61話:愛のための犠牲
地下室に悲鳴が響いた。
デインは何が起きたのか理解できていないのか目を大きく開け、周囲は驚きつつも虫の腕が刺さった者に駆け寄り、アイナは泣きながら崩れ落ちる。
「良かったです。アイナ様を…守ることができましたです。」
愛する主人を守るため、身を盾にしたのはコルナールだった。
胸部に突き刺さったそれは、致命と言える箇所であった。
遅れて入ってきた他の騎士たちは、涙をこらえつつ治療のために動く。
「コルナール嬢! 今、助けるぞ!」
「認める! あんたは立派な騎士だ! アイナ嬢の一番の騎士だ!」
「あぁそうだ! 死んでないなら、死なせないからな!」
しかし、コルナールは彼らを手で制し、用意する医療道具を退ける。彼女はやることはした、もういいと言わんばかりの笑顔をしており、自身の死を受け入れようとしていた。
アイナはそんな彼女に駆け寄って、上半身を抱き上げた。
「コルナール! どうしてですの! コルナール!」
「アイナ様…ネルカさんが…言って…ましたです。」
「ネ、ネルカさんが? いったい何をおっしゃったのですの。」
「私に…とっての勝敗は…生きるか死ぬかではない…ア…イナ様を守れるかど…うかなので…す。そして、私は、アイナ様と…アイナ様を幸せにしてくれる…殿下を…死なせなかったです。」
「だけど、あなたが死ぬじゃないですの!」
「フフッ…これは私の…勝ち…です。ならば他は…良いのです。」
彼女は手を伸ばすと、その存在を確かめるようにアイナの頬を撫でる。そして、こぼれ出る涙を掬うが、アイナはその手を払いのけてキッと睨みつけた。
「いいえコルナール。あなたの負けでしてよ。」
そんなことを言われるとは思わなかったのか、コルナールは目を見開き動きを止める。死ぬ前に言っておきたいことはたくさんあるのに、主の言葉は聞かなければならないような気持にさせられていた。
「ワタクシ…不幸せですわ…。」
がっくりとうな垂れるアイナから、雫がコルナールの頬に落ちる。それが涙であると彼女が気付いた時には、アイナはその思いを吐露していた。
「だって…だっ…だって…ワタクシ…あなたがいなくては寂しいですもの。」
「ア…イナ様…。」
「ワタクシたち四人は…四人で…四人でなくては…。ワタクシは今、ものすごく悲しいのでしてよ! あなたがいなくなることは悲しい…不幸なのですわ。ワタクシが不幸ならば、あなたの負けでしてよ! 敗北者でしてよ! だから! 勝つまで! 生きてくださいまし!」
彼女たち二人の関係は本来、淡白なものだ。
家系を辿った主従関係、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、主に接していくうちに、コルナールは個人としての忠誠心を抱いていくことになった。何か変わった事件が起きたわけではなく、気が付いたらアイナという沼にハマっていただけだ。
と同時に、アイナもまたコルナールのことを気に入っていた。
アイナは彼女に対して優しい言葉を吐かないし、なんなら彼女の暴走を少し遠目に引いて見ようとする。しかし、アイナは溺れるほどの敬意を向けられ、その暴走の迷惑を被ること――心地よいと感じていたのだ。
表面上はデインとエルスターの関係に近いように見えるだろうが、表に出ない部分でまったくの別物なのだ。
「お、おかしい…す…負けたのに…嬉しいで…す…。」
「…? コルナール?」
「こ…にも…嬉しい…んて…おかし…です。負けて嬉し…です。」
以前までは想いは一方通行でも構わなかった。
今は、一方通行だと思っていた日々に戻りたくはない。
そう思える日が来るとは、なんと幸せ者だろうか。
死んで、負けて、不幸で――それでいて世界一の幸せ者だ。
「……。」
「コルナー…ル? コルナール! 起きてくださいまし!」
彼女は目を閉じ、動かなくなっていた。
その表情は穏やかなもので、誰が見ても幸せだったと分かるほど。
アイナはその腹に顔を埋めて大号泣、それを見る周囲の者も泣き出してしまっていた。騎士は仲間の死に慣れている、そしてコルナールはもはや仲間だ、それでもどうしてか涙が止まらない。
誰も彼女に声をかけることもできなかった――。
と、思った次の瞬間――
コルナールの目が開いた。
そして、上半身だけ起き上がる。
自身の胸元をジッと見るが、彼女は首を捻った。
「あれ? 私、死んでないです?」
何を思ったのか突然、彼女は自身の服を身体強化を駆使して破った。慌てて近くにいた騎士が毛布を被せるが、そんなことお構いなしに彼女は胸元に刺さっている虫の前足を引き抜く。
痛みはあるし、出血もするものの、それは想像よりも大したことが無いようであった。応急処置をすれば生き残れるし、治療をすれば一カ月ほどで完治するだろう。
確かに刺さってはいた――が、致命になる前に止まったのだ。
あの時、コルナールは庇うことを優先しており、魔力膜は無意識発動だけの張っていないに等しいレベル。だからこそ、本来なら心臓に達しているはず――しかし、結果は重傷止まり。
「なんですの…これ…。」
未だ泣き顔が収まっていないアイナが、引き抜いた虫の前足に何かが突き刺さっているのを見つけた。恐る恐るそれに手を伸ばし、触ってみるとそれは――本だった。
厚さ約3センチほど、通常の本と違って厚く堅めの紙が使用されている。それにしてもいったいどんな手段を使えば、このような分厚い本を服の中に忍ばせれるのだろうか。
「おいこれ…魔力がこもっているぞ…。」
「え? 魔力ですの…ということは…まさか――」
魔力がこもる物体など、考えられるものは一つしかない。
すなわち、この本は呪具ということである。
本型の呪具――ということは禁術書の類か。
禁術書というのは書き手の妄執、実験による多くの犠牲、悪いことを考える輩に読み回されることが多く、そのため呪具化することが多い。しかしながら、何が書かれていた書物で、なぜ彼女が持っていたのかが疑問である。
「これは! アイナ様画集です!」
「が、画集!? しかも、ワタクシのですの!?」
「はい、私が描いたものと…著名な絵描き数名に頼んだ、アイナ様モデルの合作画集です。へへッ、総枚数500ページの傑作ですよ。私のお宝の一つです。」
「ごご、ご、ごひゃ…く…。」
呪具ではあるが、禁術書ではなかった。
しかし、呪われているのは確かで、禁書にすべき代物である。
コルナールは画集本を引き抜くと、大事そうに抱え込んで涙を流す。そして、近くにいるアイナの手を取ると、守ってくれた主へと感謝の思いを込めた。
「う、うぅ…アイナ様が助けてくださったです…私のためにアイナ様が犠牲となり…助けてくださったです! 愛のための犠牲となったです!」
アイナ(への愛)のおかげでコルナールは助かったのだ。
彼女(の愛の結晶)が、犠牲となったのであった。
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