89話:ネルカは子ども受けがいい
息子に拒否された国王が打ちひしがれていると――
「しにがみさまが、きているとはほんとうか!?」
「エラト!? どうしてここに!」
「ちちうえ、わたしたちだって、しにがみさまとはなしがしたいぞ。」
ドアを盛大に開けて入ってきたのは、ケルトの息子であるエラト・ベルガーだった。彼は左手で女の子と手を握っており、その女の子は――ネルカが武闘大会の初日に助けたリゼという名前の女の子だった。
「あ~! あのときの、えーゆーのおねーさん! えーゆーさま!」
「なんだリーゼロッテ姫。ネルカ嬢と知り合いか?」
「えぇ…姫…? 姫…姫!? 姫様とは思わなかったわ…。」
リーゼロッテ・ジャナタ――ジャナタ王国の第三姫である。
その名前を聞いたとき、ネルカは自身の母方の親戚たちを思いだした。あの国の姫様が当国にいるということは、人質に近いものであると彼女は予想したが、それにしては自由に行動していると不思議にも感じていた。
「あのね、リゼね、たすけてもらったの! それでね、リゼはえーゆーさまみたいになりたいの。たたかいかた、おしえてほしいの! つよくなって、わるいやつら、エイエイッってリゼがたおすんだから!」
「うむ、わたしもみておったぞ。なかなかあっぱれであった。そうだな…リゼにおしえるというのであれば、わたしにもおしえてほしいものだな。」
「そう言ってもらえるなら、すごく嬉しいわ。だけど、私も学生の身だから師となることはできないのよ。ごめんなさいね、時間が無いの。」
「だ、だが、おじうえからきいているぞ! マリアンネとやらのししょーをやっていると! ひとりふたり、ふえるだけであろう!」
「アレは師匠と呼ばれているだけで、実際に師弟として何かをしているわけではないわ。それに、彼女は同じ学生だからってのもあるわね。」
ネルカの座っている椅子の肘掛けに手を置いてピョンピョンと跳ねる二人に、ネルカは微笑ましいものを見るかのような目を向ける。それをケルトがたしなめるように声をかけ、ガルドが両脇を抱えて持ち上げた。
「こらこら、あまりネルカ嬢を困らせるな。」
「じいさま、このへやはぼーおんのはずなのに、そとまできこえていたぞ。また、ちちうえやおじうえのこと、あつくなってしまっていたのであろう? こまらせているのはじいさまもおなじはずだ。」
「うぐっ! 孫に言われてしまった……だが、悪くない。そうだ! エラトも『推し活』とやらに興味があるだろう!? うむ、エラトは可愛いを前面に出していくのがいいな。息子には拒否されたが、孫ならどうだろうか!」
「……じいさまは、あいかわらずだ。」
ふとネルカが隣を見ると、そこには苦笑いしつつも胃のあたりをさする義父の姿があった。彼女は自身の左腕に付けられた腕輪をトントンと突いて安心させようとしたが、それを見たアデルは苦笑いから真顔へと一転させた。
そんな親子の様子など気にもせず、フリー状態となっているリーゼロッテが近づき、ネルカの膝の上へとポスンと座り込んだ。
「えへへ~、えーゆーさまのひざのうえ、リゼがいただき~。」
「あら、それぐらいなら構わないわ、御姫様。」
「あ~、ずるい! じいさまのひざは、ふあんていなのだ!」
「グフッ!」
満足そうに頭を預けてくるリーゼロッテにエラトは口をへの字にし、ガルドは孫からの発言にダメージを受けて机に突っ伏した。ちなみに、エラトはケルトへと引き渡された。
(それにしても私、なぜか子供受けだけは良いのよね…。)
貴族になる前から彼女の元には不思議と小さな子が寄ってきやすく、対してドライな反応を見せる彼女は大人によって引き離されるまでがいつものことだった。ちなみに、王都に来てから愛想がよくなった彼女は、街中で同じことが起きても引き離されることがなくなった。
「ンン、ゴホン…まぁ、いいだろう。リーゼロッテ姫が来たのなら話が早い。脱線していた話を戻すとしようか。元々、呼ぶ予定ではあったわけだし。」
「話を戻す…と言えば、私にこの腕輪を渡した理由…だったかしら。姫様が来たからというのなら…もしかして、護衛をすればいいの? それとも、影の一族に関することかしら?」
「いや、そうではない。…そなたら父娘以外のこの部屋にいる者は、皆が知っていることなのだが――」
ガルドが語っているその時だった。
「姫様?」
ネルカの膝の上にいるリーゼロッテがガクリとうな垂れたのだった。
最初こそ眠ってしまったのかと思っていたネルカだったが、部屋にいる者たちに緊張が走ったことを感じ取った。そして、宰相が素早く懐から紙と炭筆を取り出すと、ケルトの前に置くのであった。
「ケルト、記せ!」
「はい、父上!」
すると、リーゼロッテの顎が上がる。
心配げにその顔を覗き込んだネルカは、目が真っ黒に光っている様子を見てギョッと驚いた。人形のように筋肉の少しも動かさないリーゼロッテの様子に、ネルカは義父と違って恐怖よりも畏怖を抱いた。
だが、ネルカは既視感を覚えた。
この感覚は――ズァーレ――金色の聖女と会ったときに近い。
その存在を認識するだけで、ありとあらゆる感情が静まる感覚だ。
(これは…いったい…どういうこと…。)
部屋にいる者は皆が黙っている。
まるで何かの言葉を待っているようだった。
(そういえば、陛下は…皆が知っていると言っていたわね…。)
ならば彼女は従うだけだ。
数十秒の沈黙を部屋にいる者たちは体験する。
それは数分のように感じるほど重苦しい数十秒だった。
そして、リーゼロッテの口が開く――
『狂信の蕾が花を咲かすとき、
それすなわち終焉に向かう一咲きなり。
急げ銀鷹よ、赤鴉が待っている。
終焉を枯らす、唯一であるのだから。』
それだけを告げると、彼女は深い眠りについてしまった。
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