72話:B:フェリア
ローラは弱い女だった。
強くないだけの人間だったのなら、親に報告し公爵家の権力を行使していただろうが、彼女はただひたすらに弱い人間だったからこそ黙り続けていた。だからこそ、目上の存在を下に置けるという快感に身を委ねた者は多く、デインとの一件が無くともイジメを受けていただろう。
そして、フェリアもまたその快感を覚えてしまった側だった。
「ゆ、ゆ、許されないことですわッ!」
なのに、あの休日、ローラは反撃してきた。
ネルカという絶対的捕食者の加護を手に入れ、コルネルという圧倒的好感者の情を受けたことで、生意気にも弱い女が吠えることを覚えてしまったのだ――少なくともフェリアの目には最初、そう映ってしまっていた。
しかし、彼女の心に引っかかる言葉があった。
『他人が好きだから好きなだけじゃないですか!』
『ただ誰かの上でいたいだけの弱者じゃないですか!』
どんなに憤ったとしても、これだけは反論できなかった。
「弱いのは…本当に弱かったのは…誰…?」
ローラは確かに弱かった。
しかし、イジメる側もまた弱かった。
つまり、ただの底辺争いに過ぎなかった。
フェリアの憤慨する気持ちが、スンと静まった瞬間だった。
虚しい――弱いということは虚しいのだ。
そんな心情の変化が起こりつつあった矢先に、夜会で楽しそうに過ごすローラの姿と、エルスターの仇を取るために戦ったネルカの姿を見てしまい、彼女は自身が間違っていたことを完全に理解してしまった。そして、いつもの連れ二人もフェリアと同じ結論に至っていた。
「感謝しかありませんわ…ッ!」
貴族としての自覚を目覚めさせてくれた人。
弱者に堕ちてしまうとことだった自分を正してくれた人。
それこそがネルカ・コールマンという人間だった。
「広めましょう…ネルカさんの魅力をッ!」
ネルカの周りは非常に素晴らしい。
マリアンネとネルカとエレナの三人組は非常に尊く、そこにローラが入ってくるとなると心の動悸が収まらなくなってしまう。とにかく、この素晴らしさをより多くの人に広める、それこそがフェリアたちの新たな使命だった。
そのためには、まずは――広めるための媒体を自身で作成する。
― ― ― ― ― ―
そういう深い理由があって共用風呂を覗くことのできる場所を見つけたが、そこで一人の女子と出会うことになったフェリア。その風貌は見るからに怪しい恰好をしており、まともな人間ではないことは一目瞭然だった。
「「覗き魔の変態不審者!」」
出会った相手は、奇しくも同じ格好だった。
だからこそ、互いが互いの意図を読めてしまう。
相手は共用風呂を覗きに来たのだと分かってしまう。
((あの人の裸は! 私が守る!))
不審者一号――フェリア――はネルカの裸をスケッチするという、変態とは程遠い正当かつ正純で尊い理由のためここにいる。目的は同じかもしれないが、過程は目の前の変態とはわけが違う。
「失礼じゃありませんの! これは尊い行いなのですよ!」
不審者二号――ロズレア――はネルカの裸をスケッチするという、変態とは程遠い高徳かつ高尚で神聖な理由のためここにいる。目的は同じかもしれないが、過程は目の前の変態とはわけが違う。
「それはこっちの台詞。これは、神聖な行為。」
ロズレアとフェリア――奇跡の邂逅。
互いが互いを睨み合う均衡状態。
沈黙を破ったのはフェリアの方だった。
「あなた、いったいどういう理由でここにいるのですか! 理由によっては警備の人に突き出しますわ!」
「愚腐腐腐、決まっている…御身体、スケッチ、布教材料。それ以外の理由は、ただの犯罪者。そして、俗に言う『カップリング』を、充実させる…ッ!」
「あ、あら? まさか同じ理由でしたの!?」
「…? もしかして変態不審者じゃ、ない?」
風呂覗き = 変態不審者である。
ネルカ覗き = 変態不審者ではない。
気が付けば彼女たちは握手を交わしていた。
まさかこんなところで同士に遭えるとは思わなかった。
「それなら、早く言ってほしかった。私は、ロズレア、よろしく。ちなみに推しはデイ×エルだったんだけど、最近はコルネル様に着目していて…特にコル×エルの良さにも気付いてきた。ちなみに、ダッカール家の兄弟についてはどっち派? トム×オドもオド×トムも…どっちも捨てがたいなぁとは思うんだけど、悩みどころ。あそこの兄弟の仲の良さは昔から有名だったけど、この派閥に関しての結論も昔から決まってない。愚腐、腐腐腐。」
「てっきり不審者かと思って、早とちりしてしまいましたわぁ。私はフェリアですの。私まだ新参者だから、ネルカ様を軸とした組み合わせばかりで…あっ、でも、強いて言うなればネル×マリが一番の推しですわ。でも…組み合わせというものは必ずしも二人一組である必要はないですのね。それに順番…ですか…気にしたことはなかったですが、確かにそこを追究していくのも面白いかもしれませんわ。ネル×マリ…マリ×ネル…悩みどころですわ。オホホホホ!」
笑い合う二人。
同じ方向を向く。ただそれだけでいい。
世界平和の第一歩はすぐそこにあ――。
「……ん? ネルカ様…ネル×マリ…?」
「……ん? コルネル様…コル×エル…?」
――ると見せかけて現実は非情。
同じ方向でもたった数ミリのズレが争いの火種となる。
薔薇と百合。花で括ればそれまでだが、実際はそうもいかない。
「「あ゛あ゛っ?」」
目の前の相手はやはり不審者だった、そう同じ思考に陥った二人であった。そして、お互いの握っている手に力がこもっていくが、お互いに非力であるため何の問題もない戦いが始まってしまっていた。
そんな二人の戦いは――
「ねぇ…二人は何をしているのかしら?」
いつの間にか近くに立っていたネルカによって終結させられた。
二人とも声が大きすぎて共用風呂にすべてが筒抜けだったのだ。
この後、二人はネルカにこってり絞られた。
そして、この日を境に貴族界に新たな対立関係が出来上がった。
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