82話:エキシビションマッチ①
ガドラク・ワマイアは王宮騎士団最強と呼ばれている。
黒血卿に負けず劣らずの武勇を轟かせてきた男だ。
ネルカと目線が合うほどの長身、プレートアーマー越しに分かる筋骨隆々、手入れせず伸ばしてヨレヨレになった白髪、三つ編みの顎ひげ、藍色の瞳――61歳の老兵。
よく知られている彼の偉業としては――五メートルほどの魔物と素手の殴り合いで勝利しただとか、落石事故が発生した際に受け止めて王家を救っただとか、単騎で敵軍千人部隊を壊滅させただとか――基本的に脳筋なものばかりである。
『伝説』ではない、『偉業』である。
つまり、証人が存在する実績であり、実際にやったことなのだ。
「すまないなぁウェイグ殿よ。そこの嬢ちゃんと戦いてぇのは、ワシも同じなのじゃよ! ガッハッハ! 後でいくらでも戦わせてやるから、ここは譲っておくれよ!」
「あ、ああ…了解…です。」
さすがのウェイグもガドラクに言われてしまえば引くしかない。ネルカを一睨みすると通路へと歩いていき、観客の方は優勝者として讃えるべきかどうかでザワザワしていた。
「それじゃあ、邪魔者もいなくなったことだし。さっさと始めちゃう?」
そんな周囲のことを無視したネルカは斧槍を肩に担ぐと、審判席にいる人間に始めろと目で合図を送る。最初こそ審判は戸惑っているようであったが、彼女の対戦相手であるガドラクも同様のアイコンタクトを送っており、そして、主賓席に目を向けても同様の指示を受けたのであった。
そして、もうどうにでもなれと言わんばかりの表情をすると、バチを手にして銅鑼を三度叩いた。
「し、試合! 始めェェ!」
― ― ― ― ― ―
先手を切ったのはネルカだった。
素早くガドラクに近づいて斧部位で斜めに武器を振るうが、見た目に反して身が軽い彼は後ろにステップを踏んで下がる。しかしネルカは、空振りした勢いのまま腰を捻り一回転しながら片手持ちへと切り替えすると、右足を踏み込んで槍部位で一突きを入れた。
「ぬぉ!」
ガドラクは持っている戦斧の腹で攻撃を受け止めると、振り払うことでネルカを弾き飛ばした。想像以上の力強さで押し返された彼女は、追撃が来ることを恐れてそのまま距離を離した。
先制攻撃は失敗――対面状況はふりだしに戻った。
「そう言えば、ネルカ嬢の得物は鎌じゃと聞いておったが?」
「…支給武器の中に…大鎌がなかったのよ…。」
「ガハハハ! それもそうか!」
とは言いつつも斧槍という武器種は、ネルカにとってシックリくるものだった。叩き切る斧、突き刺す槍、引っ掛ける鉤爪――多機能的で便利。しかし、一番の理由は柄が長いという要素だった。
(それにしても…本当…この武器いいわね…。)
黒魔法なら鎌の方が都合がいいが――
一部の相手用に斧槍を練習する価値もあり――
「そもそも黒魔法じゃなかったら、あんな扱いにくい武器使わないわ。」
「おぉ! そういえばお主、影の者じゃったのぉ。ワシも見たことないし、ぜひとも経験させておくれ。」
「馬鹿言わないで頂戴…なんのための結界だと思っているの。」
「ならば……使わせるまでじゃのぉ!」
今度はガドラクが肉薄し戦斧を振るう。ネルカはそれを正面から受け止めるが、あまりの衝撃に地に足を着けたまま数メートル飛ばされる。そして、呼吸をすることすら拒否するが如く、同様の攻撃が何度もネルカへと向けられた。何とか受け流すことに成功こそいているが、時間の問題だろう。
(どうして…そんな重い武器を…直接に振れんのよ!)
ネルカは体が柔らかいうえに、空間把握能力が高いせいなのか、攻撃をする際は回転運動に頼りがちなところがある。だからこそ、柄が長いうえに先端が重い武器と相性がいい。もしも戦斧なんて高重量の武器を彼女が持ったのならば、きっとそこは大回転の嵐になることは間違いないだろう。
ネルカにとっての最速最短は≪円≫である。
(このッ…脳筋ジジイッ!)
しかし、ガドラクは全てをゴリ押しで解決させる。
彼がよく勘違いされることとして、パワーの源は身体強化によるもので、魔力のおかげであるのだと思われることが上げられる。確かに彼は老兵ゆえに魔力量が多いが、実のところ同年代と比べると量も出力も大差ないのだ。
では、何が違うのか?
筋肉だ。圧倒的に筋肉が違うのだ。
振り切る――受け流される――筋肉で持ち堪えて――また振る。
超重量の武器を使いながら、その動きは非常に速い。
ガドラクにとっての最速最短は≪直線≫。
その動きを可能としているのは筋肉である。
彼が最強であり、偉業を成し遂げてきたのは筋肉のおかげなのだ。
「くっ!」
彼女は攻撃を受け流す方へとシフトチェンジし、猛攻をギリギリのところで回避する。さすがに素では動きに追いつけないのか、黒衣操作をするためだけの黒魔法を展開しているが、服の内側なためそのことはガドラク含め誰にもバレてはいない。
すると、ガドラクは急に数歩引き下がり、振りかぶって戦斧をネルカの方へと投擲した。咄嗟のことだったが彼女は戦斧を避けたが、その懐には既にガドラクが忍び込んでいた。
彼はネルカの持っている斧槍の柄を掴むと、彼女ごと振り回し始めた。
「仕方ないわ!」
彼女が手を離すと遠心力により身体が宙へと放り出される。黒衣を完全に展開させると、態勢を立て直して地面へと着地する。そして、着地の隙を狙って飛んできた斧槍を、瞬で生み出した黒魔法の大鎌によって弾いた。弾かれた斧槍はクルクルと宙で回転しながら、彼女の背後へと飛んでいく。
「おうおう、よっしゃ! 黒魔法を使わせたぞい!」
嬉しそうに大きな声を出しながら、地面に刺さっている戦斧を引き抜くガドラクの姿が彼女の視界には映っている。純粋な強さを持つ老兵に対し、気付けばネルカは口角を上げていた。
固唾を飲んで見ていた観客がふと我に返る。
途端に大熱狂がコロシアムを包んだ。
戦いはまだ――これからだ。
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