87話:人気が増せば、問題も増す
数週間もするとネルカに対する熱も冷めてきた――
少なくともネルカ本人は感じていた。
実態は熱が冷めたわけではなく、直接アピールする必要がないのだと令嬢たちが気付き、近づいてくることが減ったというだけである。デインの時との決定的な違いは、彼女たちが結婚対象として見ているかどうかにある。
好きではある。
しかし、いっしょにどうこうという気持ちはない。
見ているだけでいい、応援するだけでいい、愛でるだけでいい。
勿論、自分を見ては欲しいけれど、押し掛けるほどではない。
それが令嬢たちの現状だった。
決して、熱が冷めたわけではない――
「「「俺らの婚約者がアンタにぞっこんなんだよ!」」」
結婚対象ではないからこそ、むしろ熱が入る愛もある。
彼女たちの部屋にはネルカグッズが集まっていき、婚約者と会う時の話題もネルカに関する事が増えていき、ネルカが行くと言っていた店と日付をデート先に指定したり、果ては私も強くなると筋トレをしだす者までいる始末である。
ついには彼女たちの婚約者がネルカに文句を言いに来たのだ。
十数人が集まったが、中には豪商出身の平民や準貴族家もいる。
「良いじゃないそれぐらい。私とは同性でしょ? それに…えぇっと…マリが言ってた…そうだわ『推し』ってやつよ。好きって言っても、いろいろあるでしょう? 憧れみたいなもの…それだけのことよ。決して浮気なんかじゃないわ。」
「それでもプライドってもんがあんだよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「その割には腰が引けているけど?」
「う、うるせぇやい!」
ネルカの言うとおり一番先頭の男は、啖呵を切りつつもジリジリと後方に下がっている。後ろにいる男達がこれ以上下がらせないと背中を押しているが、そんな彼らもまた腰が引けている様子ではあった。死神の怒りを怖がっているのだ。
「私、温厚だからそんなに怖がらなくてもいいのに…。まぁでも、ふ~ん、それでも言いに来たってことは、それほど婚約者が好きってことでいいかしら?」
「好きに決まってんだろ!」
「お、おう、あったりめぇよ!」
「馬鹿にすんじゃねぇ!」
こういう類の人間はネルカも嫌いではない。
できることなら協力してあげたい気持ちもあるのだが、別段何か良案があるわけもない。彼ら自身もネルカに言っても意味ないことなど分かってはいるのだが、それでも言っておかないと気が紛れないのだ。
「でもねぇ…私にどうしろ…って話でしょう?」
「まぁ、そういう反応になるよなぁ…。」
結局のところ振り出しに戻る状態。
ああでもない、こうでもないと話し合い、ついにはくだらない意見が飛び交い始める。そんな彼らに――まるで天からの――否、悪魔の一声が掛けられた。
「そんなことも分からないのですか…ハァ…愚鈍ですねぇ。」
沈みゆく夕陽を背景に近づく一つの人影。
長髪黒髪を揺らして、細目の男が歩いていた。
男の名前は――
「て、てめぇは! エルスター!」
「おや? ネルカのためとは言え、アドバイスに来たものをそんな扱いしていいんですかねぇ。まぁ、私は構いませんよ、よくよく考えたらネルカにとっても放置しても問題ないことですから。」
「おい、本当に、本当に解決策があるのか…?」
「簡単ですよ。あなたたちも同じ領域に踏み込めばいいのですよ。」
「ハァ? ネルカ嬢みたいになれってか?」
「できたらやってるよ! できねぇからこうしてんだろぉ!」
「そうだそうだ! 俺らの才能はテメェが一番知ってんだろう!」
詰め寄って囲む男どもにエルスターはやれやれと肩を竦める。その様子は彼らの苛立ちを増すだけだったが、それ以上は詰め寄らさせないとネルカが鎌を間に差し込むと、一瞬にして顔を青くして静かになった。
エルスターは静かになった場を見渡しながら、淡々と口を開いた。
「誰が推される側に回れと言いましたか。逆ですよ逆…こちらも推す側に回るのです。そうすれば…えぇ、そうですとも、アナタたちと同じ感情に辿り着くでしょうねぇ。『婚約者が推しを作るのはプライドに障る』…そう思うに決まっていますよ。」
そして、自分たちも同じ気持ちを味わさせてしまったことに気付くことになり、婚約者たちに対しての行動を改める――エルスターはそう言っているのだ。
「な、なるほど…さすが王家のブレインなだけのことはある。」
「活路が見えてきたぜ! よっしゃお前ら! 推し活すっぞ!」
「だがよぉ…推すっつったって…誰を推すんだよ。」
「確かになぁ。人選は大事だよなぁ。」
「誰を推す…? 言ったでしょう…同じ領域に踏み込めばいい…と。」
エルスターが人差し指を立てると、次の言葉を期待して男どもはジッと見つめる。そして、彼はまるで計画通りと言わんばかりにニヤリと笑うと、まるで自身の推しを誰かに諭すかのように周囲に語りかけた。
「――向こうが同性なら、こちらも同性を推すだけです。」
― ― ― ― ― ―
彼らの推し活の監修は、ネルカを経由してマリアンネへと託された。対象を聞かされた彼女は自身のメイン推しではないものの、それはもう半端ないほどにノリノリとなって行動したのだった。
――ヤマモト連合を総動員し、推しグッズを作成。
対象の肖像が施された――扇子や服、タオルにハンカチ。
それらを手に持ち、男どもは学園で叫び声を上げる。
「「「「デイン殿下ぁぁ! 好きだぁぁ!」」」」
彼らの熱量はすさまじいものであり、圧された人たちは近づくことすらしない。対象であるデインも恥ずかしいのか、早歩きでその場から離れようとする。その様子をネルカとマリアンネとエルスターの三人が満足そうに眺めていた。
「うおぉぉぉぉ! この時代に生まれてよかったぁぁぁぁ!」
「今日もカッコイイ! だが、可愛くもあるッ!」
「俺の嫁に、いや、俺を嫁にしてくれぇ!」
しかし、時間が経てば熱量は他の人間へと移っていく。
人数は性別・年齢・立場を問わず増えていく。
なんなら婚約者ですら参加する始末。
「「「「「「「「デイン! デイン! デイン! デイン!」」」」」」」」」
ついには、ヤマモト連合がイケメングッズを売っているということで、(対象が誰なのか知らない人が多数だが)推し活は平民たちの間にも流行ってしまうことになってしまった。
――空前のデイン殿下ブーム到来。
――そして、
――国王にバレましたとさ。
元凶は王城に招集…もとい、連行されることになった。
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