91話:死神と聖女
ある日ネルカが学園に登校すると、そこは静かだった。
実際はところどころで色めき立っているが、推し活で騒がしかった最近と比べてしまうと、どうしても『静か』としか言いようがないのだ。その光景に(どうやらお触れは無事に広まったようね)と彼女は満足気に頷いた。
結論から言ってしまえば、婚約者問題は丸く収まった。
と言うのも、デインを推すということをしたことで、男たちが推し活は純粋に楽しいものであると気付いたからである。手間暇をかけ準備し、全力を以って応援を行い、同族たちと語らう――満足感を覚えたのだ。
((((これが、何かに熱中するということか!))))
もはや当初の目的など彼らは忘れてしまっていた。
しかし、ハマってきた頃合いに『王族への推し活の禁止』という法律が出来上がってしまった。この持て余した熱量はどこに向ければいいのだろうか? デインほどに魅力のある同性は存在しない。
同性は存在しない。
本当に?
そうだ、ネルカを同性として扱おう。
ということがあり、推し活はネルカへと一極集中することになってしまった。こうして、(一部の同担拒否勢がさらに不仲になったが)同じ推しという共通の熱意の先ができたことにより、婚約者間の仲は(基本的には)良好的になったのであった。
ちなみに、ネルカは裏のことは知らない。
ただ、王家が口を出したから静まったとしか思っていなかった。
「あなたと会うのも、久しぶりに感じるわ。」
「あぁ…、最近の師匠、お疲れさまでした…。」
そのため、彼女は久しぶりに落ち着いて昼飯を食べることができていた。エレナはなんだか商売で忙しく、ローラたちは大事な仕事があるとかで不在なため、マリアンネと二人っきりで外のベンチに座っている。
「そう言えば、マリ、あなたに伝えなければならない情報があったわ。陛下から頼まれたのよ。」
「え…? 王様からですか…?」
「えぇ…未来に関することよ。」
こうしてネルカは王城であったことをマリアンネに伝えた。
未来を予知できる聖女が王城に滞在していること、聖女の力は役割を終えたら徐々になくなっていくこと、桃色の聖女としての力が必要とされるかもしれない事件が起きること、学園外で動くときはネルカ同伴としても護衛がつくこと――そして、もしかしたら転生者が他にいるかもしれないこと。
「そう…でしたか。物語が大きく変わっていて、聖女の力に目覚めていないのに…護衛なんて…アタシ…足を引っ張ってばかりですね。アハハ…。」
「まだそんなこと言ってるのね。最近、頑張ってるから大丈夫だと思っていたのに…ほんと、困った子ね。」
「そ、そんなこと言ったって、どうしようもないですよ…。」
本来のマリアンネに対する劣等感は解消され、避暑地での一件のトラウマも乗り越えることができた彼女であったが、聖女ではない自分に対する不甲斐なさは未だに心の隅にこびりついている。
結局、聖女にならない限り根本的な部分は解決されない。
「そうよ、どうしようもないのよ。頑張りで何とかできることじゃないもの。だからこそ、あなたはどうしようもないなりに、どうにかしないといけないの。私はマリを甘やかす気はないわ。」
「……師匠。」
「だけど、私はあなたの手を引くわ。足掻くとしても、諦めるとしても、奇跡が起きて上手くいったとしても……私はあなたの味方よ。それだけは忘れないで?」
「師匠……うぅ…グズ…じ、師゛匠゛~!」
「もぉ、泣き虫ね。」
マリアンネはネルカの硬い胸へと飛びつく。
会話の内容こそ聞こえないものの、校舎から覗き見ていた数人の生徒があまりの尊さに心臓を抑えているが、二人はそんなことをまったく知らない。(甘やかさないと言ったのに、私もダメね)と思いながらネルカはその頭を撫でた。
「私、マリが笑顔なら百人分の仕事ができるわ。」
「…ふぇ…は…はい…。」
「だけど、あなたが悲しそうにしてたら、五十人分しかできないの。」
「……うん。」
「あなたが一人分の仕事もできないとしても、私を頑張らせるという追加五十人分の仕事だけはしてほしいのよ。ね? 作り笑いでもいいから、私に笑顔を見せてくれないかしら?」
そう言うとネルカはマリアンネの両頬をつまみ、好き勝手に引っ張る。ミョンミョンと柔らかく動くその頬にやみつきになりつつも、少し痛がっている様子に名残惜しそうに手を離した。
マリアンネはパチクリと瞬きを一つすると、自身の両頬をさすった。
そして、にへらと笑った彼女に、ネルカの頬も緩んだ。
「いい笑顔よマリ。私、あなたのその顔が大好きなの。」
「も、もぉ! 師匠はそういうこと簡単に言うんですから!」
「とにかく、あなたはあなたのできることをしなさい。無理すればできることなら、無理をしなさいとしか言わないけれど…無理してもできないことなら、無理を絶対にするなとも言うわ。」
その言葉にマリアンネは立ち上がると、両手を空へと突き出して伸びの姿勢をする。そして、自身の頬を軽く叩くと「ヨシッ!」と言った後にネルカを見た。
「アタシ! できそうなこと、もっとやります! そして、五十一人分の仕事ができるように頑張ります! エヘヘ~、師匠…ちょっと前世で見たことある武術…いっしょに研究してもらえませんか?」
「その意気よ。私でよければいくらでも付き合うわ。」
こうして二人は腕を組んで旧・鍛錬場へと向かって行った。
その光景を見て倒れ込む生徒が続出したことなど知らず――。
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