71話:A:ロズレア・カレンティ
その伯爵令嬢は恋愛好きだった。
トキメキの物語を読み、胸躍る噂を聞き、熱々な出会いを見る。
少々ながら生々しい知識を若いうちに手に入れてしまったり、男女の仲があればすぐ脳内で恋愛ごとに結びつけたりといったこともあったが、その程度は普通に同類がそこそこいた。
――彼女の転換期は8歳の夏
彼女の家は親戚間で非常に仲がよく、家系が5つ離れているような相手でさえ、2ヶ月に一度ぐらいのペースで飲み会を行うほどだった。
その日も飲み会が開かれており、父親を初めとして数人の親戚が騒いでいた。飲みは彼女たちが寝る時間になっても続いていた。
「うぅ……トイレトイ……ん?」
尿意によりふと目が覚めた深夜。
もはや詳しい時間など分からない。
誰かを起こすのも気が引ける。
月明りと簡易ランプを頼りに、屋敷を歩く。
そして、彼女は見てしまったのだ。
(ど、どうして……なぜ……!?)
チラリと空いたドアの先。
ただの飲み会場であるはずの部屋。
男同士の交わりを見てしまった。
(どど、どうして男同士で!?)
男女間ですら薄らとした知識なのに、初めて見るのが男同士。
あまりにも刺激が強すぎて、叫び声すら口から出てこない。
それはただの酔っ払いによる悪ふざけであり、当の本人たちは後日に黒歴史としてなかったことにしてしまったこと。しかしながら、少女にとっては忘れたくても忘れられない、衝撃的な出来事だった。
(こういうのは…異性同士でやるもんじゃなかったの!? そ、そ、それに複数人でって…お父様もいる…。)
男数人による情事――未知の領域。
だが彼女は逃げなかった。
だが彼女は否定しなかった。
だが彼女は嫌悪しなかった。
むしろ逆だった。
トキメキ、胸躍り、熱くなる――その感覚は彼女が良く知っている。
感覚が一緒であるというのならば、本質は一緒であるのではないか。
そうであるのならば、目の前の光景もいつもと同じなのだ。
この感覚は、素敵な恋愛を目の前にした時の感覚。
(そっか!そういう恋愛も…アリなんだ!)
一般的に出回っている物語に存在しない形なのだから、本当はどこか異質な関係であり、気軽に触れてはいけない領分だということを分かってはいる。それでも――否――それだからこそ――触れてはいけないからこそ、より神秘的であるかのように思えてしまった。
(きっとこれ以上は見ちゃダメ! でも…なのに…!)
なのに―
なのに――
なのに―――
――――この世界をもっと知りたい。
少女――ロズレア・カレンティが腐った瞬間だった。
人生初の推しカプは――父×伯父(母の兄)。
― ― ― ― ― ―
あれから更に約8年が経ったわけであるが、ロズレアの腐道は衰えることはなかった。それどころか、アイナの取り巻きとして動くことによって、高品質なイケメンズを見ることが増えたため、さらに悪化してしまった。
そんな彼女のターゲットは――
(愚、愚腐腐腐…コルネル、エルスター様、じゅるり…。)
ネルカ・コールマン――その中性的な顔立ちはロズレアの妄想を掻き立た。それでいてエルスターが気に入っているとすれば、妄想にはデインとトムスまで追加されていき――気が付けば歯止めが効かない状態と化していた。
最近はアイナ繋がりで話をする機会も増えたため、ロスレアのメモ帳も潤っている。今では彼女の裸体を見たいがために、わざわざ隣寮の共用風呂へと赴くほどの入れ込みっぷりである。
(でも、見るだけじゃ、足りない、描きたい。)
しかし、
――記憶を頼りに描くと何かが違う。
――でも、共用風呂で描くわけにもいかない。
――かと言って、被写体を頼めるほど仲良くもない。
ならば、
――覗き見ればいい。
共用風呂は外とは隔絶された空間となっているように見えるが、換気は必須であるため意外と穴はあったりする。そして、一週間に掛かる(授業を休んでまでした)調査の末、とある木の上から中を覗くことができることを発見したのであった。
「これで、裸、見放題。」
コルナールが愛用している遠眼鏡・スケッチブック・鉛筆を借り受け、闇夜に隠れるように全身を真っ黒装備にして準備は完璧。逸る気持ちから珍しくスキップをした彼女は、ついに目的地の木までたどり着いた。
しかし、ここに来て弊害が一つ。
「木に、登れない。」
彼女は運動とは縁もゆかりもないような娘。
意を決して枝にぶら下がってみるが、腕がプルプルと震えるだけで体が持ち上がる気配はどこにもない。どうしたものかと悩んでいると、ふと誰かの困ったかのような呟きが彼女の耳に届いた。
『困りましたわ。木に登れません…。』
声の主がどんな理由で木に登りたがっているのかは分からないが、同じく困っている同士ならば協力し合えるはずだとロズレアは思った。聞こえた方面は木を挟んでの反対側、ひょっこりと顔を出して覗いてみたら――
全身黒装備で、
スケッチブックを小脇に抱えつつ、
遠眼鏡を手にしている人物がそこにいた。
圧倒的不審者。
どこからどう見ても不審者。
不審者の極みと言えるほどの不審者。
その不審者はふいに顔を出したロズレアに驚いたようだったが、彼女の容姿を見た途端にハッとすると指を差した。そして、二人が声を出したのは同時のことだった――
「「覗き魔の変態不審者!」」
不審者の正体はフェリア。
しかし、互いに面識は一切なかった。
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