75話:メリーダ・ニシア
学生寮――ネルカの個室。
昼間の誰もいないはずの時間に、一つの人影があった。
その女の名前はメリーダ・ニシア、男爵家の四女でありネルカ付きの侍女でもある人間だ。父がとある侯爵家の配下だからこそ何とかやっていけているだけで、彼女の家は言ってしまえば貧乏だった。
そんな彼女はアルマ学園などに通えるわけもなく、その侯爵家の領内学校でメイドとしての技術を学び、ひょんな縁によりコールマン伯爵家で働くことができるようになった。行儀見習いとしてではなく、純粋な使用人としてコールマン家に仕えている。
「それでは…お嬢様の家事を致しましょう。」
初めこそはただの一介の働き人として、ただ時を過ごしていくだけの日々を送る予定だった彼女。だが、そんな『淡白さ』は他者から『真面目さ』に捉えられるようになり、おかげで令嬢専属という立場を手に入れることができた。
――ネルカはそもそも一人でできるため、手間が少ない。
――なのに、もらえる給金があまりにも良過ぎる。
つまり、仕事環境としては最高と言える。
だが、ネルカの侍女という仕事には、最大の問題点があった。
「まずは布団…を…布団………を…。」
次の瞬間、彼女はネルカの寝具へと倒れ込んでしまう。
ただ一人だけの部屋、彼女は一分ほど動きが停止していた。
「……グ、ググ……。」
そう、最大の欠点とは――
「スゥゥゥゥゥウゥ…あぁ…お嬢様の匂ひ…クンカクンカ…。」
――ネルカが使用人陣営からモテるということであった。
メリーダは枕を抱きしめながら、あの日のことを思い出した。
― ― ― ― ― ―
まだネルカが屋敷に来る前、仕える者たちからの評価は様々だった。
様々であったがいずれも困惑という形だったことは変わらない。
「現当主の姪…しかも家出した…あの。」
「狩人をしていた…? 野蛮だったらどうしよう。」
「貴族の礼儀作法とか知らねぇだろうなぁ。」
そこで、淡々とした性格のメリーダに世話が任せられることになった。
(やることをやるだけでしょうに。それに、ナハス様の御判断であるなら、悪いようにならないはず。お嬢様がどんなお方でも、私には関係のない話。)
そして、ネルカが本館に来る日になった。
当初の予定では馬車で来るということだったが、彼女自身も馬に乗れるということで、前倒しして早めの来訪だった。昼ちょっとすぎ頃、屋敷の前で待っていた時だった――
(似ている…前のご当主様に…すごく似ている。)
服は狩りのための物であるし、荷物も馬の背に乗せれる程度しか持ってきてない。およそ高位貴族の者だとは思えない風体をしていた。それでも、炎を連想させるような赤髪と、早く手入れしたいと疼いてしまう癖っ毛――それだけで彼女がコールマン家の者だと、否が応でも納得させられてしまう。
「ネルカ、今日からここが実家だ。まずは父さんと兄さんのところに案内するから、ちょっと着いて来てもらってもいいか? 祖父さんとこは…まぁ…いつか機会があればって感じになりそう。」
「ナハスお義兄様。荷物はどうしたらいいかしら?」
「荷物はそこらの者に任せればいいよ。…おい、誰か…頼んだぞ。」
使用人たちは彼女のことをチラチラと見つつも、仕事だけは隙なくこなしていく。例外でもないメリーダが見たのは、屋敷や使用人を興味深めに見つつも不安の色が一切ないネルカの姿だった。
「なぁメリーダ。アンタ、お嬢様の付きになる予定なんだろ?」
「そうですね。」
「見た感じは大丈夫そうだが…何かあったらちゃんと言えよ。」
「そう…ですね。」
あまり普段の関りのない男同僚に適当な返事をしつつ、屋敷へと入っていくネルカをメリーダはただ何となし気に見るだけだった。
― ― ― ― ― ―
初日の時点で、ネルカは手間が掛からなそうという評価だった。
理解と適応は早いし、世話されるところはおとなしく世話を受け、なにより気遣いができる女性だったからだ。また、どうやら実の両親から教育を受けていたようで、アルマ学園の方にすぐにでも入学可能というほどだったのだから、使用人全員は最初の空気はどこへやら安心しきっていた。
強いて言うならば、サイズ的にも顔立ち的にも着せる服がないというのが問題だが、容姿が良いためそれはそれで腕が鳴ると服飾担当は張り切っていた。
だからこそ、メリーダは油断していた。
次の日の朝、ベッドにはネルカがいなかった。
「お嬢様を見かけませんでしたか?」
「いやぁ、見てねぇなぁ。」
「私もですぅ。」
「目立つ風貌ですよね。」
「「「「こんなに見つからないものか?」」」
そして、何人かの使用人と、途中参加したソルヴィで探し回った結果、彼女は屋敷外のちょっと広いスペースにいることが判明した。最初に発見した仲間の背を追って向かった先には――
「フッ! ハッ!」
――鍛錬するネルカの姿があった。
一メートルちょっとサイズの棒を振り回していたが、その動きは回転を多く取り入れており、まるで得物は先端が重いモノであるかのようであった。しかし、そんなことはどうでもいいこと、大事なことは皆が魅入ってしまっていたことだった。
「カ、カッコイイ…。」
誰の呟きだろうか。
もしかしたら自分だったかもしれない。
だが、納得だ。とにかくカッコイイ。
真剣な眼差し、無駄のない一挙一動。
放心、言葉の通り心が放り出される。
「あ、あら、皆さん、どうされたの?」
見られていることに気付いた彼女であったが、相も変わらず使用人たちは動きもしなかった。だからこそ何を勘違いしたのか、彼女は頬をほんのり赤く染めると照れくさそうに苦笑したのであった。
「な、なんだか恥ずかしいわね…。」
その瞬間、男女関係なくその場にいた者は魅了されてしまった。
凛とした振舞いはカッコイイ――照れる姿はカワイイ。
その純粋さに、ネルカという人物の本質を垣間見たのであった。
((((お嬢様は…仕えるに足るお方だ!))))
その後、一カ月ほどが経ちもう少しで王都に行くという頃には、ファンクラブができあがっていた。そして、誰が彼女に着いていくのかということを賭け、壮絶な(使用人としての)戦いが繰り広げられたのであった。
そして、王都のタウンハウス勤務を掴み取れたのも束の間、当の本人が一人で寮生活するとなったことにより、阿鼻叫喚が生まれたのはまた別の話。
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