57話:奇々怪々
360°どこを見ても――昼の砂漠。
照りつける太陽の熱さ、脛と頬に当たる乾いた風、少し重心をずらしただけで爪先が砂に埋まる。先程まで地下室にいたとは思えない光景である。
「これも幻覚…か?」
「初めて見ますが、噂に聞く、砂漠ってやつでしょうか?」
「うん、そうだね。私は一度だけ行ったことがあるけれど、こんな感じだったと思うよ。」
しかし、デインはここまで五感が鮮明な幻覚魔法は聞いたことが無い。幻覚というのはあくまでそんな気にさせるだけであり、それでいて大抵がどれか一つの感覚を刺激させるぐらいしかできない。
「さっきの虫だけでも相当な魔法使いというのは分かるけれど、さすがにここまでできるのは……。」
「えぇ、殿下、少なくとも……人の枠で収まるモノではありませんな。」
「それにしても、つい最近に結界魔法や黒魔法を見たばかりというのに、今度は幻覚魔法とはね。珍しいと言うべきか、不運と言うべきか……。」
二人は呆然としているジャックを置いて、しばらくの間歩きで移動を行った。しかし、どれだけ歩いても歩いても、一向に端が見えない。
これが幻覚だと言うのであれば、この地に端はあるはず。
彼らがいたのは地下室なのだから。
だが、ジャックとは見えないぐらいに離れたのだから、同じところをグルグル移動させられたというわけでもないことは想像できた。それはつまり、彼らがいる場所に端が存在しないということである。
「そう考えたら……転移かな?」
「殿下、転移だとしても、ここはどこですかな? 少なくとも我が国どころか近隣国でないとは確かです。その距離を……転移……生物が持てる魔力の域を超えてますぞ。」
「そうなるよね。だとしたら……。」
幻覚でも転移でもない。
となれば、考えられるのは一つだけ。
「「……ここは夢の中?」」
夢に介入できる魔法があるというのは、王宮内の医療班に一人使い手がいるためデインはよく知っている。しかし、相手を眠らす魔法というのは聞いたことが無いし、ましてや他者と夢を共有するというのも初めてである。
『…きて……さ…まし!』
茫然としている二人であったが、どこからか声が聞こえる。女性の声であるようだが、声の主に気付いたのはデインだけだった。
「アイ…ナ嬢? この声は…アイナ嬢だ。」
彼女は何か叫んでいるようであったが、その内容を理解できるほど上手く聞き取れない。二人は黙って聞くことだけに集中するが、それでも何を言ってるのかまではよく分らなかった。
しかし、たった一言だけ、デインが聞き取れた言葉がある。
『助けてくださいまし!』
― ― ― ― ― ―
同時刻、上で待つ面々は静かだった。
地下では起きている者など一人もいないことも知らずに、ただ時が過ぎるのを待つだけだった。怖さを紛らわすために会話をしたいのは各々であったが、張り詰めた空気を切りたくないという気持ちも各々だった。
そして、違和感を真っ先に感じたのは、マリアンネだった。
「あれ?」
「どうかなさいましたか? マリアンネさん?」
「い、いえ、アイナ樣。 大したことではないんです。 ただ…窓に…こんな…手の跡ってあったかな……と。アタシの思い違いかもしれないですし。」
彼女の目線の先、広げた手のような跡が一つ。それは手の脂が付いたと言われれば、納得できるような薄さの跡だった。サイズからして子供のものである。
それを見たメイドが拭き布を手に取って、窓へと近寄った。
しかし、それはどれだけ拭いても落ちない。
それどころか――
「増え…?」
拭くと増える。
正確には、視界から外れると増える。
そして、無遠慮に増える。
見ていても増える。
窓に、床に、天井に、メイドに。
バンバンッと叩く音を出しながら。
白、赤、白白白白、赤、白白、赤赤赤赤、白、赤赤赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤、白、赤赤赤、白、赤赤赤赤赤。
「ヒ、ヒィィィ!」
次の瞬間、メイドの体が崩れ落ちる。
一同は彼女がどうなったか詳しく見ることはしなかったが、その体の周囲に赤色の液体が広がっているのを知ると、騎士を除いた面々が思わず後ずさる。
「い、いったい何が起きてますのぉ!」
「こっちにッ! 近付いてッ!」
「み、みなさ、アタシの後ろに、盾になりますぅ!」
「……はい。隠れます。」
「どうしてこうなったのぉ~。」
徐々に寄せてくる手跡に追い込まれた5人は、ついに地下室の入り口まで来てしまう。地下に行ってしまうと結局は行き止まりだが、やむをえない状態故に階段を降りていく。
しかし、そこで見たのは倒れた男三人と、一つの死体だった。
「で、殿下ッ! …ね、寝ていますの…? 起きてくださいまし!」
アイナは倒れているデインに駆け寄ると、ゆさゆさとその体を揺らしてみるものの、一向に起きる気配がない。そうこうしているうちに、手跡は地下室まで侵入してきていた。
「く、くそぉ! イチかバチかだ!」
それまで特に何もできていなかった騎士のフォスローが、恐怖のあまり抜剣して振り回す。すると、まるで何かが避けたかのように、部屋の橋に置いてあった木箱が壊れた。
ベキリ……ベキリ……
木の破片を踏みつぶす音が部屋に響き、やはりそこに何かがいるということが分かる。そして、何者かがいると分かったとき、フォスローの視界から手跡は消え、代わりに元凶と思わしき化け物の姿を捕らえた。
それは人間サイズの虫だった。
緑色の体と六本の足、そして二本の先端鋭利の前足。
全体的に細いが、木箱を破壊したことから重さはあるに違いない。
「好き勝手しやがって…殺してやる。」
フォスローがその虫に剣を振るが、虫は前足を使って器用に捌く。一進一退の攻防に、近寄れない女性陣はさらに壁奥へと追いやられ、寝てしまっているデインたちも引きずって寄せる。
「殿下ぁ! 助けてくださいまし!」
アイナは揺さぶったり、頬をぺちぺちと叩いたりするものの、それでもデインが起きる気配は全くなかった。
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~~オマケの設定紹介~~
【アイナ・デーレン(ゲーム世界)】
公爵家の長女。
デイン殿下の婚約者候補筆頭。
初期年齢17歳。身長160台前半。
王都アルマ学園・普通科第一教室・三年生
我儘少女だったが、昔はまだ可愛い範囲で済んでいた。
しかし、街中で迷子になったとき、チンピラに誘拐されてしまい、最終的に救助されたものの、生きるためには自分本位こそが正義だと思うようになってしまう。
公爵家の力を使って他の婚約者候補を蹴落としてきたが、肝心のデインは主人公に心を溶かされていく。イジメていくも踏ん張る主人公に苛立った彼女は、最終的に殺人に手を出そうとするが、これまでの罪をデインに断罪されてしまい、最後は牢屋で死ぬ。側妃と何かしらの取引をしていたという噂もある。
体型はでっぷり・金髪・縦ロール・痩せれば美人そう
性格:どうせ人は心に裏がある・顔と権力の両方を狙うべき
好きな食べ物:金が掛かる料理
嫌いな食べ物:質素な料理・魚介類
好きな人間:顔が良い人・自分の味方になる人
嫌いな人間:きれいごと並べてくるゴミクズ