!?」
「ミリ姉?」
「ネネネ! ネルッ!? ネ!? ちょっと、マリちゃん!」
ミリアーヌはネルカの挨拶を聞いて、しばらく何かを考えるようであった。そして、マリアンネの右手を掴むと、屋敷の中の方へと引っ張り込む。真面目かつ疲れた表情をしたミリアーヌは、誰にも聞こえないように小さい声で話した。
「どうしてぇ! ネルカ様って…死神様じゃない!」
「そうだよ? それがどうかした?」
「どうもこうもないよ! こんな場所に案内していい人じゃないでしょ!」
「案内どころか、泊まる予定だったんだけど…。」
「なおさらダメだよぉ!」
彼女含め大抵の市民は貴族界隈のことなど何も知らないが、知らないからこそ『武闘大会で国最強の騎士と互角に戦った』という情報だけが際立って見えてしまい、むしろ逆にネルカという存在の得体の知れなさを与えてしまっている。
彼女はマリアンネが人たらしであることは理解していて、おそらくネルカもその毒牙にかかってしまったと予想はできる――でも、それはマリアンネとの仲であって、その他との仲というわけではない。
「も~、ミリ姉は相変わらず心配性だな~。大丈夫、師匠は優しいから。」
「だ、だからぁ、そういう問題じゃないんだってばぁ…。うぅ…。」
頭を抱えて唸るミリアーヌの姿に、マリアンネは実家に帰ってきたと再認識できて目を細める。そして、どうしたものかと柱に隠れて顔を覗かせる孤児院の子たちを発見すると、マリアンネは手招きをして呼び寄せて応接間の準備をするように指示を出した。
そして、子供たちがいなくなった頃、孤児院の扉がそーっと開き、そこから一人の男が顔を出した。
「おい、お客さんを外で待たせん…ってミリ姉? そんなとこで何してんだよ。お客さんを、応接室に案内をしろって。」
その男はネルカを彷彿とさせるほどの高身長で、非常に整った顔立ちだった。しかし、そんな恵まれた肉体にはそぐわず髪はボサボサ、服はヨレヨレである。
男はマリアンネを見つけると、目をかっ開いて驚く。
「まさか、マリ…なのか!? 帰ってきたのか!?」
「うん、ただいま! ラル!」
彼女はその男を見ると満面の笑みを浮かべ、その両腕を手に取り嬉しそうにブンブンと縦に振る。しかしながら、ラルと呼ばれた男はその手を振り払うと、冷ややかな目で困惑する表情のピンク髪を睨みつけた。
「――よくも平然と帰ってこれたもんだな、裏切り者が。」
男の名前はラルシュ――マリアンネの双子の兄である。
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